序章―ノッチ進メ、よし―(前編)
「一匹逃げました!」
エミリーの声が聞こえたのは、私が5匹目のゴブリンをなぎ払った直後だった。
「壺を持ってます!!追ってください!!」
6匹目。長柄斧を振るい、そいつの突き出した槍先をいなすと、私は彼女に叫び返す。壺はまずい。
「私が行くわ!!ここ、任せられる!?」
荷駄隊の後方では、粗末な盾を持った農民兵たちがゴブリンを押しとどめている。その先導を務める若干17歳の冒険者もまた、ドワーフのあつらえた斧と盾で敵の群れを斬り払いつつ返してきた。
「お願いします!!私も追いかけますから!!」
「りょーかい!!!」
身体を半回転させて私は返事する。勢いをつけ、横なぎに振り回した斧は6匹目と7匹目をはじき飛ばし、それに巻き込まれた後ろの数体のゴブリンが、甲高い悲鳴を上げてドミノ倒しになる。道は開いた。
オーケー、行くわよ!
「ノッチ進メ・SP!」
言葉の後、一呼吸置いて身体がかぁっと熱くなる感覚が来る。同時にその熱を逃がすため、身体の奥から風が吹き出す(としか言えない)感覚。これが魔力の出力が上がった証拠。耳にはカシャカシャという抵抗解除の響き。魔力計を一瞥。魔力圧に異常なし。
「SP進段よし!魔力圧降下なし!」
確認もそこそこに私は駆け出した。向こうには、薄汚いカーキの軍服姿の、小さな緑色の頭が、一目散に丘陵の方へ走るうしろ姿。逃がすもんですか!!
ここで気付いた人も多いと思うけど、今回のクエストは隊商の護衛。本務機動者、つまり責任者がエミリー…市場付宿酒場『竜の華』亭所属の女冒険者、エミリア・ローレンスで、補助機動者、要はサポート役が私。
二人一組、そして近隣の町から来た農民兵(その大半は老人)と一緒に、キシュ王国の首都ディヒターズベルクから北の商都、カヴァクィ王国首都グロース・フューゲルに向かう、南方の国々の品を積んだ交易商の荷馬車を護衛する簡単なお仕事…のはずだったんだけど…。
「ったく、あいつなんなのよ!」
涼しい顔して同行している“交易商”の顔を思い浮かべて、思わず悪態が口に出る。
今は夕暮れ時、ゴブリンが襲撃に出るには絶好の時間帯な上、今通っているルートは、そもそもゴブリンの盗賊が多い旧街道。ここに来るまでにすでに3度襲撃されてる。そちらは難なく撃退できたんだけど、4回目でとうとう荷物が盗られた。南方の珍品、しかも商都の有力商人向けの品だというから、こうして夢中で追っかけてる。フツーに昼間、現在の街道通りゃよかったのに、あいつときたら…。
「な~にが『近道だし、危険手当も出るからおk』よ!!」
こんな危なっかしい時間帯に、雑魚モンスターを追っかける身にもなれっての!ただでさえ補助機動者は後衛か、本務機動者の前に立つ、つまり前衛の前衛で戦わなきゃいけないってのに!!おまけにこの4回目じゃ前3回に比べて明らかにゴブリンの数が増えてる。数押しで来る敵に、奪われちゃいけない荷物。ここまで悪条件が揃ってる中で隊列から離れなきゃいけないんだから、罵声の一つも口に上るってもんよ!!
