第26章:誤解1
舞は月曜の夜に優と喧嘩別れをした為気まずくなってしまい、あの夜以降一緒には帰りたくなかった舞はわざと用事を作り、 優を避けるようにして1人でアパートに帰るようにしていた。
そんな舞の様子に何か言いたげな優だったが、会社ではその機会を作る事も出来ないでいたようだ。
一体こんな状態がいつまで続くのだろう。
同じアパートに住んでいるというのは、こうゆう時非常に不便だな。
いっそのこと引っ越しでもしようかと思えてしまう。
「七海さん、ちょっといいかね」
舞は呼ばれた部長席までいくと
「この前言っていた新しい企画の打ち合わせ、金曜日に木戸商事に16時からに決まった。 打ち合わせが終ったらそのまま直帰してもらってかまわないから。それと営業部からは細川君が一緒に行くそうだ」
「そうですか。わかりました」
舞が自分の席に帰ろうとした時
「それと、杉原も一緒に連れていってくれ」
「杉原君もですか?」
「ああ、一緒に行った方が仕事もスムーズに進むだろ」
「……はい」
打ち合わせで直帰できれば、それだけ優と一緒に帰らなくてもいいと思ったのだが……。
舞は自分の席に戻り
「杉原君、金曜日の16時から木戸商事で打ち合わせが入ったから予定しておいて」
「2人で行くんですか?」
「違うよ。営業部の細川さんと3人」
「わかりました」
そう言うと、優は止めていた手が再びキーボードの上を動き出した。
舞は明日に打ち合わせが決まった為、遅くまで打ち合わせの資料を作っていた。
時計を見るともうすぐ21時47分を指していた。
ヤバイ、22時になるまでに会社出なきゃ。
隣を見るとやはり優もまだ仕事をしている。
舞は優に帰る事を告げ、慌てて資料のデータを保存しパソコンの電源をおとした。
さすがに時間が遅い為、他へ寄り道する訳にもいかず舞は仕方なく優と一緒に駅へと歩いていた。
すると、舞の目線の先に見覚えのある男性が声をかけてくる。
「杉原君?」
「そうですけど……」
突然名前を呼ばれ、優は警戒心をあらわにして答えた。
「君……、薗田涼子と付き合ってるの?」
優は相手を睨みながら
「……人に物事を聞くときは、まず自分の名前を相手に言うのが礼儀じゃないんですか」
「あぁ、悪いね。私は経理部の長岡だ」
経理部の長岡さん……、だから見た事があったんだ。
長岡は会社の中でも目立たないタイプで、あまり経理に顔を出す事のない舞は、すぐには誰かわからなかった。
眼鏡を掛けているその顔立ちは神経質そうで、いかにもお金の管理をしている経理の仕事が合いそうな感じだ。
「俺、自分のプライベートを他人にしゃべる趣味はないんだけど」
優の言葉に長岡は一重まぶたの目を細め、優を睨んだその時
「長岡さん!」
背後から声が聞こえ、舞が後ろを振り返るとそこには涼子が立っていた。
「何してるんですか、こんな処で……」
残業していた涼子が22時を超えないように退社してきた所のようだ。
この状況を見て、涼子はあきらかに困惑している様子だった。
舞は今のこの状況についていけずオロオロしながら優の顔を見たが、優は平然とした態度で長岡と涼子を見守っている。
長岡は急に涼子が現れたことで一瞬と惑っていたが、意を決したように涼子に向き合った。
「涼子……。お前……、杉原と付き合ってるのか?」
「……そんな事、……長岡さんには関係ないでしょ」
長岡の質問に動揺を隠せないように、涼子は目線を下に向けた。
「それに、聞いたところで、あなたには結婚を前提としたお見合い相手がいるじゃない」
涼子の言葉に長岡はばつの悪そうな顔をした。
「確かに、部長に言われてお見合いはしたが……」
長岡の言葉が言い終わらないうちに頬を涼子が叩いた。
「そんなに出世が大事なの!」
涼子の目には涙で溢れ今にもこぼれ落ちそうになっている。
「信じてたのに……、あなたの事……信じてたのに……」
もはや、涼子目からは止どめることの出来なくなった涙が頬をつたって流れ落ちている。
長岡は涼子の両肩に自分の手を置くと、涼子は長岡の手を振りほどこうとした。
しかし、あまり体格が良くない長岡だが男性の力強い手に、涼子は手を振りほどく事が出来なかった。
「人の話は最後までちゃんと聞け!」
長岡はイラついたように声を荒げて言うと、涼子はビクッと体を震わせるた。
「確かにお見合いはした。部長から言われてどうしても断る事が出来なかったんだ。 でも、涼子が杉原と社内でよく見掛けるようになって……。俺……、すっごく後悔した。他の男のに取られそうになって、 ようやく自分のした事の愚かさに気付いたんだ」
「…………」
「……涼子、……もう一度俺とやり直さないか……? いや、やり直して欲しい。……勿論、結婚を前提として」
長岡の言葉に涼子の瞳は信じられない言葉を聞いたかのように大きく見開いた。
「……本当に……?」
「ああ、大切な人を無くしてまで、上司に従うつもりはない」
「……長岡さん」
涼子は瞼を閉じると、長岡は涼子を抱きしめた。
優は舞の腕を掴み歩き出した。
いきなりの展開に舞は頭がついていけない。
優に腕を掴まれたまま、涼子と長岡が見えなくなるまで歩いた所でようやく口を開く事ができた。
「……ねえ、一体どうゆうこと?」
舞の質問に優は立ち止まる。
「どうって、見ての通りだよ」
「見ての通りって……、薗田さんは優と付き合ってたんじゃ……」
「付き合ってないよ」
優はため息を吐きながら答えた。