第17章:目眩
舞は目が覚めると見慣れた天井が目に入ったが、なぜか違和感がある。
なぜだろうと周りを見渡すと同じアパートだが、周りに置いてある物が舞の見慣れた部屋の物とは違う事に気づいた。
体を起こすと吐き気は治まっていたがまだ目眩がする。
「気がついた?」
声のする方に目をやると優が立っていた。
「ビックリしたよ。コンビニに行こうと思って外でたら、舞が今にも倒れそうになってるんだもん。 救急車呼ぼうとしたら横になれば大丈夫って言い張るし、とりあえず俺の部屋に運んだんだけど」
優は舞の顔を心配そうに覗き込むと
「まだ、顔色悪いな。ホントに病院行かなくてもいいの?」
舞は無意識のうちに救急車を呼ばれるのを拒んでいたらしい。
もし、呼ばれていたらきっと叔母に連絡がいき、心配をかけただろうと思った。
「ありがとう。でももう大丈夫だから」
ベッドから降りようとしたが、目眩がして振らつく。
優がとっさに体を支え、舞をベッドに座らせ優もその横に座った。
「なにが大丈夫だよ。まだそんな振らついてるくせに。舞、体どっか悪いの?」
「たいしたことじゃないから」
舞が答えると優はため息を吐いた。
「俺、そんなに頼りにならない?」
舞は優の顔を見ると、優は真剣な眼差しで舞を見ていた。
「言いたくないのなら無理に聞くつもりはないけど、でも今の舞には心の中にあるものを言葉に出す事が必要だと思う」
優は舞をそっと抱きしめた。
舞は瞳を閉じ、しばらくの間優の胸から聞こえてくるやさしい心音を聞いていた。
「たまにね。目眩がするときがあって……」
優の胸の中で舞はゆっくり話し始める。
舞はいつの頃かよく目眩がするようになった。
貧血かと思って気にしていなかったが、長く続く目眩と時折襲う吐き気に不安を覚え病院に行った。
血液検査をしてもらったが、結果はどこも悪くないと言われた。
しかし、度重なる目眩を訴えると、自律神経からくるものだろうと診断される。
医者からは、とにかくストレスを溜めないよう注意を促された。
目眩や吐き気を押さえる薬を処方してもらい、最初のうちは飲んでいたがそのうち病院にも行かなくなった。
病院に行っても精神的なものならば、薬を飲んでも根本的に治る訳でもない。
酷くなるときは大抵部屋に1人で居るときだったし、外では軽い目眩はするものの、 少し安静にすると良くなっていたので気にしなくなっていた。
今回のように外で倒れたのは初めてだった。
「心が悲鳴をあげてるんだよ。それが体の不調になって訴えてるんだ。助けてくれって、もう限界だって」
話を聞き終えた優はしばらく黙っていたが、舞の髪をゆっくり撫でながら話しだした。
「俺が舞の為に何をしてあげられるかはわからないけど、1人で抱え込むような事はするな。 どんな形でもいいから吐き出せ」
舞が瞼を閉じると頬をつたって涙が流れる。
その涙と一緒に心の中の何かが一緒に溶け出してくるようだった。
優は舞を自分から離し、右手の親指でそっと涙を拭い舞の頬を撫でる。
「泣くときはちゃんと声を出して泣く事。そうすることで少しは気持ちが楽になるから」
しばらく見つめ合っていた2人だが、どちらからともなく唇がそっと重なり合い離れると、もう一度唇を重ねる。
今度は深くとても優しいキスだった。
唇が離れ、優は自分の額を舞の額にくっつける
「もう休んだ方がいい。でないと俺、止められなくなりそう」
はにかんだ笑顔で言った。
「さすがに病人は襲えないからな」
舞は微笑んだ。
不思議と先程より目眩が治まっているようだった。
「目眩も治まってきたみたいだし、やっぱり帰る。このままベッド占領しても悪いし」
時計はすでに夜中の1時を回っていた。
優は舞を抱きしめ
「ダメ! 帰さない。このまま帰したら心配で俺の方が眠れなくなる」
「でも……」
優はそっと舞をベッドに寝かせ額にキスをした。
「今日はこのまま俺の部屋で寝てて。俺の事だったら心配しなくてもいいから」
そして優は舞の手を握った。
「舞が寝るまでそばにいるから」
手を握られて眠る事がとてもくすぐったかったが、しばらくすると舞は眠りに落ちていった。