そうこうしている間にも、目の前のゴブリンはすたこらと逃げていく。その速さはすでに自動車並み。うそみたいだけどマジ。離されずに追ってる私もたいがいだけど。
「ノッチ進メ・P!」
私はさらにノッチを進めた。右側頭のティアラ、主幹制御体が“SP”から“P”を指し、体内の魔力導線の組み合わせが直並列から並列に変わる。魔力圧が高まり、さらに身体が奥から熱くなる。前腕のハンドガードののぞき穴を見やる。中の魔力圧計は問題なく振れてる。
「P進段よし!」
吹き出す風―――風属性の気流概念子がさらに強まり、発する熱を散らしてくれるけど、それすら虚しいくらいに、身体中汗びっしょり。普通の人間ではどうやっても出しようのない速度になった私は猛然と追い迫る。
アクセル全開の自動車と同じ脚のゴブリンを追いかける脚の速さと、それに耐えうる肉体そのものの『強さ』。その二つを私に与えてくれている力の源が、身体を申し訳程度に覆う薄布と金属板を組合せただけ衣装だと知ったら、みんなはどう思うかしら。
『魔闘衣』っていう名前が正式名称で、戦闘服の一種なんだけど、ビキニアーマーって言った方が通じるわよね、絶対…。
これは大気中に自然存在する天然魔力を肉体に取り込んで、二種類の異なる属性の魔力に変換して、それを駆動させることで身体強化魔法が常時発動した状態にして…全部説明するとめんどくさいけど、要するにそのおかげで私はありえないスピードで突っ走れてる。
代償として起こる身体の異常発熱も、身体を冷やす効果を兼ねた風の力場―――送風障壁っていう…一種の結界で相殺しつつ、敵の刃や矢、銃弾すらも弾き、逸らすことができるというスグレモノなんだけど、致命的な欠点がひとつ。
ビキニアーマーっていう言葉からわかる人はわかるはずだけど、それは…、
露 出 度 が 高 い 。
ってこと。
そ れ も 清 々 し い ほ ど に 高 い 。 悲 し い く ら い 高 い 。
その理由は魔力取り込み効率と熱発散効率の両立…らしい。よく知らんけど。
まぁそういうわけで、私は金属の胸当て付きの、ビスチェ状のトップスに、アンダーはTバックのショーツ、脚にはサイハイのレギンス、さらにその上からいくつかの魔力抵抗器―――見た目は金属製のプレートで、見た目上一番鎧っぽい部分かな―――という、肌を惜しみなくさらした典型的な「ファンタジーものの女戦士」の出で立ちで、両手斧持ってゴブリンを追っかけてるってわけ。あとエミリーも似たような感じ。
あ、農民兵の皆さんはフツーに革と布の鎧。こっちはフツーの人たちだから。あしからず。
そうして力行状態(魔力が身体の中の流路、魔力導線を通ってる状態を言うんだって)で走っているうちに、私は川の近くまで来た。商都圏へ入る時に渡らなきゃいけない大きな川。旧街道は丘陵…川の自然堤防に沿って大きく北東に伸びている。
その自然堤防に、ゴブリンが直進して行くのをみて、私は心の中でしめた、と思った。
あいつ、詰んだわね。安堵と同時に、とっ捕まえたらどうしてやろうかという嗜虐心めいたものが浮かぶ。
逃げてるゴブリンも必死なんだろうけど、いかんせん身体がチビなので余裕で(しかも、こちらをバカにして)逃げてるように見える。けど、目の前の斜面を登れば当然スピードは落ちるし、対してこっちはまだ余力を残したまま。相手が下手打つのを見るのはやはりうれしいものよね。
もう少し!だいぶ疲れを見せ始めたゴブリンが斜面を登るのと、私が斜面に取り付いたのは同時だった。勢いを殺さずに斜面を走る。奴を追い越して先に自然堤防を登り切り、その行く手に立ちふさがって壺を奪い返すというのが私の算段。
大事なのは中身だけど、結構高価そうな白磁の一品だし、できれば無傷で取り返したい。
堤防を斜めに登りつつ、ゴブリンを難なく追い抜く。もう少しで木々のまばらに生えた堤防の上。さぁ、とっちめてやるわ!
私の脚が堤防の頂上についた瞬間。その余裕は音と光によって吹き飛んだ。目に入ったのは飛んでくる数条の光の帯。その向こうにいる、やはりカーキの軍服らしいのを着たゴブリンの一団。そして、絶対にこの世界では聞こえるはずのない音。
「ちょ、…うわぁっ!!」
リズムを刻むような軽快な射撃音。それは機関銃の射撃音だった。
ほとんど反射的に、横に跳んで身をかわそうとするけれど、勢い余ってひっくり返ってしまう。全力力行状態でバランスを崩すってことは…。
(やば…!!)
