第11章:過去2
本日2回目の更新です。
金曜日の定時後、幹事である舞は終業のチャイムが鳴るとすぐ片付けてお店に向かおうとした時
「七海さん、電話。内線1番」
急いでいる時に限って……。
「僕、待ってます」
場所のわからない優は舞と一緒に店まで行く事になっていた。
「よかったら、私と一緒に行く?」
「じゃ、そうして。電話が終わったらすぐ行くから」
涼子の言葉に舞がそう言うと、優はそれでも待っていようとしたが、主役が遅れる訳にもいかず、涼子と一緒にお店に向かった。
舞は電話に出、5分程で切り上げお店に向かった。
お店に着くと、すでに全員集まっており
「幹事、遅いぞ」
舞は一言謝りながら扉に1番近い下座の席に座る。
優は上座の席に座り、隣には涼子が座っていた。
歓迎会が始まると優は一言挨拶をし、その後みんな好きに飲み始めた。
舞は周りの同僚としゃべりながらも、お酒等を注文したりと忙しく幹事の仕事をしていた。
歓迎会が終わると各々は2次会に繰り出す人や帰る人に別れる。
舞はいつも2次会には行かず帰っていたので、2次会に行く同僚に帰る旨を伝え夜の街を駅に向かって歩き出す。
駅まで歩いている途中に舞の携帯電話の着信音が鳴った。
着信表示を見ると−−宮沢夏樹−−と表示されている。
8歳年下の舞のはとこである。
「もしもし、舞ちゃん。今電話いい?」
大丈夫な事を伝えると
「来週の土曜日にお父さんの誕生会をしようと思ってるんだけど、舞ちゃんその日何か用事ある?」
ああ、そんな時期か……。
「特に何も無いよ」
「じゃ、誕生会来れる? 最近舞ちゃん家に来てなかったからお母さん喜ぶと思う。時間は18時位から始めようと思うんだけど」
うれしそうな声が電話の向こうからしているが、電話を早く切りたい舞は短く返答をした。
「わかった。それぐらいの時間に行くから」
「うん、待ってるから。バイバイ」
電話を切ると舞は小さくため息をついた。
行きたくないけど行かない訳にはいかないだろう。
舞の母親は舞が中学に入学してすぐに男と蒸発した為、母親のいとこである宮沢家に引き取られ、高校を卒業するまでの6年間そこで過ごした。
父親は舞が1歳頃に離婚しているから顔すら覚えていない。
19歳で舞を生んだ美樹は母親らいしことは一切したことがなかったし、そもそも愛情というものを持ち合わせていないかのようだった。
美樹は当時つきあっていた1歳年上の男性、誠の気持ちが離れ始め他の女の所へ行ってしまいそうになった時、妊娠がわかり誠をつなぎ止める為だけに舞を生んだ。
お腹に宿った小さな命に愛おしむ気持ちがあった訳では決して無い。
生む事を周りに猛反対され、父親である誠にも堕すよう説得されたが、美樹は頑に生むと言い張った。
しかし、なかなか結婚の承諾をしない誠に業を煮やした美樹は、誠の両親に直接泣きつきようやく結婚に至った。
これで誠は自分の元に帰ってくると安堵した美樹だったが、もともと遊び好きで女癖も悪かった誠は次第に家に帰ってくる事が少なくなる。
それでも子供が生まれれば帰ってくるのではという淡い期待を持っていたが、美樹が出産で里帰りしている2ヶ月の間、子供の顔を見に来たのは生まれてすぐの1回だけだった。
そんな結婚生活が長く続く訳も無く、結局は離婚してしまう。
離婚して誠が離れてしまうと、美樹にとって舞は邪魔な存在でしかなかった。
周りの友達が遊んでいるのに子育てに奔走していることがだんだんバカらしくなり、舞を自分の母親に預け毎日遊ぶ日々が続いた。
祖父は体の弱い人で早くに病気で亡くなった為、祖母が1人で舞を育ててくれた。
祖母は舞の事をとてもかわいがっていたが、舞が5歳の時に心臓発作で急死する。
美樹は仕方なく舞を引き取ったが、コンビに弁当だけを置いて夜の仕事や遊びに出かけ、真夜中過ぎに帰宅する毎日だった。
泥酔状態で帰ってくる時もあれば、男を連れ込み舞が朝起きると知らない男の人が美樹と一緒に寝ている姿をよく見かけた。
気がつくと美樹の彼氏が一緒に住んでいる事もしばしあり、付合う相手によっても舞への接し方も違う。
子供嫌いな人と付合った時は最悪で、邪魔者扱いするだけでなく気に入らないと殴られ食事も与えられない時もあったが、逆に子供好きな人と付合った時などは普段の態度が嘘のようにとても優しく、物を買ってくれたり一緒に遊びに連れて行ってくれる。
しかし、別れれば決まってお前が居たから男が離れて行ったと舞殴った。
そんな時は黙って耐え、暗い部屋の中小さく体を丸め1人で声を出さずに泣く。
ただ感情を押し殺し黙って耐える日々は、美樹が蒸発するまで続いた。