第24章:本気の恋
良太にアパートまで送ってもらい、舞は部屋のドアの前に袋がかかっているのが目に入った。
なんだろうと思い袋の中に入っていた手紙を見る。
『おかえり。明日にでも温めて食べて 優』
中身を確認すると2つのタッパが入っていた。
優……。
わざわざ持って来てくれたんだ……。
舞は袋を手に取り部屋の中へと入り、袋を机の上に置き床に座ると、舞は大きくため息を吐いた。
良太の事を恋愛対象として見た事はなかったから、突然の告白に舞の気持ちはかき乱れていた。
手にキスをされた時の感覚はまだ手に残っている。
思い出すと舞は頬が熱くなった。
あの時、手にキスをされ舞は体の芯から何かが湧き上がってくる感覚に襲われ、 そのまま良太の胸に抱きつき抱きしめられたいと思った。
良太を男として頭ではなく、体で感じたのだ。
ただ、手にキスをされただけで……。
そして、最後に抱きしめられた時にふと香ったタバコの匂い……。
アパートに着いて舞が車を降りる際、良太は
『舞が幸せになるのなら、舞の隣にいるのが誰でも俺はかまわない。 だけど……、幸せでないのならいつでも奪いにいくから』
と、言って去っていった。
舞は机の上に置いた袋に目をやった。
料理を作って持って来るなんて、女性が男性にすることだと思うけどなぁ。
だけど、もう優しくしないで欲しい。
同情なんてして欲しくない。
とあるビルの地下のドアが開く。
「いらっしゃいませ」
良太がカウンターに座るとバーテンダーが
「今日は何になさいますか?」
「いつもの」
「かしこまりました」
舞を送った後、車を置いて良太は飲みに来ていた。
“Cait Sith”(ケット・シー)は良太のお気に入りの店の一つだ。
アンティーク調に統一された店内は経営者の好みなのだろう。
店内にかかる音楽は会話の邪魔にならない程度の音量で心地よく耳に届いている。
バーテンダーが注文の品を良太の前に置くとそのまま立ち去る。
この店では無駄に客に話しかけないのが、良太が気に入っている理由だ。
一人なりたい時にはうってつけのお店だった。
良太はお酒を一口飲むとタバコに火をつける。
すかさずバーテンダーが灰皿を良太の前に置く。
タバコを一口吸うと、舞と初めて会ったときの事を思い出していた。
舞と初めて出会ったのは今から8年前になる。
大学の悪友達に連れられて入ったお店が"スナック 秋桜"だ。
当時大学生だった舞は水商売をしているとは思えないぐらい大人しめで派手な感じのしない子で、 なぜこんな子が水商売なんてと思ったのが第一印象だった。
それはあきらかに良太が今まで付き合ってきた女達とは違う。
何度か通っているうちにふと気付く。
笑っているけど笑っていないように見える舞。
なぜそんな風に思えるのか不思議に思ったが、しばらくして気付いた。
ああ、この子は目が笑っていないのだと。
きっと心から笑えていないからなのだろう。
それに気付いた良太の心に舞に対する好奇心が顔を覗かせる。
それ以来、良太はいつも舞を目で追うようになり、結衣に舞の事を聞いた事もあった。
かなり酔っていた結衣はきっと覚えていないだろうが、舞の生い立ちを知ったのはその時だ。
親に暴力を振るわれたり、捨てられるなど、社会のひづみによくある話だと思った。
特に同情なんていう感情は出てこなかった。
しかし、時折見せる悲しげな表情。
人の輪の中にいても決して人を受け入れようとしない舞に、良太は知らず知らずのうちに惹かれていっている自分に気付く。
きっと心から笑った舞いの顔は今とは比べ物にならないくらい魅力的だろう。
その笑顔を見て見たい。
いつしか良太はそんな思いを募らせていた。
今まで、良太は女性に不自由したことがない。
黙っていても女の方から寄って来るのだ。
一夜限りの女なんて吐いて捨てるほどいる。
それが、8年もの間ただ見守っていただけなんて……。
良太にとってはそれでもいいと思っていた。
他の男と付合っていると聞いても特に焦りはなかったし、ましてや告白などするつもりもなかった。
なのに……。
杉原の事を聞いた時、胸騒ぎがした。
それは直感だったのだろう。
自分が大切に見守っていた女性が心奪われるのではないかと。
いや、すでに舞の心は杉原の事が気になっているようだ。
そんな舞を見ていると、無性に自分の物にしてしまいたい衝動にかられた。
抱きしめて唇を奪い、そのまま自分の全てを舞の体に刻み付けたいと。
しかし、結局は手にキスをしただけで、舞の唇を奪う事すらしなかった。
そんな思いに良太は苦笑した。
本当に惚れた相手というのは簡単には手が出せないものなのか……。
自分の女関係を考えると、信じられない行動だ。
そして別れ際に言った言葉
『舞が幸せになるのなら、舞の隣にいるのが誰でも俺はかまわない。 だけど……、幸せでないのならいつでも奪いにいくから』
自分の物にしたいという思いとは裏腹に、本当に舞を幸せに出来る男であればそれでもいいと本気で思っているのも確かだ。
そんな事を思っていると、マスターが良太の前にやってきた。
「最近、お顔を見ませんでしたね」
「ああ、仕事が忙しくてね」
「そうでしたか。ところで……」
そこまで言うとマスターは声のトーンを落とし
「あちらに座っている女性が、新見様とご一緒したいと言っておりますが……」
良太はマスターの視線の先に目をやると、カウンターの端に目鼻立ちの整った女性が1人でグラスを傾けながら座っている。
後腐れ無く一夜を過ごせそうな、良太好みの女だった。
今夜はその女と一緒に過ごすのもいいかとも思ったが、今日の良太の心を癒すには舞以外の女性はいないと思い直し
「マスター、悪いが今日はこれから先約があるんでね」
差し障りのない断りをいれる。
「お詫びに、1杯奢らせてもらうよ」
「かしこまりました」
マスターはカクテルを作ると、カウンターの端に座る女性に何か一言言って差し出す。
良太は女がこちらを見るのを確認すると、自分のグラスを女の方に向け乾杯の仕草をした。
そのグラスを飲み干すと、お会計を済まし店を後にした。