「空転」の文字が頭に浮かんだ時には、私は破裂せんばかりの猛烈な熱さ、そして体内の6つの魔稠軸が『ギュイーーーーーン!!!』と壊れんばかりに回転する感覚を存分に味わいつつ、堤防の斜面を転げ落ちていった。
☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆
「ふぅ~~~っ…」
そこまで書いて、私は背中を反らしながらゆっくり息を吐いた。
眼鏡越しの視界に、ロフト付きの高い天井が見える。聞こえるのはエアコンの室外機の音。外は弱い雨。パソコンのモニターの照明が、私の顔を照らしている。
そう、ここはモンスターが跋扈し魔術魔法が用いられる異世界ではない。
ここは東京、府中市の南。その昔北条氏に仕えたさる武将が、戦いに敗れて野に下り、やせた土地を見事に開墾したことから、彼の名前を取り『是政』と名付けられた土地だ。日本で苗字ではない、個人名が地名に付けられた場所ってかなり珍しいと思う。
西武多摩川線の終点、是政駅から歩いて数分、多摩川沿いに面したアパートの一室で、来日から一年を過ぎたドイツ人留学生である私は、昨年自分の体験した一連の事件について記録するべく、暇のあるときはこうして指を走らせている。…日本語での叙述の練習っていう名目もあるけど。一応。
背を反らしながら、背後の時計を見る。時刻は0時を回っている。
もうこんな時間かぁ…。そう思うのと同時に、明日の朝食を用意していなかったのを思い出す。
どうしよ。雨の中買出しに行くのもめんどくさいし、でもおなかすいたまま朝出かけるのもいやだし…。
二つの思いがせめぎあっている間にも、外の雨足は強まっている。梅雨という湿雨の気候は、普段フットワークが軽いつもりでいる私の決定力を弱めてしまっているように思えた。
「この時間だと…コンビニくらいしか開いてないわよね~。…マジでどうしよ」
留学生という身の上ゆえに、身の回りはできるだけシンプルに、と心がけている私は、原則として自炊はしない。調理の手間を省き、生ごみを出さないためだ。
必然的に食生活は外食中心ということになるんだけど、コンビニのお弁当は味がいい代わりにやたらと“濃い”もんだから、何日も続くと飽きる。確実に。
かといってカップ麺だと単調そのものだし、ある程度バランスが取れたスーパーのお惣菜はもう買えないし…。
参ったわね…。改めて、日本はザクセン州(私の地元)とは違う…もちろん私が過ごしたあの世界とも。
あの世界ではどこに行くにも不便さがついて回ったけど、不思議なほど『快適』だった。でも日本は…いやドイツも、こっちの世界全般についていえるけど…違う。その逆。
『不快』なのよ。どこでも便利な代わりに。どうしようもなく。
雨はますます強くなる。エアコンの音もかき消えるほどだ。私は席を立った。
こう感じるのは私だけだと思う。いわゆる異世界に行く話…芥川龍之介の『河童』みたいに…はどこの国にもあるけど、その多くは幻想的な結末に終わり、向こうに行った主人公はこちらに戻ってこない。
けど私は戻ってきた。ある人物との“契約”で、問題の解決に尽力する報酬としてこっちに戻れた…より正確には、「あちら」と「こちら」を行き来することを許されたのだ。
それは幸福なことだったし、ある意味では不幸だったと思う。人間の本能である『比べる』ことをひとたび始めてしまうと、もう「あちら」の良かった所、「こちら」の悪い所ばかりが際立ってしまう。
「あちら」はゴブリンのようないやな連中や、もっと奇怪なバケモノ、モンスターがうろうろしていて、人間の住む場所は連絡が取れているようで孤立しあっているような場所だったというのに。
「こちら」は治安がとても良くて、少なくとも表向きはとても住みよいというのに。…そして少なくとも、いわゆる『破局』『破滅』は純粋なフィクションとして楽しめるくらいには、差し迫った事態、概念ではないというのに…。
冷蔵庫を開け、スポーツドリンクのペットボトルを手に取る。ライチ味の甘い液体をのどに流し込みながら、私はひとまず、結論を先送りすることにした。
