第16章:家族
土曜日、舞はデパートに来ていた。
あれから悩んだあげくお酒をプレゼントする事にしたのだが、お店に置いてあるお酒の種類が多く 、あまりお酒に詳しくない舞は店員に事情を話し、日本酒で名酒をいわれるお酒を購入した。
プレゼントを抱え、宮沢家のインターホンを鳴らすと、インターホン越しに優しそうな叔母の声がした。
舞は自分の名前を告げると、少しして玄関が開いた。
そこには声と同じように優しそうな顔立ちをした叔母が立っている。
薄らと化粧をした顔立ちは若々しく見え、とても40半ばには見えない。
「いらっしゃい、待っていたのよ。さあ、あがって」
叔母に促されるようにリビングに行くと、テーブルにはすでに姉の夏希と3つ年下の弟和馬、叔父がテーブルの席に着いていた。
「みんなそろったから始めましょう」
叔母の言葉に舞も席に座ると、叔母が部屋の電気を消した。
テーブルの真ん中に置かれたケーキには蝋燭が乗せられ和馬がライターで火を灯す。
薄暗い蝋燭の灯りの中、夏希と和馬そして叔母の『おとうさんおめでとう』の言葉に舞も 『おめでとうございます』とみんなの言葉に重ねて言った。
叔父は大きく息を吸い込むと一気に蝋燭の炎を吹き消す。
真っ暗になった部屋に再び部屋の電気がつけられた。
みんなからプレゼントをもらい、一つ一つ開けてはうれしそうに叔父は『ありがとう』と言っていた。
最後に舞がプレゼントを渡すと、
「これは名酒、○○じゃないか。いや、ありがとう。一度飲んでみたかったんだよ」
叔父はうれしそうにさっそくお酒の蓋を開け。
「母さんコップ」
「あらあら、飲み過ぎないでくださいね」
叔母がやんわりと制しながらも、台所からコップを持ってきて叔父に渡す。
「さあ、みんなお腹空いたでしょ。食べましょう。舞ちゃんも遠慮せずたくさん食べてね」
テーブルの上には叔母が自慢の腕をふるった料理が並べられていた。
叔母は料理が上手で出されるものすべてがおいしい。
久しぶりに味わう叔母の手料理を口にして、舞はお袋の味とはきっとこうゆうのを言うのだろうなと思った。
料理を食べながらたわいもない話が続く。
最近付合い始めた和馬の彼女はかわいいらしく、お前にはもったいないと叔父に言われていた。
叔母は韓流ハマっているらしく、1週間前にお気に入りの俳優の握手会に行ってきたと少女のように楽しそうに話す。
大学の教授の1人にカツラ疑惑があるとかで、それをおもしろおかしく話す夏希。
みんなの話に時々相槌を打つ叔父。
目の前に繰り広げられている家族団欒に笑顔を作っていたが、舞の心は家族という枠の外にあった。
家族とはいったいなんなのだろう。
同じ屋根の下で暮らし、一緒に食事をし語り笑い合う、共に過ごしていく時間。
舞にとっては決して与えられる事の無かった時間……。
そして、だんだん息苦しくなってく。
早く帰りたい……。
「舞もそろそろいい年なんだし、結婚を考えるようないい人はいないのか?」
笑顔の裏でそんな事を考えていた舞に叔父が話しかけた。
「いい人がいるなら、ぜひ紹介してね」
叔母が言葉を続ける。
「残念ながら、そうゆう人は……」
舞は曖昧に笑って答えた。
アパートへの帰り道、舞は紙袋を手に提げていた。
帰り際、叔母が作った料理をタッパに入れて持たせてくれたのだ。
なぜ叔母一家は舞にやさしく接してくれるのだろう。
舞の母親が蒸発した時、親戚が集まって舞を誰が引き取るかを話し合っていた。
みんな面倒な事を背負い込みたくないと押し付け合いになり、最終的には施設に入るということで話がまとまりかけていた。
それでいいと舞も思った。
他人より遠い親戚の家に行っても施設とそう変わらないだろうと。
いっそ施設の方が誰にも迷惑をかけなくてもいいのかもしれない。
しかし、宮沢の叔母が引き取ってくれる事になったのだ。
叔母はまだ30になるかならないかぐらいの年で、幼い夏希と和馬をかかえ舞を迎え入れるのにはきっと経済的にも大変だったはず。
叔母はそんな事を態度や言動には一切出さず、優しく愛情を注いでくれた。
朝起きれば朝食があり、学校から帰ってくれば『おかえり』と笑顔で出迎えてくれ、家族団欒の夕食。
舞は戸惑った。
家族という輪の中でどう接したらいいのかわからない。
とにかく、叔父や叔母の機嫌を損ねないよう家の手伝いをし、夏希と和馬の面倒も進んでみた。
家族という輪の中に慣れようと必死にがんばった。
しかし、表面上は取り繕えても心は……。
アパートまであと5mm程まで来た所で、舞は急に目眩がした。
手で目のあたりを押さえその場に立ち止まって治まるのを待っていたが、目眩はだんだん酷くなる一方で地面が揺れ始めた。
立っていられなくなり座り込んだが、今度は吐き気が襲ってくる。
アパートまであと少し、舞は体を動かそうとしたがゆうこうとをきいてくれない。
それどころか意識が朦朧としてきた。
朦朧とする意識の中、自分の名前を呼ぶ声がした。