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第12章:生まれてきた意味

舞はアパートの最寄りの駅ではなく一つ手前の駅で電車を降りた。


慣れた足取りで道を歩くと1件の店に辿り着いた。


看板には“スナック 秋桜こすもす”と書いてある。


舞は迷う事無く店の扉を開ける。


薄暗い店内はカウンターとボックス席があり12人程が座れるようになっていた。


中に入るとまだ早い時間なのかカウンター席に2人の客が座っているだけだった。


「あれ、舞。連絡もなく来るなんてめずらしいね」


カウンターの奥から結衣は驚いたように声をかける。


「あら、舞ちゃん。久しぶり」


「お久しぶりです」


店のママの言葉にぺこりと頭を下げた。


「おお、舞ちゃん久しぶり。全然顔見ないから心配してたんだよ」


「お久しぶりです。お元気でしたか?」


カウンター席に座っている客が話しかけてきたので、舞は挨拶をした。


“スナック 秋桜”は舞の中学時代の同級生、藤倉結衣の母親が経営しているお店だ。


店は結衣と結衣の母親の2人でお店を切り盛りしているが、忘年会シーズンや歓送迎会の季節になると人手が足りない為、舞も応援でお店を手伝ったりもしていたので顔見知りの常連客が何人かいる。


「舞、先に部屋に行ってて。すぐ行くから」


舞は結衣から渡された鍵を持って店を出た。


外階段を上り同じ建物の2階にある扉の鍵を開け中に入った。


1階がお店で2階が住居部分になっている結衣の家は、中学の時から遊びに来ている舞にとっては勝って知ったる家でもある。


結衣の部屋に入り電気を付け床に座る。


しばらく待っていると、結衣が缶ビールを持って部屋に入って来た。


缶ビールを舞に手渡すと結衣も床に座りプルトップを開けた。


「お店、良かったの?」


舞もプルタップを開け結衣に聞いた。


「まだ時間が早いし、忙しくなったら連絡があるから大丈夫だよ」


結衣は一口ビールを飲むと


「それで、何があったの?」


中学からの付き合いである結衣は舞の親友で、舞の家の事情を知る唯一の人物だった。


だからこそ、舞の突然の来訪に何かあったと察したのだろう。


舞は優との出会いからキスをされた事まで話した。


「へー、やるね。その年下君」


結衣は残っていたビールを一気に飲み干すと、面白そうに言った。


「つきあちゃえば」


「つきあちゃえばって……。別に告白された訳じゃないし」


「でも、キスするってことはそれなりに好意があるからでしょ。舞はその年下君の事どう思ってるの?」


結衣の言葉に舞は優の暖かい手を思い出した。


人に体を触られる事にとても抵抗を感じる舞だが、優に握られた手に安心感と心地よさを感じたのも確かだったし、 抱きしめられた時は最初は驚いて抵抗したが次第に安堵感が湧き上がってきて、 気がついたらいつのまにか優の腕の中で眠っていた。


それは、今まで付合って来た彼氏には感じた事の無い感情でもあった。


しかし、初めての感情に戸惑っている自分がいる。


「よくわかんない。一緒にいて安心感を感じたけど、それと同じ位怖さも感じた」


「まあ、あんたの生い立ちを考えるとトラウマから抜け出せないのはわからないでもないけど、 いつかは乗り越えなきゃいけない事だとあたしは思うよ。 それを乗り越えた先にきっと心が暖まる場所に辿り着けるんじゃないのかな」


結衣は真剣な目をしていた。


心の暖まる場所……。


「舞はいままで付合った彼氏に対して絶対自分の心の中に踏み入れられないよう、 無意識に心に壁を作ってたよね。 あたしはさ、そんな舞を見ていていつかその壁を壊してくれる人が現れて欲しいなって思ってたんだ」


結衣……。


「そうすればきっと、生まれてきた意味が見つけられるかもよ」


壁にもたれて体育座りをしていた舞はギュッと腕に力を込めた。


母親の『生まなきゃ良かった』という言葉は、生まれてきた事自体が間違えではないのかと何度も自分に問いかけてきた。


トラウマを乗り越えれば、心の壁を壊す事ができたなら、本当に生まれてきた事に意味をみいだすことが出来るのだろうか。


どれだけ考えても結局答えは出てこない。


「来週、おじさんの誕生会あるだよなぁ」


舞は話題を変え、天井を見上げた。


「おじさんって一体いくつよ」


「うーん、いくつかな。40半ばだったと思うけど」


「40過ぎても家族で誕生会ねぇ。家族仲がいいのはいい事だけど、あんたにとっちゃ嫌みでしかないんじゃない」


結衣は少し呆れたように言った。


「嫌みだとは思わないけど、仲のいい家族の中にいるのはちょっと苦手かな」


「で、行くの?」


「うん。6年間お世話になったしね、断れないよ」


「律儀だねぇ」


舞は“家族”というものが苦手だった。


なんでも1人でやってきた舞は“家族”というものとは無縁の生活だった為、宮沢家に引き取られた時には家族仲の良さにとても戸惑った。


両親に甘える子供達。


それを無条件の愛情で受け止めるおじさんとおばさん。


そんな光景が毎日のように繰り返される宮沢家に中にいると、とても場違いな場所に来てしまったような気にさせる。


仲良く食卓を囲んでの食事など、居心地が悪くどう接していいのかわからなくなる。


大学進学を期に宮沢家を出たが、家族行事があるたびに呼び出されていた。


6年間もお世話になり、断る事も出来ずに毎回顔を出している。


その時結衣の携帯が鳴り、電話を終えたあと


「お店込んできたみたい。舞悪いけど手伝ってくれない? 団体客が来たみたいだから」


「いいよ」


お店の中に入ると店内には10人程のお客が居た。


舞はカウンターの1番奥の席に目をやると見慣れた顔があり、舞を見つけると微笑みながら


「めずらしいな」


「新見主任」



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