第13章:ライバル
良太は“スナック 秋桜”の常連客だ。
舞は良太に挨拶をした後、団体客のグラスを出したりお酒を作ったりと忙しくしていたが、一段落すると良太が話しかけてきた。
「ずいぶんと店では見なかったのに、今日はどうしたんだ?」
「今日は歓迎会の帰りにたまたま寄ったんです」
「じゃ、今日店に来た俺はラッキーだったな。デートは考えてくれた?」
「また、その話ですか」
舞は笑って誤摩化した。
「つれないなぁ」
寂しそうに言う良太に結衣は
「良太さんはホント、舞がお気に入りだよね」
「だけど、俺の思いはなかなか舞ちゃんには届かないからな」
良太は苦笑いした。
「それじゃ女関係ちゃんとしないと」
「俺の本命は舞ちゃんだけだよ」
「良太さんが言うと真実味ないよぉ。この間だってモデル風の女の人と腕組んで歩いてたの見たし」
「ああ、友達だよ。友達」
良太は何でもないように答える。
「友達が腕組んで歩くぅ?」
語尾を伸ばしながらからかうような結衣の言葉に良太は肩をすくめ話をそらした。
「ま、舞ちゃんの事は気長に口説くさ」
「あんまり気長にしてると、年下君に取られちゃうかもよ」
「年下君?」
「結衣!」
舞は慌てて結衣の名前を呼んだが、結衣はペロッと舌を出すと他の客の所へ行ってしまった。
良太は少し考えていたようだったが
「もしかして、例の男前君のこと? 杉原とか言ったっけ」
「そんなんじゃないですよ」
舞は否定したが良太は聞こえないかのように
「杉原に迫られたの?」
「だから、そんな事ありません」
「確か……、同じアパートだったよね」
「よくご存知ですね」
「好きな人の事は何でも知ってるよ。それに、情報収集は営業の基本だから。 同じ屋根の下に男と女が一緒に居れば何かあっても不思議はない……か」
「新見主任!」
良太は本気なのか冗談なのかわからないような口調でしゃべり続ける。
舞は最後の方は反論する事すら止めてしまった。
お店が閉まる頃にはお客は良太だけになっていた。
終電も既になくなっていた良太はタクシーを呼ぶようママに言うと、帰り支度をしていた舞に
「送るよ」
「えっ! でも、反対方向ですからいいですよ。別のタクシー呼びますから」
舞が顔を横に振って断ると
「こんな時間に女性を1人で帰せないよ」
そう言うと良太は舞の肩に腕を回し有無を言わさず店の外に促した。
舞は肩に回された腕を振りほどこうとしたがうまくいかず、一緒に外に出てしまう事になってしまった。
「良太さぁん、送りオオカミにならないようにねぇ」
少し酔っぱらった結衣の声が背後から聞こえてくる。
表に出ると、店の前で待機していたタクシーが2人の姿を見て車のドアを開けた。
「新見主任、本当に別にタクシー呼びますから」
「いいから乗って」
良太は半ば強引にタクシーに舞を乗せ、舞のアパートの住所を運転手に告げた。
「大丈夫だよ。送りオオカミにはならないから」
やさしく舞に微笑んだ良太だが
「もっとも、君が望むなら俺はいつだって一緒にいたいと思っているけどね」
その言葉に一瞬後ずさりしそうになった舞だったが、それに気づいた良太はいたずらそうな顔をしクスッと笑った。
「冗談だよ。その気のない女性を襲うのは俺の主義に反しているから」
タクシーが舞のアパートの着くと良太は少し待つよう運転手に言いタクシー降りその後に舞が降りた。
「送っていただいてありがとうございました」
舞はお礼を言いその場を離れようとしたその時、良太は舞の肩越しに一瞬遠くに目線をやると、 急に舞の腕を引っ張り気づいた時には良太の腕の中で抱きしめられていた。
良太は舞の頬にキスをすると耳元で
「おやすみ、舞ちゃん」
それだけを言うと、すばやくタクシーに乗込み去って行った。
いままで良太には“スナック 秋桜”で会うとよくアパートまで送ってくれたが、 今回のように抱きしめられ頬にキスをされたのは初めてで、あまりに急な出来事で抱きしめられた時、 良太の腕を振りほどく事すら出来なかった。
舞は良太にキスされた頬に手を添えてその場を動けないでいると、背後から声がする。
「あんまり人前でいちゃつかないで欲しいな」
舞が声の方を振り向くと優がアパートの前に立っていた。