第22章:明日の予定
“スナック 秋桜”の扉を開けると、時間が早い為かまだお客は来ていなかった。
中に入るとカウンターに結衣が座って、携帯のワンセグでテレビを観ていた。
舞が入ってきたのに気がつくと、笑顔を向け
「おはよう」
夜の業界では何時だろうと“おはよう”と挨拶をする。
「おはよう」
舞も同じように挨拶を返した。
「今日は悪いね」
「いいよ。別に特別予定なんてないから」
今日は結衣のお母さんが友達と1泊旅行に行ってしまったので、お店の応援を頼まれたのだ。
舞は結衣の横に座りながら
「結衣って明日なんか予定ある?」
「ん〜、明日は京介とデート」
ワンセグの方を観ながら結衣は答える。
「あっ、そうなんだ」
デートなら明日付合って欲しいとは言えないなぁ。
「明日、なんかあるの?」
「なんとなく……聞いてみただけ。京介さん元気?」
舞は話をそらした。
「相変わらずだよ、忙しくてあんまり会えない。ホントあいつって仕事人間だから」
愚痴っぽく言っているわりには、京介の話をしている結衣の顔はほころんでいる。
その様子を見ていると、結衣がかわいく見えた。
ホントに好きなんだろうな、京介さんのこと。
お客が来るまでの間、2人でたわいも無い話をしていると、店の扉が開き5人のお客さんが入ってきた。
それをかわきりに別のお客も来店し、店はあっという間に賑やかになった。
賑やかな店内が一段落すると、また店の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
開いた扉に向かって声をかけると、店内に入ってきたのは良太だった。
良太の姿を見て舞は少しドキッとした。
この前送ってもらった時に、頬にキスされて以来会社でも顔を会わしていなかったのだ。
良太はカウンター席に座ると、舞はおしぼりを渡す。
「最近よく入ってるね」
その話し方はまるでこの前の事が何もなかったかのような話し方だったので、舞は内心ホッとしながら
「今日はママの代理。旅行に行っちゃって結衣が一人だって言うから」
時間が1時を回る頃にはお店の方が一段落し、店内には良太と2名の常連客だけになっていた。
「舞、今日はもういいよ。多分もうお客さん来ないと思うから」
結衣の言葉を聞いた良太は
「舞ちゃんもう終わり? じゃ、ラーメンでも食べにいかない? 俺腹減っちゃった」
33歳の良太が言うには少し子供っぽい感じの言い方だったので、舞は少し可笑しかった。
「いいですよ」
「じゃ、結衣ちゃん、舞ちゃん借りるね」
舞はお会計を済ませた良太を一緒に店を出る。
お店から5分程歩いた所にいつも良太が行くラーメン屋さんがある。
「久しぶりだな。こうやって舞ちゃんとラーメン食べに来るの」
良太は割り箸を割りながら言った。
舞と良太が初めて会ったのは会社ではなく、“スナック 秋桜”だった。
まだ大学生だった舞はよくバイトで店を手伝っていた頃に良太が友人に連れられてやってきたのだ。
その頃はお店が終ると結衣も含め、良太達と一緒にラーメンなどを食べに来ていた。
しかし、舞が就職するとお店に出る事が無くなった為、こうやって一緒に食べに来るのは本当に久しぶりだった。
「本当ですね」
舞はラーメンに口を食べながら答える。
「舞ちゃん、最近なんかあったの?」
良太の急な質問に一瞬ラーメンが喉に詰まりそうになり、慌てて水を飲んだ。
「どうしたんですか? 急に……」
「なんかいつもと様子が違うなと思ってね」
「そ、そうですか」
良太はジッと舞の顔を見つめ
「原因は……、あの年下君?」
「えっ……」
良太に図星され舞は固まってしまった。
すると良太はククッと笑い
「舞ちゃんはホントわかりやすいな。かまかけたんだけど図星だったんだ」
かま、かけられたの……。
結衣は固まっていた体に力を抜くと同時に、ガックリと肩を落とし軽くため息を吐いた。
「ごめん、ごめん。そんなに簡単に引っかかるとは思ってなかった」
謝っているわりには、申し訳そうに聞こえない。
「だってさ、店で手が空くと何か考え事してただろ。少し辛そうにも見えたから」
確かに舞は、ふとした瞬間に踊り場での優と涼子の事が頭に浮かんでいた。
考えないようにしていたのだが、舞の思考はそれを許してはくれないようだった。
「しかし、妬けるな」
良太の言葉に舞は顔を上げる。
「舞ちゃんにそんな顔をさせるアイツに」
舞を見つめる良太の眼差しは一瞬辛く悲しそうに見えたが、次の瞬間には先程の眼差しが嘘のように明るい笑顔に変わる。
「というわけで、明日デートしよ」
というわけでというのは、どうゆうわけなんだろう。
急な変わりように舞が戸惑ていると
「舞ちゃんには気分転換が必要だと思うよ」
「気分転換……」
「そっ、明日俺がいい所に連れってやるよ」
明日は何も予定がない。
それどころか、優に誘われてそのまま部屋にいるわけにもいかないから、どうやって時間を潰そうかと考えていた舞にはありがたい誘いだった。
「いいんですか?」
「もちろん」
舞の返事に良太は舞の頭を優しく撫でた。
「やっと、OKの返事もらえたな」