第5章:再会
翌日の月曜日。
会社に行き自分の席に着くと、真っ先にパソコンの電源を入れる。
パソコンが立ち上がっている間、給湯室でインスタントコーヒーを入れ再び席に戻ると、始業のベルが鳴った。
週明けは始業のベルが鳴るとグループごとに朝のミーティングが行われるのだが、その進行役の部長が席にいない。
不思議に思い前の席の同僚に声をかけた。
「薗田さん、今日ミーティング無いの?」
「部長なら今人事部に行っています。戻ってきてからミーティングするって言っていました」
薗田涼子はパソコンの画面から顔を上げ答えた。
舞より5歳年下の涼子は、明るく人なつっこそうな笑顔がとても似合い、誰とでも臆する事無く話の出来きる性格は、社内の男性に人気がある。
「人事部?」
「今日、人事異動で本社から1人この企画部に来るって、週末に部長が言ってたじゃないですか」
週末……、そうだっけ……。
舞が少し首をひねりながら考えていると、涼子は思い出したように
「あっ、そっか。その時七海さん打ち合わせで席にいなかったですよね。そう言えば七海さんに伝えておくよう部長に言われたのを忘れてた」
あまり申し訳なさそうにする訳でもなく、笑顔で答える涼子。
あっ……、そっ……。
人当たりはいいけど、忘れっぽいのがたまにキズだなぁ。
「総務部の同期の子に聞いたんですけど、25歳で結構カッコいいそうですよ。楽しみですね」
うれしそうに話しかけてくる涼子を見ながら、相変わらず情報が早いなぁと感心していた。
人付き合いいい涼子はどこから仕入れてくるのか、上司である部長から話がある前に知っている事が多い。
そうゆうのも、ある意味才能なのかもしれない。
そんな事を思っていると、部長が部屋に入って来たのが見えた。
涼子も気づいたのか、何事も無かったようにパソコンに向かって仕事を始める。
舞もパソコンに向かって仕事を始めていると、部長が席に着くなり
「ミーティング始めるから集まって」
10名程いる企画部の社員が一斉に席を立ち、部長の席に集まる。
舞もその輪の後ろの方に立って部長席に目をやると
あっ!
部長の隣に立っている長身の男性に釘付けになった。
なんで、ココにいるの?
「9月1日付けで本社からこの企画部に移動となった杉原君だ。じゃ、一言あいさつを」
部長の言葉に促されると
「杉原優です。今日からこの企画部に配属になりました。わからないことばかりで、皆様には御迷惑をおかけする事も多いとは思いますが、1日でも早く慣れるようがんばりますので、よろしくお願いします」
優は笑顔であいさつをし、お辞儀をした。
周りからの拍手が終わる頃、部長が先週までの仕事の経過やこれからの新しい企画内容などの話をしていたが、舞にはその言葉はまったく耳に入ってくることはなく、目眩がしそうになり近くの机に手を着き、必死で堪えた。
よりによって同じ会社のしかも同じ部署……。
こんな事ってあるんだろうか……。
「……みさん、七海さん」
隣にいた涼子が舞の腕を指で突いていた。
ハッとして顔を上げると
「七海さん大丈夫かね。少し顔色が悪いようだが……」
部長がこちらを見ながら話しかけてきた
「えぇ。大丈夫です」
必死で平常心を装いながら答えると
「そうか、ならいいが。杉原君が仕事を覚えるまでの間、君と一緒に仕事をしてもらうからよろしく」
ええっ!
混乱している所に追い打ちをかけるような一言が舞に向けられた。
「私と……ですか……?」
「ああ、今君が担当している企画、初めての仕事には丁度いいからね」
部長は優の方を向くと
「杉原君、仕事は七海さんから指示をもらってくれ。それと、君の机は七海さんの隣が空いているからそこが君の席だ」
「わかりました」
優が返事をすると、ミーティングが終わりそれぞれの席に着く。
「後で紹介してくださいね」
隣にいた涼子は舞に耳打ちすると、自分の席に戻っていった。
あまりに突然の出来事に思考能力が停止し、その場に立ち尽くしていた舞に向かって優は歩き出し、舞の目の前まで来ると笑顔で右手を差し出した。
「よろしくお願いします。七海さん」
その言葉に促されるように握手をした。
「……よろしく」
握手をしたまま優の顔をジッと見つめて立っていると優はクスッと笑い
「七海さん、手」
えっ?
「そろそろ手を離してもらってもいいかな」
舞は慌てて優の手を離した。
「女性と手を繋ぐのは嫌いじゃないけど、出来ればプライベートでの方がうれしいけどね」
屈託の無い笑顔向けられ、舞は思わず優から目を逸らして下を向いてしまった。
すると優は何事もなかったように
「ところで、僕の席はどこですか?」
その言葉に舞はようやく我にかえり、優を席に案内した。
優は自分の席に座ると、持っていた自分の荷物を机に整理し始めた。
だめだ、落ち着け!
とっ、とにかく仕事に集中しよう。
舞が自分にそう言い聞かせていると、前の席に座っていた涼子が小声で舞を呼んだ。
「七海さん!」
涼子の方を見ると、期待を込めた眼差しで舞を見ていたので、仕方なく舞は優に声をかけた。
「杉原君、同じ部署の薗田さん」
「薗田涼子です。よろしくね」
涼子は立ち上がり、自分から手を出し満面の笑みを作っていた。
「よろしくお願いします。薗田さん」
優は涼子と握手をしながら笑顔で答えると、荷物を片付け終えたのか
「仕事の指示をいただきたいのですが」
舞は自分の机の上にある資料を手渡し、これから作成する企画書の内容を説明した。
「出来たら声かけて」
「わかりました」
優の資料を受け取ると、説明を聞いていた時にとっていたメモとを見比べながらパソコンに向かった。
その様子は、まるで初めて会ったかのような態度だった。
もしかして……、気づいてないのかな。
舞は隣に座っている優を気にしながらも、先週末に残っていた仕事に手をつけ始めた。