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2015年/短編まとめ

願うは、いつか来る終わりだけ

作者: 文崎 美生

ギリギリと痛みを訴える胃を切り取りたいと思ったことは、もう何度もある。

何度も何度も思った。

学校に行こうと思ったらその痛みがやってきて、ぐるぐる目が回ったと思ったら、色々吐き出す。


だからもう辞めた。

学校に行くのももう辞めたし、努力しようという気持ちを持つことも辞めた。

もう何もいらないから。

望まないからそっとしておいて。


目を瞑って何も見えないふりをしていると、部屋の扉がノックされる。

私の名前を呼ぶお姉ちゃんの声が聞こえた。

いいよね、お姉ちゃんは。

優しい彼氏さんがいて、親友とかいて、楽しそうに学校生活を送ってるもんね。

私とは違うもんね。


お姉ちゃんを羨んだりするのは話が違う。

そんなことは分かっているけれど、この負の感情は止めることが出来ないでいる。

私を呼ぶお姉ちゃんの声が鬱陶しい。

何か置いていくらしい。

部屋の前に何か置かれる音がした。

それから学校へ行くために下に降りていく。


一体何だろうか。

もぞもぞと布団から這い出て、部屋の扉を少しだけ開けた。

眩しい光が部屋に入ってきて目がチカチカする。

扉の前に置いてあったのは一冊の本。

そうだ、お姉ちゃんは文学少女だった。


本に手を伸ばして部屋に入れると、直ぐに扉を閉めて引きこもる。

必要最低限、部屋の外には出ないようにしていた。

最早家族と顔を合わせることすら辛いのだ。

お風呂も皆が寝静まった頃や出掛けた頃、トイレもこそこそと忍び足。

生き苦しいことこの上ない。


はあぁ、と深い溜息を出してから文字が見えるだけの明かりを、ベッドサイドの電気で点けた。

ベッドの上に戻って毛布を被る。

それからまず、本の表紙を見るためにカバーを外した。

本屋さんで買ったら付けてもらえる、あの薄い紙のカバーだ。


『人間失格』と書かれた本を見て、一瞬にして読む気が失せたのは言うまでもない。

悪かったな、人間失格で。

誰に向けてでもない悪態を付く。

お姉ちゃんは一体何故に、私にこんな本を読ませようとしているのだろうか。


『人間失格』の作者たる『太宰治』は、私の中では退廃的人間だ。

何だろう、人としてネジが数本外れてしまっている黒いところにいる人なのだ。

あの人の作品は『走れメロス』しか読んだことがない。

しかも自主的ではなく、授業の一環で。

中学時代は、きちんと学校に通っていた証拠だ。


尚更読む気が削がれ、カバーを戻して枕横に放り投げる。

本なら他にも沢山ある。

読む本がなくなったらネット注文すればいい。

家族がいない時間に頼めばいいんだから。


枕に頭を沈めて目を閉じる。

だが上手く寝付けないのは、何故だろうか。

私を呼ぶお姉ちゃんの声を思い出す。

お姉ちゃんとまともに会話をしたのは、いつだったろうか。

もうずっと昔なような気がする。


枕に頭を沈めたまま、横にある本に手を伸ばす。

一ページ目を開く。

退廃的な人が書く作品は退廃的。

『走れメロス』だって胡散臭かった。

あまり面白そうには思えずに、渋々開いていく。

文字を目で追う。


はしがきに惹かれることはない。

だから文字を目で追うだけで、特にこれと言った感想を持つことはなく、取り敢えず読んでいるだけ。


だが第一の手記の書き出しに、ページを捲る手が止まった。

『恥の多い生涯を送って来ました』

その書き出しに目元が痙攣した。

ピクリ、と動いて違和感を発するのが気持ち悪い。


捲る捲る、ページを捲る。

私の部屋には私が本のページを捲る音しかしなかった。

『道化』『性関係』『異性』『自殺』『心中』『睡眠薬』『モルヒネ』『脳病院』『狂人』『人間』『失格』大量の暗さを滲ませる言葉が、その本には出て来た。

この人の人間性が、とても深く黒く底なしの黒い沼のように感じてしまう。


ただ、文字の羅列を頭の中に叩き込むように読んでいった。

皆が学校や仕事に行ったから、お風呂に入ろうと思っていたのも忘れるくらいに読み込んでいたのだ。


気付けば三度目で、お姉ちゃんが帰ってくる時間。

玄関の鍵が開く音で今の時間を把握した。

それから、嘘だろ、と頭を抱える。

だってお風呂に入ってないし、ご飯も食べてないし、ずっと一冊の本を読んでいたんだ。

頭も抱えたくなるだろう。


「最悪……」


久々に長時間目を使ったせいか、頭が痛くなってきた。

目も痛い。

ドライアイになりつつあるようで、シパシパと乾く。


お姉ちゃんが階段を上がってくる音がした。

それからその足音は私の部屋の前で止まる。

コンコン、二回ノック。

返事はしない。

お姉ちゃんだってそれを分かっていてノックする。

扉の前に立って語りかける。


「面白かった?」ってお姉ちゃんの声が聞こえた。

もう本は読み終わっている。

三回目まで読んでしまった。

面白かったわけじゃないけれど、ぼんやりしながら何度もページを捲っていたのだ。


「もう、部屋から出よう?」ってお姉ちゃんが言う。

何でそんなこと言うの、と声が漏れそうになった。

でも、声を発することはない。

ベッドの上で起き上がって、扉を見た。


「それを見て、どう思った?」


どうも思わないよ。

何かを思うより前に虚無感を得るんだから。

ぼんやりとした思考は必要ない。

ただ生きながら死んでるんだって感じ。


お姉ちゃんは何も言わない。

私も何も言わない。

本を机の上に投げ置いてから、バサリと掛け布団を被って目を閉じた。


あぁ、死んでしまえたらどれだけ楽だろう。

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