第30章:至福の時
薄らと目を覚ました時、目の前に優の顔があり焦った。
体を動かそうとしても、優の腕がしっかりと舞を抱き寄せていて動けない。
あっ、そっか……、昨日……。
舞は優の寝顔を見つめていると、自分のなかで優への愛しい気持ちが湯水のように沸き上がってくるのを感じた。
いままでこんなふうに誰かを愛しいと思えたのは初めてだ。
優の肌から直接伝わってくる温もりが、舞の全てを温く包み込んでくれている気がする。
こうゆうのを幸せっていうのだろうか……。
誰かと一緒に迎える朝が、こんなにも自分の気持ちを穏やかにさせてくれるなんて……。
そんなことを思いながら優の寝顔を見ていると、優がゆっくりと瞼を開け
「……おはよ」
舞の顔を見てはにかんだように言った。
「……おはよう」
優の寝顔を見ていた舞は急に恥ずかしくなり、目線を優の鎖骨辺りに逸らす。
それを見た優はニヤッと笑い。
「舞、顔赤くなってる」
そう言われるとますます顔を上げられなくなってしまった。
「昨日の舞の顔も好きだけど、そうやって赤くなっている舞もかわいい」
「やだっ! もうっ……」
優の言葉に舞はベッドから出ようとしたが、優は舞を抱きよせ軽く唇を重ねた。
「そのままベッドから降りると丸見えだよ」
そう言われ舞は優の腕から出るに出れなくなってしまった。
そんな舞を見て優はクスッと笑い
「ずっとこうしていたいけど、お腹も減ってきたし、俺シャワー浴びてくる。その間に着替えて舞も部屋でシャワー浴びてくれば? 舞が戻って来るまでに朝食用意しておくから」
「うん……。ありがとう」
「それとも……、一緒に風呂入る?」
舞が顔を上げて優を見ると、悪戯そうな顔で舞を見ている。
「もうっ! 優っ!」
舞は怒ったように優の胸を軽く叩いた。
「鍵置いとくから、戻ってきた時に返して」
優は笑ってベッドから降り、鍵を机の上に置いて浴室へと消えて行った。
舞は着替えて自分の部屋に戻り、シャワーを浴び、一通り支度を済ませると再び優の部屋へと戻った。
鍵は持っていたが、勝手に開けて入るもの気がひけチャイムを鳴らす。
「鍵持っているんだから、開けて入ってくればよかったのに」
部屋に入ると優が言った通り朝食に野菜がたっぷり入ったサンドイッチとコーヒーが用意されていた。
それを目の前にして座った舞は小さくため息を吐いた。
「どうしたの?」
「優ってすごいなぁって思って……。普通、こうゆうのって女性が男性にすることでしょ。私、やれって言われてもきっと出来ない……」
「別に無理してやる必要はないんじゃないの? そりゃ女の人は料理が出来たにこした事はないだろうけど、人には得意不得意があるからね。今時、家事の分担なんて何処の家でも普通にやってると思うけどな」
「……そうかなぁ」
それでも落ち込んでいる舞を見て優は
「じゃ、お昼は一緒に作ろ。俺が料理教えてやるよ」
「……教えてくれるの?」
「ああ、1人より2人で作った方がきっと楽しいだろうし」
優は舞の頭をクシャッと撫で
「さぁ、食べよ」
舞は優の作ったサンドイッチを食べた。
教えてもらえるのはうれしいけど……。
ちゃんと作れるかな……、私……。
お昼前に2人で買い出しに出かけ、昼食を一緒に作っていると
「舞ってさ……、ちょっと……不器用すぎないか?」
優の呆れた声で舞は少し項垂れた。
「会社ではしっかりしてて何でも出来るイメージがあったけど……」
えぇ、えぇ、どうせ私は不器用ですよ。
「これって、どうみても5mmはあるよな……」
優は舞が剥いた人参の皮を見ながら言った。
「だって……、今は皮むき機あるし……、適当に切って鍋に放り込めばとりあえず何かできるし……」
舞の言葉にますます優は呆れたようだった。
「まぁ、気長にやればいいよ」
結局ほとんど優が昼食を作ってくれ、包丁さばきの良さに改めて感動した。
「練習さえすれば、ちゃんと出来るようになるから」
朝に続き落ち込んでしまった舞を優は励ましてくれたが、舞にとっては立場がなかった。
そんなまったりとした土日を優と一緒に過ごし、舞にとっては今までになかった甘い至福の時を感じる事のできた週末だった。