雨強いし、買出しは保留。とりあえずまとめちゃおう。ひと区切りつける頃には小降りになってるかもしれないし。
ペットボトルをデスクの傍らに置き、私は再びパソコンに向かった。キーを叩く無機質な音が部屋に響く。私は再び、あの日々に意識を没入させた。
☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆
『ノッチ切リ…自在弁“常用制動”』
銀の主幹制御体が『切』に戻り、左腕の魔力圧計がゼロを指すのを、私は確認した。
魔力導線から魔力が消え、6つの魔稠軸の回転数が落ちていくのが感じられる。
同時に左側頭の二股の髪飾りの一方が制動を開始。パニックの域に達しかけていた気持ちの高揚が急激に落ち着いていくのがわかった。
私が着てる魔闘衣…LXV-MM、新標準型というらしい…は本来、自動的にノッチを戻して回転数を落とし、魔力の出力を弱めてくれる機能があるんだけど、念を入れて魔力をカットした。さすがに苦しい。めちゃくちゃ苦しい…。
たまたま斜面にあった岩の陰に隠れながら、私は呼吸を整えていた。
冷や汗が額を、首筋を、腋を、胸の谷間を濡らす。心臓の魔稠軸に設定された魔力発生部、概念魔導炉から放出される風属性の魔力が、魔闘衣を通して吹き出すけど、いつもは心地よいはずのその風が、異様なほど冷たく感じた。汗のせいか、それとも本気で恐かったからか。
『自在弁“制動・重なり”』
再び操気作業。制動を緩やかに。
当の心臓が落ち着くには、まだもうちょっとかかりそう。「空転」と共に急激に上昇した心拍数と体温は、固体概念子の回転のようには容易には下がってくれない。本来、魔闘衣を着て戦ってる時には、ほとんどこうなることはない。
あ、「空転」ってのは、さっきみたいに進段をしている間、つまり身体の魔力導線に魔力が高い圧力をかけて流れてる状態で、身体全部が地面に触れていないような事態になったとき、必要以上に魔力が魔稠軸に流れ込み、魔力の排出がとどこおって回転数≒出力だけが上昇しちゃって、身体に負荷をかけちゃう現象のことね。
全身に6つある魔稠軸…身体の中を通る魔力導線の、特に稠密に込み入った部分…に、概念的に設定された土属性の回転体、固体概念子の特性…ようは、身体の特定のポイントに常に土系の魔法が発動していて、それを発動してる自分が地面に立ってること自体で、ある程度の魔力が足先から地面に排出されてるのが、身体が地面から離れたことで行き場をなくしちゃったってわけ。
空転ってのは結構恐いもので、ひどい場合には身体がズタズタに引き裂けるくらいの負荷が発生する。当然命はない…ってのは、私より一世代も二世代も前の古い魔闘衣を着た人が多い『竜の華』の冒険者全員のコメント。跳んだりはねたり、後は壁を登ったりするときは、ノッチを戻すか、できればノッチを切る、つまり魔力が身体に流れない状態で行わなくてはいけない。これは魔闘衣を着る冒険者なら常識なんだって。
…常識なんだけど、あの場合は、不可抗力でしょ。
いったいどこの世界に、近代的な機関銃を撃ってくるゴブリンがいるのよ!
これまでマスケット銃みたいな簡単な銃(これ、日本の人には“てっぽう”って言ったほうが通じるわよね…実際火縄式の銃を持った奴もいたし)を撃ってくるゴブリンはたま~にいたけど、狙いもへたくそなら扱いも劣悪そのもので、ほとんど脅威じゃなかった。中には撃つと同時に銃が暴発してあっさり自滅する連中もいたし、どうせ国王や大貴族の軍の銃兵の真似でもしてるんでしょ…くらいのお粗末さ。
けど、機関銃となれば話は別。笑い事じゃ済まない。
発射音の間延びした聞こえ方から推定して、奴らの機関銃は水冷のマキシム重機関銃だと思う。第一次・第二次世界大戦モノの戦争映画ではおなじみの、まるい筒型の銃身覆い(ここに水を入れて銃身を冷やすのよね)が特徴的なシロモノ。
