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第6章:記憶

終業のベルが鳴ると、帰る支度をする人や残業で残るためにしばしの休憩を取る人などで、周りが慌ただしくなった。


「今日は初日だし、定時で帰っていいよ」


「七海さんはまだ仕事ですか?」


「うん。もう少しだけやっていくつもり」


すると優は少し小首を傾げながら何か考えていたようだった。


「それなら僕ももう少しやっていきます。仕事のキリが悪いので」


そう言うと再びパソコンに向かってキーボードを叩き始めた。


「お先に失礼します」


定時から1時間程すると、涼子が帰宅の用意を始め部屋を出て行った。


それからさらに1時間程するとようやく書類が完成した。


社内には、週明けということで比較的残業をしている人もまばらだった。


隣の机では優がまだ仕事をしている。


「そろそろ帰るけど……」


「僕も今終わった所です」


舞と優はパソコンの電源を切り、一緒に会社を出た。


一緒に会社を出たので1人で勝手に駅まで歩いていく訳にもいかず、しかたなく一緒に駅まで行き電車に乗った。


その間、優は舞に話しかける事はなかった。


舞は記憶の無い部分の事を聞こうか迷っていたが、今日の会社での優の態度を考えると自分から話しかけるのもためらい、舞も黙っていた。


舞が降りる駅に着くとなぜか優も一緒に同じ駅に降りた。


まったく話をしていない2人の間には気まずい雰囲気が漂っている中、優が口火を切った。


「なんで先に帰ったんだ?」


いきなり核心を聞かれて一瞬息をのんだ。


やっぱり気づいていたんだ!


「朝起きたら手紙だけが置いてあって。姿が見えなかったから心配したんだぞ!」


「ご、ごめんなさい……」


不機嫌そうに話しかける優に思わず下向いて謝ると、再び沈黙が続く中、今度は舞から話しかけた。


「あ、あのさ。私……酔って吐いたあと……。 いや……、やっぱり……いいや」


口から出た言葉は最後になるにつれ、フェイドアウトしていく。


そんな私を不思議に思った様子で、


「もしかして、覚えてないの?」


「えっ……、いや……、覚えて……るよ……」


優はジッと舞を見ていたかと思うと、ホッとしたように


「そう、よっかた。忘れられたらどうしようかと思った。あんなに忘れられない夜は初めてだったから」


そう言うと今度はニヤッと笑って


「舞ってけっこう積極的なんだな」


優の言葉に驚いた舞は足を止め、その場に立ちつくし優を見つめた。


本当にそんな事をしたのだろうか……。


記憶が無いだけに反論できない……。


いや、そもそも積極的って……。


すると優は我慢できないといったように、いきなり笑い出した。


舞には一体、何が起きたのかわからない。


「なにもなかったよ」


なにも……なかった……?


それでもまだ状況を飲み込めないでいると


「あの時、ホテルのバスルームで吐いた後、そのまま便器抱え込んで寝ちゃったからベッドまで俺が運んで寝かせた。 でも、シングルルームだからベッドは1つしかないし、しょうがないから一緒に寝ただけ」


私、そのままバスルームで寝ちゃったんだ……。


「いくらなんでも、酔いつぶれた相手を襲うほど悪趣味じゃない」


優はいたずたっぽく笑顔作り


「わかった? 忘れんぼさん」


そう言って優は舞のおでこを人差し指で軽く突いた。


「起きたら手紙だけが置いてあって舞は帰った後で。あんな状態だったから心配してたんだぞ。だから、今のはそのお返し」


お返しって……。


だんだん状況が飲み込めてくると、大きなため息を吐いた。


優って性格悪い……。


普通言わないでしょう、積極的だなんて……。


優は舞の顔を覗き込み


「ごめん。怒った?」


舞は首を横に振り


「怒ってないよ。迷惑かけたのは私だし。ごめんね、お礼も言わずに帰っちゃって」


「いいよ。心配したのは確かだけど出会い方が出会い方だったから、逃げられてもしょうかないかなとも思っていたし」


逃げられてもって……。


確かに逃げるように帰ったけど……。


舞は再び歩き始めた。


「それにしてもビックリしたよ。まさか会社で会うとは思ってもみなかった。俺達の出会いって運命だったりしてな」


「偶然でしょ」


そっけなく答えたが、優は聞こえてないかのように


「会社で会った時の舞の顔、豆鉄砲くらったような顔をしてた」


と言いながら、さもおかしそうに思い出し笑いをしていた。


「それじゃ、私ココだから」


舞は自分のアパートに着いた事を告げ、優の方を振り向いた。


「ココなの?」


優は驚いた様子でアパートを見ていたかと思うと、クスッと笑って


「このアパート、俺も昨日から住んでる」


「……本当に?」


驚いて聞くと、優は真面目な顔をして


「うん。これは嘘じゃないよ」


ふと昨日引っ越し業者の車を見かけた事を思い出し


「昨日止まっていた引っ越し業者の車って……」


「ああ、本当は土曜の予定だったんだけど、手違いで日曜に引っ越しになってしまって」


「それじゃあのホテルの部屋は……」


「土曜日にこっちに来たものの、部屋に何も無いんじゃ寝るにも寝られないから。しかたなくあのホテルに泊まったんだ。だけどホテルには早く着いて部屋に入れなかったから、街を探索してたまたま入った店に舞がいた」


フロントに寄ってないと思ったのは、すでにチェックインを済ましたからなんだ。


それにしても、アパートが同じとは……。


このアパートは舞が入社する時に会社からの紹介で入居したアパートだった。


それを考えると、空き部屋があれば社員が会社の紹介で入居する事も十分考えられる事だ。


「やっぱり俺達って運命なのかもな」


「偶然でしょ」


面白そうに言う優に、舞はまたそっけなく答え自分の部屋に向かった。


「それじゃ、おやすみなさい」


「おやすみ。舞」


優はやさしい声で答えた。


舞は部屋に入りベッドの縁に腰をかける。


疲れたなぁ。


いろんな事が一度に起こったから頭がまだついてこない。


すると、ふと優の言葉が頭をよぎる。


『やっぱり俺達って運命なのかもな』


運命かぁ……。


舞は首を横に振た。


ただの偶然だよ。



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