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第8章:苛立1

声のする方を見ると、良太の少し後ろに優が立っていた。


良太は舞から離れ優の方を振り向く。


「君は?」


良太の言葉に舞は優の紹介をした。


「ああ、君が噂の男前君か」


男前君……?


「社内の女の子達が噂してた。本社から企画部に配属になったヤツがカッコいいって」


良太は優を観察するように見ると


「なるほどね。確かに女の子達が噂するだけはあるな」


その時、お昼休み終了5分前を告げるベルが鳴った。


「おっと、時間切れだ。それじゃ舞ちゃん、俺とのデート真剣に考えといてね」


良太は優しい笑顔を舞に向けながらウィンクをし


「またね、男前君」


優の肩をポンと叩きその場を去っていった。


「誰、あれ」


あまりにも素っ気ない言い方に思わず舞は周りを確認したが、もうすぐお昼休みが終わるこの時間は、急いで自分の席に戻る人ばかりで舞達の事を気に留めている人は誰もいなかった。


「営業部の新見主任」


「デートするの?」


一体どこから話を聞いていたのだろう。


「まさか!」


「舞ちゃんとか呼ばれてずいぶん親しげだったけど」


「あの人は社内の女子社員を名前で呼んでいるの。デートの誘いにしたっていつもの事で、新見主任にしたら挨拶代わりみたいなものだよ」


実際良太は舞に会うたびにデートに誘ってきていた。


しかし、他の女子社員にもよく声をかけている姿を見かけ、舞にしてみれば良太にデートに誘われるのは挨拶代わり程度にしか捉えていない。


「ふーん」


それだけを言うと優は自分の席に戻っていった。


どうしたんだろう、なんだか機嫌が悪そうに見えたけど。


疑問に思いながら、自分の席に戻ると丁度お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


結局お昼休みにメール作成出来なかったな。


仕方ないから定時後作成しよう。


そんな事を考えていると、優が声をかけてきた。


「七海さん次の仕事の指示をお願いします」


その口調は先ほどとは違いまったく普通だった。


機嫌が悪そうに見えたのは気のせいだったのかな。


定時になり、歓迎会のお知らせメールを作成し終わり各人へ送信し終えた時


「七海さん」


隣に総務部の相原友香が立っていた。


「明日急に出張が決まってしまって、申し訳ないですけど明日の部長会議のお茶汲みお願いできないですか?」


毎週水曜日は各部署の部長が集まっての部長会議が行われる。


女子社員が持ち回りでコーヒーを出す事になっていて、仕事の都合等で担当している日にお茶汲みが出来ない場合は、他の女子社員に変わってもらう事がある。


頼む相手は仲のいい同僚や会議の時間に仕事の都合がつきそうな人に変わってもらうのだが、舞はよく頼まれる事が多い。


またか……、と思いながらも出張や打ち合わせなどの理由では無下に断る事も出来ず


「わかった。出張じゃ仕方ないよね」


「いつもすみません。よろしくお願いします」


そう言うと、友香足早に去っていった。


幹事といいお茶汲みといい、今日は雑用をお願いされる事が多いな。


出来ればどちらも進んでやりたい訳ではないけど、お願いされると断る事が出来ないのをみんなわかっていて頼みに来ているのだ。


そして、舞もそれをわかっているが結局断れず受けてしまう。


そんな事を考えていると、舞は隣からの視線に気づき振り向くと優がこちらを見ていた。


「仕事、終わったの?」


「いえ、何でもないです」


と言ってパソコンに目線を戻した。


何だったんだろう……。


お昼休みもそうだったけど、今日の優の態度は腑に落ちない。


疑問に思いながらも仕事を始めてしまった優に、次の言葉をかける事が出来なかった。


キリのいいところまで仕事を終え、時計を見るともうすぐ22時になるところだった。


22時を回ると深夜残業となる為、出来るだけ22時までに帰宅するよう会社から言われている。


舞と優は仕事を終え一緒に帰宅した。


話しかけてくる事も無く黙ったままの優に、舞も自分から話しかける事が出来ず二人は黙って一緒に歩いていた。


アパートの近くまで来ると優は


「何で断らないの?」


何の事を言っているのかわからず優の顔を見上げると


「今やっている仕事も期限まであまり時間がないみたいだし、幹事もお茶汲みも舞が断らないのを知ってて雑用を押し付けているんだろ」


その口調は怒っているようだった。


「仕事の期限が迫ってたり出張とかだと仕方がないでしょう。こうゆう事はお互い様だから」


確かに面倒だし期限の迫っている仕事はあるけれど、担当している人が出来ないのなら誰かが代わりをしないといけない訳だし。


なぜ優がそんな事を言い出すのかがわからず困惑していると


「舞ってさ、周りの顔色伺い過ぎなんだよ」


「そんなこと……」


舞は立ち止まり言い返そうとしたが、本当の事を言い当てられて最後の言葉は濁してしまた。


「俺の事だって仕事を覚えるまで押し付けられたようなものだし」


えっ!


なんでそんな事を言うのだろう。


優の言葉の意図がわからず、困惑したままただ優を見つめていた。


「それにあの時だって」


あの時?


「男に振られた時だって、なんで相手に自分の思っている事を言わなかったの?」


優は睨むように舞を見ていた。


「なんで、いつも自分の気持ちを心の中に押し込んで」


まただ。


これで何回目だろう。


どうして優は私の触れて欲しくない部分を言葉にする。


舞は瞼を閉じて下を向いた。


優はそんな舞を気にせず話し続ける。


「周りに気を使って、自分の気持ちに蓋をして気づかないふりして」


やだ、聞きたくない!


舞は涙が溢れてくるのをグッと堪えた。


「そんな風に自分の気持ちに偽っていると、いつか心が悲鳴をあげるよ」


「やめて!」


優の最後の言葉を遮るように舞は叫んだ。


「私がどうしようとあなたに関係ないでしょう!」


舞は走り出すと、堪えていた涙か頬をつたって流れ出す。


舞は部屋に着くと急いで鍵を開け部屋に入り、鍵をかけるのも忘れて玄関先に座り込んだ。


優の言う通り、舞はいつも自分の気持ちを口にすることをしてこなっかた。


いや、出来なかったと言った方が正しい。


舞の育ってきた環境が自分の気持ちに我慢する事を覚えてさせていた。


それが、舞の生きる為の術だったから。


『お前なんか生まなければ良かった』


『お前がいなければ私はもっといい人生を送れたのに』


『邪魔な子だよ、まったく!』


思い出したくない言葉が、頭の中に蘇ってくる。


幾度となく流れてくる涙を止める事無く、舞は耳を塞いだ。


『ごめんなさい……、……ごめんなさい……』


舞は心の中で呟いた。


生みの母親から言われた言葉が舞の心の中で重しのようにのしかかってくる。



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