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スペース・ドッグ

作者: 山原 倫

 鉛色の空、地平線に蟠る雲は赤みがかっていた。地上の煙は、淡く白光を放って燻っている。白光が強まるにつれて、白い煙も勢いを増していく。一散、煙全体が白く発光した。光はついに地上を離れ、空へと飛び出す。まるで飛行機雲のように煙が光を追従し、空に轍を残していく。光は空の彼方へ消えて行き、後には白雲のような煙だけが残った。


 冷たい真空に浮かぶ銀色の金属体。高さ四メートル、直径二メートルほどの、アイスクリームのコーンをひっくり返したような円錐だった。

 耳がひょこりと立ち、顔から背中にかけては黒い毛に覆われ、他の部分には白い毛が生えていた。黒い大きな目はしょぼしょぼして生気が薄い。犬は、衰弱しきっていた。狭い人工衛星の中で体を人間たちによって固定され、身動きも出来なかった。舌を口の間から垂らし、体を上下させながら浅い呼吸を繰り返している。着実に死に向かっていた。


 犬に名はなかった。元は野良犬だったのだ。ある時、拾われ、数々の訓練を受けさせられた。宇宙飛行のための訓練だった。この犬の他にも、人工衛星に乗せるために連れてこられた野良犬が無数におり、同じように訓練を受けさせられていた。長期に渡る訓練の結果、この犬が選ばれたのだ。

 犬に名はつけられなかった。人間たちにとっては、単なる道具に過ぎなかったのだ。犬は野良犬になる前には飼い犬で、ある家族に飼われていた。しかし、その家庭の父親が仕事を失敗をし、経済的に困窮した。真っ先に切り捨てられたのが、ペットの犬だった。犬は捨てられ、野良犬となった。


 犬に名はつけられなかった。だが、ひとりの男には、この犬に特定の呼び方があった。バイカ、二つの色という意味のバイカラーを略したものだった。この名を知っている者は、男の他にほとんどいなかった。名付けといえば名付けではあるものの、あくまでも便宜上の粗雑な呼び方であった。男はバイカの世話をする担当を任されていた。バイカも、男に懐いていた。しかし、男にとってもあくまで仕事の範疇であった。時が来るとバイカは引き離され、狭い宇宙船に押し込まれて、宇宙の彼方へと発射された。


 犬、バイカは、うなだれていた頭を上げた。黒々とした目はぱっちりと見開かれ、生気に満ちている。口からは短い吐息がハッハッ、と漏れている。バイカはきょろきょろと人工衛星の中を見回した。

 人工衛星はゆっくりと惑星に着陸する。白い手が人工衛星を開いた。バイカはびくっ、と驚き、激しく吠えたてた。だが、白い手がバイカに触れると途端に鳴き止み、大人しくなってしまった。手はバイカに取り付けられた拘束具を外すと、バイカを持ち上げ、地上に下ろした。

 地上には、広大な草原が一面に広がっていた。そこには、バイカの他にもたくさんの犬たちが元気よく走り回っている。初めは恐る恐る辺りをうろうろしていたバイカだったが、次第に安心し始めたのか、犬たちへと歩み出していた。やがてバイカは尻尾を振って、犬たちの群れへと走り出して行った。

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