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第21章:疑惑1

金曜日のお昼休み。


舞は仕事がずれ込み遅めの昼食を終え、エレベーターホールへと向かった。


しかし、エレベーターに乗込む人が多く何回か待たなくてはならないようで、仕方なく舞は階段で行くことにした。


階段を上っていると3階の踊場付近から女性の声が聞こえてくる。


「いまさらそんな事言わないで」


あまり使用されない階段は、たまに社内恋愛模様が繰り広げられる場合がある。


舞はまずい所に出くわしたなと思った。


仕方なく2階からエレベーターホールに向かうため、階段を下りかけた時


「ごめん。やっぱり、こんな事よくないよ」


踊り場から聞こえた慣れた声がした。


舞はその声にドキッとし、見てはいけないと警告する胸の高鳴りが聞こえないかのように、足が踊り場の方へと向かった。


踊り場からは見えない所まで来ると足を止め、顔だけを覗き込むように踊り場を見た。


そこに見えたものは、壁に背をもたれさせている優と、舞からは背中しか見えないが優と対峙している涼子の姿が目に入った。


「お願い、あなたしかいないの」


涼子の声は切羽詰まった感じだ。


優は困ったように頭の後ろを壁にもたれさせ天井を仰いでいる。


「お願い……」


涼子は優の胸に寄りかかった。


舞は逃げるようにその場を去ると、女子トイレに駆け込んだ。


個室のドアを閉めると、ドアに背中をつけ両腕で体を抱いた。


心臓の鼓動が止まらない。


あの2人は付合っているのだろうか。


いや、あの様子を見れば一目瞭然だ。


今でも一緒に昼食を食べている姿をみかけるし、引っ越しの手伝いだといって優の部屋にも来ていた。


ああ、もっと早く気付けば良かった。


私との事はきっと見るに見かねての行動だったのだろう。


じゃ、あのキスは……?


舞は首を振った。


きっとその場の雰囲気でおもわずしてしまったのかもしれない。


「ふふっ……」


優と涼子が一緒にいる所を目撃して動揺している自分に、舞は笑いがこみ上げてきた。


一体何を期待していたのだろう。


優から差し出される暖かい温もり?


愛情?


闇に捕われている自分の心を救てくれるかのしれないと期待してるの?


舞は自分が甘い期待を優にしていた事に気がつく。


お昼休み終了5分前のベルが聞こえ、舞は仕方かなくトイレを出て自分の席に戻った。


その足取りは重かったが、冷静さを取り戻すように自分に言い聞かせた。


優と涼子は何事も無かったように自分の席に着いていた。


舞もいつものように仕事をしていた……と、思っていたが


「七海さん!」


優に呼ばれハッと我にかえる。


どうやらボッーとしてキーボードの上にある手が止まっていたようだ。


「どうしたんですか?」


心配そうに声をかけてる優に舞は、一瞥しすぐディスプレィに目を戻した。


「なんでもない。ちょっと考え事してただけ」


その態度は明らかにおかしかったのだろう。


隣の席で怪訝そうな雰囲気が伝わってくる。


「今日は、飲み会があるんで定時で失礼させてもいらますね」


「えっ……」


驚いたように優を見ると


「昨日、今日は定時で帰る事はお伝えしていたと思いますが……」


優の言葉に舞は、そういえば……と言われた事を思い出す。


時計を見るとすでに定時を回っていた。


「そう……だったね。ごめん、忘れてた」


「ホントに大丈夫ですか?」


優の心配そうな声がする。


「大丈夫だよ。いってらっしゃい」


無理して作った笑顔を優に向けながら言った。


「杉原君、行こ。遅れちゃう」


涼子に声に促され、優は仕方なく席を後にした。


「お先に失礼します」


2人の声が重なりながら、部屋を出て行く。


舞は複雑な思いだった。


いつものように仕事が終われば、一緒に帰らなければならないだろう。


どんな顔をして一緒に帰ればいいかと思っていたから内心ホッとしたが、涼子と一緒に出て行く優を見て胸がチクリと痛んだ。


無かった事にすればいい。


今までそうしてきたように、優の事は心の奥底に押し込めてしまえばいい。


舞は自分にそう言い聞かした。





次の日、舞は携帯の着信音で目が覚めた。


布団の中でもぞもぞ動きながら手だけで枕元に置いてある携帯を探す。


携帯の着信表示を寝ぼけ眼で確認すると、−−杉原優−−とある。


眠気が一気に吹っ飛び、ガバッと起き上がった。


どうしよう……。


舞は出るか出ないかで迷ったが無視するのもどうかと思い、仕方なく通話ボタンをおそるおそる押す。


「……もしもし……」


電話の向こうにまで聞こえるのではないかと思うほど、心臓が高鳴っている。


「おはよう」


さわやかな声が電話の向こうから聞こえてくる。


「……おはよう」


「今日と明日なんか予定ある?」


予定を聞かれ舞は焦った。


昨日の今日では正直会いたくない。


「えっ、予定?」


「そう、予定。もしなければまたご飯作るから来るかと思って」


「あっ……ごめん。今日も明日も予定があって……」


「そっか……。じゃ、仕方ないな」


残念そうな声が電話の向こうから聞こえてくる。


「うん、ごめんね」


舞は早く電話を切りたくて話を終わらせようとしたが、すかさず優の声が聞こえた。


「舞さ……、なんかあったの?」


優の指摘に舞は心臓がドキッとする。


「何で?」


出来るだけ平静を装いながら聞く。


「昨日、なんか様子が変だったからさ」


「……別に、何にもないよ」


「ふーん。ならいいけど……」


舞の言葉を信用していない様子で優は答える。


しばらくの沈黙ののち


「また、電話する」


「えっ、ああ、うん」


ぎこちない感じで電話は切れた。


携帯を持ったまま舞は一気に緊張感が取れたようにハァーとため息を吐いた。


今日は、結衣に会った時お店を手伝う約束をしていた。


だから、今日予定があるというのは嘘じゃない。


しかし、明日は……。


舞はベッドにゴロンと横になった。


特に予定があるわけではない。


優の誘いを断る為にとっさに予定があると言ってしまったのだ。


同じアパートでは一日部屋に居ればきっとバレる。


どうしようか……。


それにしても、一体優は何を考えているのだろう。


涼子と付合っているのならなぜ舞に電話をしてくるのか……。


舞はギュッと目を閉じた。


抱きしめられた時の優の心地よい鼓動が蘇ってきた。


包み込むように抱きしめる腕。


手を握った時の安堵感。


思い出すすべてが暖かく思えた。



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