第14章:引っ越し
「そういえば、七海さんは?」
優は2次会のお店に着いて舞の姿が無い事に気がつき、1次会から隣にいる涼子に聞いた。
「いつも七海さんは2次会には参加しないの。幹事の仕事は1次会だけだし」
「そうなんだ」
「気になる?」
「イヤ、別に……」
優は誤摩化すように涼子から目線を外し、お酒を一口飲んだ。
「ねえ、杉原君って彼女いるの?」
「いないよ」
「じゃ、好きな人は?」
好きな人という言葉に優の脳裏に舞の顔が浮かんだがすぐさま否定した。
「いない」
「じゃ、私、立候補ね」
優は飲みかけたお酒を口元で止め、少し驚いたように目線だけを涼子にやる。
「やだ、そんな顔しないでよ。言ったでしょ、立候補だって。 別にいますぐ付合ってほしいって言ってるんじゃないから。ということで、明日ヒマ?」
「引っ越しの片付けが終わってないからムリ」
「手伝ってあげる」
優は遠回しに断ったつもりだったが、涼子は気にせず答えた。
「悪いからいいよ」
「気にしないで。こう見えても片付けるの上手いんだよ」
「なんだぁ、お前ら。もしかして、もう出来てるんじゃないのかぁ」
同僚の吉野が2人に近寄ってきた。
かなり酔っているのか、足取りが怪しい。
「最初の店からずぅと一緒にいるじゃん。杉原ぁ、涼子ちゃんを独り占めするなよぉ」
吉野は優の肩を抱きながら優の隣に座る。
「吉野さん大丈夫ですか?」
涼子が心配そうに声をかける。
その後、優は吉野にさんざん飲まされタクシーで帰った。
喉が乾いた優はアパート近くのコンビニでタクシーを降り、ペ ットボトルを購入し歩しいていると、アパートの前に1台のタクシーが横付けされた。
暗闇の中、街灯の灯りに照らされて1人の男が降りてきた。
それに続いて見覚えのあるシルエットがタクシーを降りる。
舞……?
先に降りた男と一瞬目が合ったが、男はすぐに目をそらし後から降りた舞を抱きしめ頬キスをした。
男は颯爽とタクシーに乗込み去っていったが、舞はその場に立ちつくしていた。
その一部始終を見ていた優は心臓を掴まれるような気分になる。
「あんまり人前でいちゃつかないで欲しいな」
優が声をかけると舞は驚いたように振り返った。
「2次会にいないと思ったら、あいつとデートしてたんだ」
「えっ! 違うっ……、寄ったお店にたまたま新見主任がいただけで……」
「帰り際にキスするような仲だったとはね」
「そんなんじゃ……」
「ま、俺には関係のない事だけど」
それだけを言うと優は舞の横を通り過ぎ、自分の部屋へと帰った。
部屋に入ると優は大きくため息を吐きながら床に座った。
舞が良太に抱きしめられキスされている所を見た時、冷静ではいられなかった。
あいつ、俺が居るのをわかってわざとやりやがったな。
あんな事言うつもりじゃなかったのに。
俺、ガキみてぇ……。
優は壁にもたれ天井を仰ぎながら、泣きそうな顔をしていた舞の顔を思い出す。
また、泣かしちゃったかな。
次の日、優は玄関のチャイムで目が覚めた。
時計に目をやると11時をすでにまわっている。
昨日、舞の事が気になってなかなか寝付けなかった優は怠そうに体を起こし、ドアの覗き窓を見ると外には涼子が立ってる。
優がドアを開けると、涼子はにっこり笑って
「やっぱりまだ寝てたんだ。昨日遅かったからそんな気がしてたけど、お昼買ってきたから一緒に食べよ」
涼子は買ってきたお弁当を胸のあたりまで持ち上げる。
「薗田さん何でココに?」
「昨日約束したじゃん。引っ越しの片付け手伝うって。忘れちゃったの?」
そういえば遠回しに断った覚えがあるが、途中で吉野が邪魔をして話が途中で終わった事を思い出す。
優はここまで来た涼子を追い返す訳にもいかず、とりあえず部屋の中に入れた。
「意外と片付いているね」
涼子は弁当を机の上に置き部屋を見渡している。
冷蔵庫からペットボトルを出し、お茶をコップに入れ涼子の前に置いた。
「食べよ。私お腹空いちゃった。ココのお弁当けっこういけるんだよ」
涼子はお弁当を袋から出すとそのうちの一つを優に渡した。
「そういえば、よくこのアパートわかったね」
「七海さんと同じアパートだって聞いたから、後は郵便受けに書いてある名前を見て部屋番号確認した」
プライバシー保護の為、本人が言わない限り会社側は社員の住所を教えてはくれない。
本当は涼子は総務の相田友香に頼み込んで住所を教えてもらったのだ。
お弁当を食べ終え一段落つくと涼子は台所を片付け始めた。
「杉原君って料理するの?」
段ボールから取り出した調理器具をみて涼子は驚いている。
中にはフライパンや中華鍋、大きさの違う鍋に蒸し器まである。
「料理は結構好きだから時間があれば自分で自炊してる」
「へぇ、すごいね。今度何か作ってよ」
涼子の言葉に優は返事をせず、服をクローゼットにしまう。
「ほんとは今日のお昼は何か作ってあげようと思ったんだけど、 男の一人暮らしじゃ調理器具なんてまともにないかと思って結局お弁当にしたの。何か買ってきて作れば良かったね」
「悪いからいいよ」
「気にしないで。料理作るのも好きだから」
明るく答える涼子に優は心の中で小さくため息を吐いた。
涼子は何事にも前向きに考える性格らしい。
舞にも何分の一かでもいいから、涼子の何を言っても堪えない性格があればと優は思った。
そして、こんな時にまでも舞の事を考えている自分にも驚いていた。
会社では舞の事を目で追っている自分がいる。
時折見せる陰のある表情を見つけるたびに優の不安が募る。
そのまま消えてなくなってしまうのではないかと。
抱きしめて、確かにそこに存在しているのだという事を確かめたいという衝動にかられるのだ。
優は苦笑した。
いつの間にこんなにも舞の事が心を占めるようになっていたのだろう。
一通り片付け終えると、時計は18時を回っていた。
「ありがとう。おかげで早く片付いた」
「どういたしまして」
「お礼に夕飯おごるよ」
「ホント!」
涼子はうれしそうに優に笑顔を向けた。
「でも俺、この辺りあんまりよく知らないんだけど、何処かいい店知ってる?」
「この辺りだったらおいしい居酒屋があるから、そこでいい?」
「うん。任せる」
2人は部屋を出て優が鍵をかけていると
「あっ、七海さん」
涼子の声に優は階段の方に目をやると、ちょうど舞が階段から降りて来た所だった。
舞は驚いたように優と涼子の顔を交互に見ている。
「今ちょうど引っ越しの片付けが終わって、手伝ったお礼に杉原君がおごってくれるって言うからご飯食べにいくところなんです」
「そうなんだ」
「良かったら七海さんも一緒にどうですか?」
突然の誘いに戸惑っていた舞だが
「遠慮しとく。今から行くとこあるから」
行く所があると言ったわりには舞の服装はTシャツにジーパン、財布だけを手に持っていて、何か用事があるようには見えない。
「そうなんですか、残念だな。でも行く所があるんなら仕方ないですね。行こ、杉原君」
涼子は優の腕に自分の腕を絡ませ歩き出す。
舞の横を通り過ぎる時、優は舞を一瞥すると舞は少し下を向いていて、その表情を伺い知る事はできなかった。