第32章:過去4
−− 舞12歳 −−
小学生の高学年にもなると、舞は自然と遅く帰るようになった。
放課後から解放されている学校の図書室や大型のショッピングセンターなどで時間を潰し、 夜の仕事に出かける母親の美樹と顔を会わさないようにしていた。
顔を会わさないことで美樹の不興をかわないように、 そして遅く帰る事で美樹と美樹が連れ込んだ男が体を重ねている場面に出くわさないようにという思いもあったからだ。
そんな毎日の中、舞が小学校6年の冬ごろから美樹のつきあっている男、友也がそのまま家に居着く。
そんなことは今までにもよくあったことだった為、 舞は気にしていなかったがいつの頃か友也の目線がよく舞に向けられているに気づいた。
最初は気のせいかと思っていたが、執拗に向けられる目線に不快感を覚え始める。
しかし、何かを言ってくるわけでもない友也に対して、ただその目線から近づかないようにしていた。
そして、中学に入学して2週間程たったある夜。
寝ていた舞は、体の上からのしかかるような重みに目が覚めた。
「静かにしろっ!」
友也の顔が目に飛び込んできたその瞬間、舞は手で口を塞がれた。
「静かにしてな。でないと美樹が起きるぞ」
舞は何が起こったのかがまったく理解が出来なかった。
なぜ、友也が舞の布団にいるのか。
状況が理解出来ていない舞に友也は手で舞の口を塞いだまま、唇で首から鎖骨にかけて愛撫し始め、 その行為に舞は体の震えと嫌悪感が体中に湧きおこる。
舞はその場から逃げ出したかったが、初めて男に体を触られ恐怖感で体が動かない。
友也は舞の上着に手を入れると、這うようにして胸まで辿り着き触りだした。
そしてその手は、ズボンの中に入っていき下腹部へと移っていく。
「やっ!」
口元を塞いでいた手が緩んだその時、舞の口から言葉が漏れた。
その声は思ったよりも大きく、友也はギョッとして隣の部屋の様子を伺うように動きを止めた。
少しして、隣から物音が聞こえ襖の隙間から部屋の明りが漏れた。
そして、美樹が襖を開ける。
舞と友也が同じ布団にいる姿を見た美樹は、大きく目を見開き2人を見下ろす。
友也は舞から飛び退くように、美樹に近づいた。
「美樹! ちっ、違うんだ。これは……」
そこまで言いかけて友也は舞の方を見ながら人差し指を指し
「……アイツが、……アイツが誘ってきたんだ」
友也の言葉に美樹の顔はいままで見たこともない怒りに満ちた形相をし、舞をきつく睨んだ。
その目は娘に対してではなく、舞をひとりの女として嫉妬を露にした目だった。
舞は息を飲むようにして座ったまま後ずさる。
美樹はゆっくりと舞に近づくと平手を舞の頬に打ちつけた。
「このっ! 泥棒猫!」
畳にうつぶせるように投げ出された舞の体を美樹が引っ張り上げ、もう一度平手で舞の頬を打つ。
「誰のおかげで……、誰があんたをここまで育ててやったと思ってるのっ! それを……、人の男を寝取るなんて!」
怒りに狂った美樹は無抵抗の舞に殴る蹴るの暴行を始めた。
最初は見ていた友也だったが、いっこうに止まる気配のない美樹に不安を覚え止めに入った。
「おい、美樹、やめろよ。それ以上やったらコイツ死ぬぜ」
友也の制止にようやく手を止めたが、美樹は肩で息をしながらグッタリと横たわる舞の事を睨んでいる。
「あんたを生んでからまったくロクなことがない! いっその事、死んでもらった方がよっぽど気楽だよっ!」
美樹は吐き捨てるように言って、隣りの部屋へと消えていった。
暗い部屋に一人残された舞は、口の中に広がる鉄の味を噛みしめていた。
常識で考えれば12歳の舞が男を誘惑する訳がない。
あきらかに友也の方に非があるのに、美樹はまったくそれをみようとしなかった。
舞は心が壊れたかのように涙一つ出てこなかった。
翌日、舞が学校から帰ってくると美樹と友也の荷物があらかたなくなっているのに気付く。
不信に思った舞だったが、なぜか誰にも知らせる事はしなかった。
次の日もアパートに美樹と友也が帰ってきた形跡はない。
そして、部屋に鳴り響いた電話で美樹と友也の状況を知る事となる。
前から借金のあった友也は返済が出来なくなり、店のお金を持って美樹と共に姿を消したらしい。
すぐに警察がやってきて舞も事情調書をとられた。
しかし、舞の保護者は美樹しかいなかった為、身元引受人としてすぐさま親戚に連絡がいき美樹のやったことが親戚中に知れ渡った。
警察からは身元を引き取ってくれたものの、ただでさえ親戚から疎まれていた美樹と舞だった為、 厄介者扱いされ舞の引き取りが決まるまでの一週間を、お金を渡されアパートに1人で暮らした。
その後、舞は宮沢家に引き取られることになる。