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第18章:過去3

朝、部屋に差し込む明るい日差しで目が覚めた。


「おはよう。よく眠れたみたいだね」


体を起こすと優はすでに起きていたようで、舞のそばに寄り顔を覗き込んだ。


「顔色もいいみたいだし」


ホッとしたような優の声。


舞は台所からいい匂いがしてきているのに気がついた。


「いい匂い」


「朝ご飯作ったんだ。食べる? と言ってももうブランチになるけど」


時計を見ると10時半を回っていた。


「杉原君が作ったの?」


「うちは母子家庭だったからね。かあさんが仕事でいない時は俺がご飯を作ってたんだ」


優は台所に行き朝食の用意を始めた。


舞もベッドから降り手伝おうとしたが優に


「病人は座ってて」


と部屋に戻されてしまった。


「舞ってよくコンビニ弁当買ってるだろ。少しは自炊した方がいいよ」


朝食を食べながら優は舞の痛い所をついた。


「料理はあまり得意じゃないから。それに、仕事で遅くなるとどうしても面倒くさくて、つい」


「そんなこと言ってると体壊すぞ。今夜、夕飯作ってやるから食べにこいよ」


優は優しい笑顔を舞に向けていた。


日の光に照らされた優の顔がまぶしく見え、舞は目をそらした。


「でも、おばさんからもらったおかずもあるし」


「ああ、あれなら冷凍しておいたから、明日仕事から帰ってきてから食べればいいよ」


と半ば強引に夕食に来る事を約束させられ、朝食の後舞は自分の部屋へと戻った。


シャワーを浴び終えると、舞は髪をドライヤーで乾かしながら優の事を考えていた。


優の部屋を出る時、同じアパートなのだからここでいいと玄関先で言ったが、舞の部屋まで送ると言ってきかなかった。


部屋の鍵を開け舞は優にお礼を言うと、優は舞を抱き寄せ軽くキスをし


「夕飯出来たらメール入れるから」


と言って自分の部屋へと帰っていった。


知らない人から見たらきっと仲のいい恋人同士に見えただろう。


優のその態度に舞は思う。


これは付き合っていると言うのだろうか……。


でも、告白された訳でもないし……。


別に告白にこだわる必要もないのだが、幸せという事に慣れていない舞には、今の状況に何か理由をつけたかったのかもしれない。


優に抱きしめられ心臓の音を聞いた時、心地よさを感じた。


優の手は大きく、舞の手を暖かく包み込んでくれる。


優の言葉は、直接舞の心に響いてくる。


しかし、同じように襲ってくる不安や怖さも拭う事が出来ない。


幸せを感じれば感じるほどきっとそれが壊れた時、幸せを知らなかった時の比でないほど打ちのめされるのではないか。


そうなった時、自分は1人で立ち上がる事ができるのだろうか。


舞の思考は祖母が亡くなり、母親の美樹の元に引き取られた時の事を思い出す。


祖母の葬儀中、母親の美樹はまるで舞が存在していないかのような態度で無視し続けた。


親戚に諭され仕方なく舞を引き取る事にした美樹だったが、葬儀が終わり親戚一同が帰ると


「私はお前の面倒なんか本当はみたくないんだ。だから、自分の事は自分でしな」


冷たい目で舞を見ながらそう言い放った。


その言葉通り美樹は面倒を見るというよりは、放ったらかし状態でパンやコンビニ弁当を与えているだけだった。


幸い舞は祖母の手伝いをよくしていた。


祖母は舞が家の手伝をするたびに、舞の頭を撫でながら


「手伝ってくれてありがとう。舞はえらいね」


と、笑顔で言ってもらえるのがうれしかくて、出来る事は何でも手伝った。


その為、母と暮らし始めても食事以外はどうにか自分でやる事ができた。


しかし、それでも美樹は舞の存在自体が邪魔だった。


部屋に男を連れ込んでも舞を見ると嫌な顔をされるからだ。


舞と暮らし始めてた頃、お気に入りの男性を家に連れ込んだが、舞を見て逃げるように去っていったあの日、 舞は初めて母親に暴力を振るわれた。


『お前が居るせいで男が逃げていったじゃないか! この疫病神!』


そう言って美樹は舞に向かって近くに置いてあった置物を投げつけた。


置物は舞の左上のおでこに当たり皮膚が切れ血が流れると、舞は思わず声を出して泣いた。


『うるさい! それぐらいのことでいちいちビービー泣くんじゃないよ!』


美樹は舞に近寄り、壁に体を押し付けるようにして舞の口を片手で押さえつける。


舞は息苦しくなり逃げるように体を動かすと、美樹は手を離しそのまま舞の頬を叩いた。


バシッ!と部屋に頬を叩く音が響き、舞はその勢いで畳に倒れ込む。


その時の母親の舞を見る目にはひと欠片の愛情も同情もなかった。


その日から舞は声を出して泣く事をしなくなった。


舞は思った。


なぜ、祖母は自分を置いて逝ってしまったのかと。


祖母との生活は決して裕福な生活ではなかったが、それでも舞は祖母の愛情を確かに感じていた。


祖母が愛情を注いでくれた分、母親との生活は辛いものだった。


愛情を知っていたが為、無くしたときの虚無感は今でも鮮明に覚えている。


もう二度と手に入らないものならば、最初から愛情というものを知らなかった方が幸せなのかもしれないと、 大人になるにつれ思うようになっていく。



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