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第33章:暖かな温もり

舞は大通りをまるで魂が抜けたように下を向きながら歩いていた。


いつのまにかポツポツと降ってきた雨に、道行く人々は天気予報で雨を予報していたせいか、傘をさし家路に急いでいる。


降り始めた雨は一雨ごとに舞の心と体を冷やしていく。


優はどう思っただろうか……。


きっと、軽蔑しているに違いない。


優には、優だけには知られたくなかった……。


母親のあの言葉……。


『この子が母親の男を寝取った事があるってこと』


舞はこの時初めて、母親の美樹を恨めしく思った。


ひどい扱いを幾度となくされた舞だったが、これほどまでに憤りを感じたことはなかった。


あきらかに舞への嫌がらせでしかない。


なぜ、あんな事を優の前で言ったのだろう。


16年も前の事を今だに恨みに思っているということか。


舞は友也との事が尾を引いているのか、初めて体を重ねる相手には恐怖感と嫌悪感が拭えないでいた。


それは、優に対しても同じだった。


良太に挑発され強引な優の態度に少し怖さを感じたのだ。


しかし、舞は自らその殻を破るため自分から唇を重ねた。


そして、目覚めた朝。


人を愛しく思う気持ちや温もりを初めて感じる事ができたのだ。


それは美樹と再会する事で、優と過ごしたほんの一時の幸せが音を立てて崩れて行くような気がした。


雨が降るなか、長い間歩いていたが気がつくとアパートに帰っていた。


ずぶ濡れのままアパートの階段を上がると、舞の部屋の前に優が扉に背をもたれかかるようにして立っている。


舞の姿を見つけると駆け寄ってきた。


「舞!……ずぶ濡れじゃないか……。早く体を温めないと風邪ひくぞ」


優は舞の肩を抱き寄せ部屋へと歩き出そうとしたが、舞はその場から動かなかった。


「……舞?」


「……私、……優とは一緒にはいられない……」


「…………」


「……聞いたでしょ。……お母さんの……言葉……」


少しの沈黙の後


「その事なら、後でゆっくり話をしよう。今は冷えた体を温める方が先だよ」


優のやさしい声がズキリと胸を突く。


「……しないで」


「…………」


「やさしくしないで!」


舞は優の腕を振りほどいた。


「軽蔑しているでしょ! 母親の男を寝取るような女なんて!」


もう、どうでも良かった。


母親からの暴力よりも、もっと心に引っかかっていた事。


無理矢理男に体を触られた事で自分の体が汚れたような気がしていた。


そんな自分を優に知られてしまい、二度と幸せなんて手に入らないと思った。


優にやさしくされれば、それだけ惨めになるだけだ。


舞は自分の部屋へと歩き出すと、優に腕を掴まれ腕の中にきつく抱きしめられた。


「軽蔑なんて……、するわけないだろ」


優の声は切く辛そうに聞こえた。


「お母さんとは中学の時から会っていなかったんだろ。どう考えたって中学生の女の子が出来ることじゃない」


優は舞の髪をやさしく撫でた。


「俺は……、どんな過去があっても……舞を好きな気持ちはかわらない」


優は腕の力を緩めると、少し体から離し手を舞の頬にそっと触れた。


「ずっと……、ひとりで背負ってきて辛かっただろ……」


「…………」


「子供は望む望まないにかかわらず、どうしても親の人生に振り回されてしまう事がある。 ましてや成人していなければ、それは逃げようとしても逃げることが出来ない。 過去にどんな出来事があったとしても、それは舞の責任じゃないよ」


「…………」


「ちゃんと受け止めるから……、舞が抱えている辛い気持ちも過去も全部。なにがあっても舞の隣にいるから」


暖かい優の愛情が冷えきった舞の心を包み込む。


舞の目から涙が溢れた。


ずっと……、辛かった……。


男に体を無理矢理触られた恐怖、母親に罵られた悲しさがずっと心の中に残っていた。


誰にも言えず、自分の心の中に押し込めてきた。


もし、誰かに話したとしてもきっと理解などしてもらえないだろう。


これは一生自分ひとりで背負っていかなければいけない傷なのだと。


心に蓋をして、自分自身も目を背けていた過去……。


自分の過去や辛かった気持ちを、こんなふうに誰かに受け止めてもらえるなんて思った事なかった。


「だから、俺を信じて」


舞は優の胸に顔を埋めた。


今まで感じたことのない優の大きな愛情に、溢れ出した涙は止まる事なく頬をつたって流れている。


優が舞をそっと抱きしめた。


優の腕の中は、親が子供を愛しむようなやさしいく暖かな温もりだった。


この温もりを手放したくない。


舞は心の底からそう思った。


第33章までご愛読いただきまして、ありがとうございます。

第34章からの更新はまだ決まっていませんが、出来るだけ早く更新出来るようがんばります。

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