非力な男
「おい、起きろメガネ!」
御者の声で目を覚ますと、馬車は街へ着いていた。
「街へ着いたんだから降りてくれ」
「あ、ああ、ありがとございました……」
ふらふらと馬車から降りると、朝日が眩しく目を刺激した。少しずつ目を開けると、石造りの建物に挟まれた路地に、馬車は停められていた。人の多い大きな通りへ出ると、沢山の人が行き交い、ガヤガヤと声がする賑やかな朝市が開催されていた。
昨日から何も飲み食いしていないタカヒコは、カゴに入った野菜や果物が目に入るたびに唾を飲み込み、腹を鳴らした。
「食べ物を買いたくても金がない……どこかに食べ物を恵んでくれるところはないか………せめて水だけでも……」
市場をさまよい続けていると、路地に少女が走っていき、それを追う男たちの姿が見えた。どうも異様な雰囲気だったので、タカヒコはそれを追ってみた。
人気のない路地裏に追い詰められた少女は、男達に怯えているように見えた。
「ぐへへ、その服全部売ってくれよ、今ここでさぁ〜」
「い、いや……!」
これは女の子を助けて気に入られる絶好のチャンスだと思ったタカヒコは、昨日のスマホの光線を男に当ててやろうとする。
「いや、まてよ……?」
自分が吹き飛ばされるほどの爆発を起こす光線をここで撃てば、たぶんあの少女も巻き込まれるし、絶対に大きな騒ぎになる。
そう考えたタカヒコは、光線を撃つことをためらった。かと言って貧弱な体のままで突入してもろくな結果にならないだろう。しかし少女は今にも襲われてしまいそうだ。
「あっ………」
壁から半身を出して躊躇していると、少女と目が合ってしまった。
「た……たすけて………!」
少女の助けを求める声に、男達もこちらを見る。
筋肉隆々のハゲ男、ナイフを持った男、眉毛のないモヒカン男。見るからに勝てそうにない。
「なんか用かよ」
モヒカン男に声をかけられてしまった。
タカヒコは膝を震わせながらもポジティブに物事を考えようと必死になった。
喧嘩では勝てないかもしれないけど、もしかしたら口で言えばわかってくれるかもしれない。その子嫌がってるみたいだからやめてあげなさいって言えばいい。言うぞ、言うぞ……
「………あ」
「あ?」
「あ……あ、あの〜〜……」
「ンだよゴルァ!!」
「なっ、なんでもないッス!!」
男の怒号に吹き飛ばされるように、タカヒコは背を向けて逃げ出した。
なんて情けない奴だ、でも仕方ないんだ、自分の命は惜しいもの─。
少女を助けなかった後悔と、それに対するいいわけが頭の中をぐるぐると駆け巡り、前が見えないまま走り続けた。
市場へ出た途端、タカヒコは人にぶつかってしまい、自分も相手も倒れてしまった。
「痛ってぇ〜……!!す、すいません……!」
「いってて……気をつけろよ……」
ぶつかった相手がまた怖そうな奴だったらどうしようと、おそるおそる顔を上げると、白いコートを着た黒髪でシンプルな顔立ちの、自分と同じぐらいの年頃の青年だった。
とりあえず怖そうな奴ではなかったのでほっとしたタカヒコは「じゃっ!」と早々に立ち去ろうとしたが「待てよ」と青年に腕を掴まれてしまった。
「な、なにか……?」
「そんなに血相を変えて急いで、一体どうしたんだ…?」
青年は返答次第では殴りかかってきそうな圧をかけて睨んできた。
「まさか……泥棒でもしたのか……?」
「そんなんじゃねぇよ! この先の路地裏で女の子が悪そうなやつに絡まれてて……だ、誰か助けを呼ぼうと……」
「女の子が…?」
女の子、と聞いた青年はコロッと表情を変え、現場へ走っていった。
「ヘッヘッヘ、ほら、早く脱げよ」
「…………っ!!」
「あのー、ちょっとすいません」
男達に囲まれ、うずくまる少女の元へ、青年がリンゴをかじりながら現れた。
「あ?今度は何だよ」
「いやー、大の大人が寄ってたかって女の子囲んで何してるのかなって」
「関係あるかよ!ガキはあっち行ってろ!」
「嫌だ、と言ったら?」
「ぶっ飛ばす!」
筋肉隆々のハゲ男が青年に殴りかかると、青年はそれよりも速くハゲ男の顎を殴り上げた。ハゲ男は後ろ向きに一回転し、地面に突っ伏した。
「こいつ…!」
ナイフを持った男が青年に向かって走り出す。青年は手に持っていたリンゴを投げると、ナイフに刺さった。男が驚いている隙に、青年は間合いを詰め、男の腹に拳を入れた。
「あとはお前だけだ」
モヒカン男はたじろぐが、雄叫びをあげるように叫んで青年に向かって突進した。しかし青年はひらりとかわし、モヒカン男は壁に激突した。
「は、はなぢがぁ………」
壁から顔を剥がすとふらふらと振り返り、ぺしゃんこになったモヒカン男の子鼻を見た少女は、「くすっ」と小さく吹き出した。
「てっ、てめぇ!! 笑ってんじゃ………!!」
激昂した男は少女に向かって走り出すが、2、3歩歩いたところで青年に足を引っ掛けられ、頭から地面に激突して気を失った。
「す、すげぇ……」
陰から一部始終を見ていたタカヒコは息を飲んだ。
「おいで、もう大丈夫だよ」
青年がそう言うと、少女は青年に駆け寄った。よく見れば、彼に抱きつく白いショートヘアに翠の瞳の少女は、ため息が出るほどに美しかった。そんな彼女の頭を青年が優しく撫でる。
「あぁ、俺がやりたかったやつ……」
2人のイチャイチャを羨ましそうに見ているタカヒコ。
すると少女がタカヒコの存在に気づいた。
「あ、あの人……助けてくれなかった……」
「ち、違う!助けを呼びにいったんだよ!」
苦しい言い訳をするタカヒコ。
「えっ、そうだったのか? 見るからに怪しい顔をしてたから、オレはてっきり泥棒かと……」
「顔で判断してたのかよ!」
「そういえば、つい顔ばかり見ていたが、その服……」
青年がタカヒコの服装に目を移す。
「君……異世界人か?」