塹壕のような良く防御された場所に置かれれば、何百という兵士もたちまち死体の山に変えてしまうのだ。自然堤防の木々の間、茂みの中に隠して撃ちまくれば、私やエミリーの守ってきた隊列なんて、あっさりハチの巣と化す。魔闘衣の恩恵を受けられる私たちは問題ないけど、民兵たちや馬車の車列はまずもって生き残れない。
そこに思い至ったとき、私は自分が二重に幸運に恵まれていたことに気付いた。
一つは、自分が無傷でで敵の機銃掃射をかわせたこと。二つは、射撃がへたくそなゴブリンであっても、一弾帯分200発やそこらの弾をばら撒けばその一帯をキルゾーンに変えてしまう兵器の存在を察知できたこと。
何でゴブリンがそんなもん持ってるの?なんて疑問は、当の昔に頭から消えてる。
…そも、何気に5度目なのよね、近代兵器で撃たれるのって。
「ルスティさーん!無事ですかー!!」
私の考えが整理される前に、私を呼ぶ声が響いた。そしてその方向に向けてゴブリンの機関銃が撃ち出す。
視線を向けると、長い三編みと豊かな双丘を揺らして疾走する、肌を惜しげもなくさらした魔闘衣姿の冒険者。エミリーだ。
「エミリー!!早く早くっ!!」
自在弁は“緩め”に、ノッチを再び進段。魔力圧確認もそこそこに、私も駆け出した。向かうのは少し離れたところにある、さらに大きな岩。
エミリーもその意図に気付き、そちらに脚を向ける。そこにゴブリンの銃弾が降り注ぐ。小銃を持っている奴もいるのか、機関銃の射撃音の中にライフルの単発音も混じる。
けど。
『ノッチ進メ・P1段より7段へ順次進段!』
エミリーもまたノッチ操作している。敵の射手の照準が狂い、銃弾は全て彼女の駆けた後に落ち、虚しく土煙を上げるばかり。私の纏うそれよりも二世代も古い魔闘衣を着ているエミリーはしかし、確かに私の“先輩”だった。
ノッチをSへ。速度をあわせながらエミリーと合流する。
「エミリーっ!また奴らよ!!また例のっ!!」
走りながら、私は半ば怒鳴るようにエミリーに呼びかける。互いの送風障壁が展開されてる状態では、声もかき消されがちになる。
「わかります!“バラマキ”のゴブリンですね!?」
エミリーも上気した顔で応じる。普段の大人しさが影を潜めたかのような大声だ。
「えぇ!見ての通りよ!!」
「ならやっつけましょう、いつもみたいに!!」
さっきも書いたけど、機関銃を撃ってくるゴブリンとの遭遇は初めてじゃない。
最初に出くわしたのは、彼女と組んでのクエストのとき。その時は機転と、ある助言のおかげで乗り切れた。
だから今度もうまくいく。私たちには確信があった。
「もちろん!向こうは片付いたの!?」
「はいっ!さっきの壺以外は無事です!!」
「ケガ人は!?」
「ありませんっ!」
どうやら、隊商と農民兵たちは無事に乗り切ったみたいね。けど、こっちに差し掛かれば確実に虐殺が待ってる。なにしろ、相手はゴブリンが操作しているとはいえ、れっきとした20世紀の武器。そしてこの中世風の世界の住人の、知りようのない兵器なんだから。
さぁ、どうする。どうする私。このままあの交易商のところに戻って『行っちゃダメ!!』とでも言う?それとも…。
そうこうしているうちに巨石のところまで来た。隊商が旧街道を使うとき、目印になっている岩だ。あそこは絶好の盾になる。
そう思って岩の上を見遣ったとき。
一匹のゴブリンが岩の陰から顔を出し、こちらををうかがっているのが見える。
そいつと目が合った。ゴブリンらしい、意地汚いニヤニヤ笑みを浮かべて、手に持っているものを振り上げようとしている。
それがなんだかわかった瞬間、答えは決した。
この世界のゴブリンという奴の特徴は、一般に知られたファンタジー世界の雑魚モンスターであるゴブリンと、そんなに違わない。
つまり、ずるがしこくて、卑劣で陰湿。弱いものいじめが大好きで、強い奴にこびへつらう。個々の能力は弱いけど、やたらと数だけは多い。おおかたの人が思い浮かべるゴブリン像そのまんまの連中なわけ。
ただ、この世界のゴブリンの場合、これに付け加えて重要な要素が一つあったりする。
