ピアノ
「わあああ」
思わず上がった歓声に、執事さんが恥ずかしそうに頭をかく。ツンデレかよ。
私の目の前には、お城の庭がある。果物の木、季節の花々、噴水。それはもう、美しい以外の何者でもない。今は春だからなおさら。
延々と続く中庭をみていると、お城が見えてきた。馬車がお城のまえでとまる。動けなかった。いや、動けるかよ、普通。
お城を見て固まる私に、「何やってんだい。早く行よ。」と、バンカさんに、
半ば引きずられながらお城に入った。
お城は大理石のような物で出来ていて、通路には、赤い絨毯が敷いてあった。通路には、絵画や壺、像などがかざられ、階段の手すりや柱には、美しい彫刻が施されている。
執事さんに着いていくと、三回の、一番奥の部屋まできた。
「わあ」
その部屋は、彫刻だけではなく、その所々に、宝石が埋め込まれていた。城のドアも、少し劣るが、かなり豪華だったし、もしかしたら、ドアは権力を表す象徴なのかも知れない。
トントン
執事さんがドアを叩くと、
「入れ」
と、男声が聞こえた。
「失礼します。」
執事さんが扉を開けた瞬間、
「綺麗、、、。」
思わず口から漏れたこの言葉は、両サイドの美しい絵の描かれた木の本棚でも、手前にある、光で輝くガラスの机や、そのとなりの、ふかふかそうなソファでも、その奥にある仕事机でもない。それは、金色の長髪の髪に、金色寄りの茶色い切れ目の瞳、すっと通った鼻筋。仕事机に座っている、男の人にだった。
私が見とれていると、バンカさんが
「世話になるよ、カミラ。」
と言って、ソファに座った。
バンカさん!絶対その人偉い人だよ。大丈夫なの!?
私の心配と焦りは、次の言葉で消された。
「ゆっくりしって行って下さいね、母さん。」
「はーあ」
あくびはこれで何回目になるんだろう。ただいま絶賛独り中です。っていうか、話しについていけない。あれから分かったことと言えば、あの男の人は、カミラといって、この東北の辺り全体の領主なんだって。で、バンカさんは、カミラさんの母親で、旦那さんが亡くなってから、捨て子を集めてるんだとか。で、そこまでは良かったんだけど、それからはもう全くついていけない。政治の話しとか、地名とかもバンバン出てくるし。政治とか全く分かんないし、地名なんて長ったらしくて意味わかんない名前ばっかり。
で、小一時間睡魔と戦いながら、お茶をすすってた。
「そういえば母さん、今年もやるのですか?」
「やるって、ピアノ教室のことかい?」
ん?
「母さんのピアノ教室は人気ですからね。」
んん?
「もちろんやるよ。少しは自分でも稼がないとね。ちょっとピアノの様子でも見てこようかね。」
んんん?
「あんたは来るかい?」
「はい!」
勿論ですとも。この目で、この目で、ピアノなのかピアノじゃないのか見てやる。
ってこんなに燃えてるのは、前世でずっとピアノをしてたから。中二、中三で、英雄ポロネーズ、黒鍵のエチュード、別れの曲を終わらせたら、もっぱら作曲とかに力を入れてたけど、中学の時までは、コンクール等ではかなりいい成績だった。ピアノが一番の自慢だったと言うことです。はい。
なので、眠気もどっかに吹っ飛んでいった。
意気揚々とバンカさんに着いていく。ピアノは、同じ三階の、反対端にあるんだとか。
ピアノ室の前まできた。緊張するー。
パッとバンカさんが扉を開けると、、、
「ピアノだーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
歓喜した。しすぎて、バンカさんとカミラさんの呆れた顔も見てなかった。
「弾いてみるかい?」
バンカさんが、微笑ましいと言うように私を見る。
「はい!」
でも、何にしようかなあ。やっぱり気分的に、英雄ポロネーズがな。
「ここ、防音制ですか?」
ちょっとうるさいからね、この曲。
「そうだよ。」
カミルさんが教えてくれた。
イスを調節する。ペダルのあれ、ないかな。補助ペダル。私はまだ体が小さいので、補助ペダルが無いとペダルを踏めないのだ。
「あの、補助ペダルってありますか?」
わたしがきくと、
「え、あ、うん。あるけど。」
カミラさんが不思議そうに持ってきてくれた。
「ふー。」
私が弾こうとした、その時。
「あんた、音属性なのかい?」
バンカさんの一言で、演奏を遮られた。
「何でですか?」
「だって、補助ペダル、なんて言葉を知ってるし、椅子の調整もできる。指や手の形もピアノを弾く人にしかできない形になってて、姿勢も綺麗だ。」
何言ってるのかと思った。つまり、音属性じゃないと、ピアノは弾けないわけ?
