第9章:苛立2
優は舞の走り去ったその場所に立っていた。
なぜ、舞にあんな事を言ってしまったのか。
優は瞼を閉じ夜空を仰いだ。
泣いてた……よな……。
涙を溜めていた舞の瞳が瞼に焼き付いている。
舞に言った言葉は自分の苛立を八つ当たりしたものでしかなかった。
舞の事が気になった優の足は自然と舞の部屋へと向かう。
部屋の前に着き、チャイムを押したが返事がなく、外廊下から見える限りでは部屋の電気もついていない。
優は部屋のノブを回すとドアが開いた。
そっと中を覗くと玄関先で両手で耳を塞ぎながら座り込んでいる舞の姿があった。
「舞!」
優は後ろから両手を舞の肩に置き名前を呼んだ。
舞は顔を上げ優を見たが、その目は虚ろで目の前にいる優が見えていないようだった。
舞をここまで追いつめたのが自分だという事に自己嫌悪に陥りながらも、優は舞を抱き上げ部屋に入る。
ベッドの縁に舞を座らせ、優は隣に座り舞の両肩に手を置き、もう一度優しく名前を呼んだ。
「舞」
舞は体をビクッととさせ、ゆっくりと優の方を見た。
「……すぎ……はら……くん……」
舞はジッと優の瞳を見つめ小さく呟いた。
優は舞をそっと抱きしめた。
「さっきはごめん。俺ちょっと苛ついてて八つ当たりしてた」
舞は小さく頭を横に振った。
「大丈夫……大丈夫だから」
舞はそっと優を押し戻し離れた。
「ごめんね。心配かけて」
その瞳にはもう涙は流れていなかった。
優の右手が舞の頬に触れる。
「大丈夫なんかじゃない。まだ、つらそうな顔をしてる。俺が泣かせてしまったのにこんなこと言うのは変だけど、 つらいんだったら我慢せず泣いた方がいい。俺でよければいつでも胸を貸すから」
もう一度舞を抱きしめる。
こんなにもつらそうなのにしている舞を放っておく事は出来なかった。
「離して……」
舞は優の腕を振りほどこうと少し抵抗したが、優は離さなかった。
「こうしていれば、顔を見られることもないだろ。好きなだけ泣けばいい。 舞が落ち着くまでずっとこうしているから」
まだ抵抗していた舞だが、優の腕が振りほどけないとわかると抵抗をやめた。
そして声は出していないが舞は泣いているようで、優は舞の髪を優しく撫でた。
しばらくすると舞は寝てしまったようだった。
優はベッドに寝かせ舞の顔にかかった髪をかきあげる。
頬をそっと撫で、目からこぼれ落ちた涙を親指で拭った。
声さえ出さずに泣くなんて、一体どれほど大きな心の傷を背負っているのだろうか。
自分の不用意に言ってしまった言葉で傷つけてしまったことが悔やまれた。
今日の昼休み、優は社員食堂でお昼を食べていると
「ココいいかな」
顔を上げると薗田涼子が立っていた。
その脇には相田友香もいる。
「どうぞ」
涼子と友香は優の対面に並んで座り、涼子は友香を紹介した。
「私の同期で総務部の相原友香」
優は初めましてと挨拶をした。
「杉原君って本社から来たんでしょ。将来的には本社に戻るの?」
友香が箸を手に取りながら聞いた。
「うーん、どうでしょうね。今後希望する部署にもよると思うので先の事はわからないです」
優が答えると涼子は
「杉原君、敬語使わなくていいよ。私達歳そんなに変わらないから」
「そうなの?」
「うん。2人とも24。今年25になるの」
「そう、じゃ同い年だね」
「仕事の方はどう?」
涼子が聞くと
「まだ2日目だから仕事の全容がつかめてないけど、 1人で仕事が出来るようになればきっと面白いだろうなって思う。やりがいもありそうだし」
「誰が教育担当なの?」
「七海さん」
友香の質問に答えたのは涼子だった
「あぁ……。七海さんね」
その少し含みのある言い方が気になり優は聞いた
「七海さんてどんな人なの?」
「いい人だよ」
涼子と友香は一瞬目を合わせ、涼子が答えた。
「いい人すぎて貧乏くじ引いちゃうタイプ」
「貧乏くじ?」
友香の言葉に涼子が軽く肘を突くと、友香はあっ! といった態度をとった。
しかし時既に遅しで、優の質問に言いにくそうに涼子が説明する。
「ほら、今日の朝も坂崎さんに歓迎会の幹事頼まれてたでしょ? 七海さんて何か頼むと基本的断らないから。ついみんな頼っちゃうの。杉原君の教育担当も本当は他の人が担当する予定だったけど、 その人がどうしても仕事の都合がつかなくて、結局七海さんに決まったの」
「あんまり自分の感情表に出さない人だから、たまに何考えてるかわからないけどね」
涼子は再び友香を肘で突き、涼子は付け加えるように
「あっ! でも、勘違いしないでね。みんながついお願いしてしまうのは、七海さんは仕事が丁寧で責任感のある人だからで……」
「じゃ、頼りがいのある人なんだ」
優の肯定的な言葉に涼子はホッとしたようにしていた。
「じゃ、僕はこれで失礼するね」
昼食を食べ終えた優は立ち上がり、手にトレーを持つと涼子が
「杉原君、今度一緒に飲みに行こうよ」
「そうだね。機会があれば」
優の言葉に涼子と友香はうれしそうに目を合わせていたが、優は歩き出しながら舞に初めて会った時の事を思い出した。
よくある男と女の別れ話。
さして興味は無かったが、暇だった優はどんな展開になるのかと眺めていた。
ストレートな言葉で別れを告げられた舞は、泣き出したり怒ったり言葉でなじったりするのかと思っていたがあまりにもあっさりと別れを承諾していた。
しかし、男が店を去った後の舞は窓の外を見ながらそのまま消えてしまうのではないかと思うほど儚く見えた。
ご愛読ありがとうございます。
まだまだ連載は続きますが、完結にむけてがんばります。
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