それは、『あらゆる意味で人間が予想する通りの行動しかとらないし、とれない』ってこと。
特に一匹だけ、そして少人数の集団であればあるほど、その傾向が強い。
そいつ…『ドイツ兵のイモ潰し』こと、M24型柄付手榴弾を放り投げようとしていたそのゴブリンも、まさにそうだった。
「エミリー!私が行くわ!!」
「了解っ!私はあっちを!!」
ノッチをさらに進め、前に出る。全身に魔力が高圧でみなぎっている状態だ。
私がそいつに向けて突っ込んでいくと、そいつのニヤニヤはたちまち消え去り、一瞬の躊躇いののち後ずさった。
そいつの頭の中にはきっと、“機関銃の威力を見、射撃音を聞いてパニックし、身を隠す場所を求めて走り回るしかない”私の姿があったし、それしかなかったに違いない。魔闘衣というものがどういうモノかは連中も知ってるはずだし、「空転」した状態の冒険者なんか恐くないという目算もあったはず。そんな奴なら、持ってるバクダンを放り込んで一発でオダブツだ…とでも想定したんじゃないかしら。
そんな安っぽくて都合のいい『必勝の構図』にうぬぼれて、魔闘衣の構造が他の冒険者と違うことは言うに及ばず、臆する様子もなくこちらめがけて走ってくることなんか思っても見なかった、ってとこだと思う。
そもそも、私が別な世界から来た奴で、しかも機関銃についての知識も(いくつかの戦争映画と、本で得たくらいだけど…)持ってる奴などとは想像すらできないわけで。
その代償は当然高くついた。
「『ノッチ切リ』…っおりゃあっ!!」
目の前の地面にあったわずかな起伏。それをジャンプ台代わりに、私は跳び上がった。今度はセオリーどおりノッチを切ってる。もちろん空転はなし。
魔力で強化された脚力のおかげで、私の身体は数メートルは跳躍したと思う。まさにSF映画の超人のように、アニメのヒーローのように。
岩棚の上にはさっきのゴブリンの他に、もう一挺の機関銃とそれに取り付くゴブリンの姿。いずれも背を向けて逃げようとするか、狼狽と怯えの表情を浮かべて凍り付いている。あまりのことに反撃するそぶりすらない。
私はデーンアックスの柄を中段に構え、着地の瞬間に突き出す。長柄の石突が背を見せた手榴弾のゴブリンの後頭部にめり込み、その手から手榴弾が転がる。
それが岩に当たって跳ねたのを逃さず左手で掴む。視界の隅にはゴブリンが二匹。そいつ等は腰にホルスターらしいのを付けていて、そこに手をかけようとしてる。けど遅い!
拾った手榴弾をそのまま一方の顔面めがけて投げつける。爆発物ではなく鈍器として投擲された“ドイツ兵のイモ潰し”は一方のゴブリンに命中。不恰好に長い鼻がひしゃげ、そいつは宙を舞った。そのまま岩の下に真っ逆さま。あれでは持たないだろう。
続くもう一方は、何とかホルスターから拳銃を引っ張り出したところだったけれど、そこで自分が一人になってしまったことに気付き、恐怖の方が勝ったようだ。
こちらに向けて一発でも撃とうと銃口を向けたところで逃げ道はないかと後ろを振り返る。それがそいつの運命を決めた。
「どきなさいっ!!」
遠心力をかけてスイングされた私のデーンアックスがゴブリンの側頭を捉える。悲鳴と共に、そいつもまたさっきの奴と同じ運命をたどった。
バカな奴ら。こっちの姿が見えた時点でこいつを撃ってればよかったのに。私は結局火を吹かずに終わったマキシム機関銃を見ながら思った。
もしくはこっちが突進してきた時点で射点を変えるために移動すべきだったわね。見晴らしのいいこの岩棚は孤立してしまえば逃げ場がないはずなんだから。
改めてゴブリンは予想通りの行動しか取らない連中だ。人間ならいくつかのパターンを想像できるけど、こいつらは自分が予想した通りの行動を相手も取ってくれるし、自分の思い描いた通りの状況が起こると信じて疑わないし、疑えない連中なんだから。
そんな感慨は連射音で打ち消された。エミリーの向かった方ね。
エミリーが向かったのは自然堤防、丘の上の木立だ。私も合流しなきゃ!
私はそこに落ちていた手榴弾をひとつ拾うと、岩の下へと身を躍らせた。