「あのお、音属性じゃないと、ピアノは弾けないんですか?」
恐る恐るきくと、
「何当たり前のことをいってるんだい。」
と、呆れられた。そして、それなら町のピアノ教室に通わせてくれるんだって。バンカさんもピアノ教えてるじゃん!と突っ込みたくなるが、この後の関係もあるので、教師と生徒、にはなりたくないみたいだ。
まあいいか。とりあえず私は心の中で呟いた。
ピアノ万歳!
と、言うことで今はピアノ教室に向かってる。なんかヨーロッパっぽい町並みだった。あと、皆着ているのはドレス。バンカさんから貰った民族衣装みたいなのは、結構目立つ。
それほど経たないうちに、周りより二倍大きい建物に着いた。なんか、「館」って感じ。
馬車を降りて、門をあける。後は執事さんが門番見たいな人と話してすぐ入れた。
教室に入ると、執事さんがサッと後ろに行った。いや、帰れよ、って敬語で言ったら、カミラ様に申し付けられておりますので、と返された。
この教室は団体系な様で、十人程いた。
皆カミラさんのような髪や瞳の色だった。そういえば、バンカさんが、自分は音属性だ、っていってた気がする。ちょっと浮いててやだな。
しばらくすると、先生らしき人が入ってきた。そういえば、さっき執事さんが何か話しながら金銭袋渡してた人だった気がする。
「皆さんこんにちわ。」
猫のような顔に高い声、ちょっと好きじゃないんだよなあ。
「今日は新入生が来てくれました。こっちに来てください。」
先生が手招きする
ピアノがある、少し高い段の上に立つ。
「まあ、髪の毛はピンクなのね。可愛らしいこと。」
嫌味ったらしい先生にイラッときたけど、構わず自己紹介をする。
「私の名前はユイです。バンカさん、、、カミラさんのところから来ました。宜しくお願いします。」
「ああ、バンカさんの所から来たのね。だから音属性でもないのに。まあ、所詮は捨て子だものねえ。」
クスクス
他の生徒さんが笑ってる。
「まだこんな幼い子供にあなたは何を言ってるんですか!?」
執事さんが半切れで割って入った。
「まあ、そんなに怒らないでくださいよ。試しに自己紹介として、演奏してもらうのはどうですの?まあ、音属性でもないくせに捨て子ですけどねえ。あ、私はそのようなことは気にしてないのよ。」
先生の態度にしびれを切らしたのか、執事さんが、帰りますよ!!と、私の手を取った。
「待ってください。」
すごい剣幕の執事さんの手を振りほどく。このまま帰るのは気が済まない。
「演奏させて下さい。」
そういうと、有無を言わせず、ピアノに直行した。弾くのは英雄ポロネーズ。
深呼吸して、意識を集中させる。
ミー、、、、、
引き始めたら、何も聞こえなく、何も見えなくなる。
あれ?指が動かない。小三っていうちょっと遅い時期からはじめて、毎日毎日築き上げてきた私の強い指が弱くなってる。体が違うから、指も同じな訳ないか。勢いで弾いちゃったけど、手が小さいから、音が抜ける。和音とメロディーを拾うけど、精一杯。絶対聞き苦しいよ。
悪戦苦闘しながら、なんとか曲を終わらせた。
「っ、、、」
恥ずかしさで思わず教室を走り出た。走って走って、市場みたいな、屋台が沢山ある場所に出た。
道の隅に座る。
ショックだった。出来ると信じてたのに。手が小さいのは仕方ない。けど、指が弱いなんて、、、。これまでの全てが崩れ落ちた気がした。
暫く落ち込んでたけど、このままじゃ何も変わらないし、テクニック練習を頑張る。これしか思い浮かばなかった。
「あーあ。一からやり直しか。」
伸びをして立ち上がり、ピアノ教室に戻った。とりあえず馬車まで戻んなきゃ。
幸い、ピアノ教室までは直ぐだった。が、
「何で?」
何で馬車がないのー!?