004_使徒
今年もよろしくお願いいたします。
「デザキさん、デザキさん」
ユサユサと体が揺さぶられ目を覚ますと、この場所に案内した受付嬢と、頭の禿げあがった5、60代のおっさん。それに、腰の曲がった老婆が部屋の中にいた。
待ちくたびれて本気で寝入ってしまったようだ。垂れていた涎をそでで拭い、そ知らぬ顔でソファーに座りなおす。
「大変お待たせしました。こちらがギルド会館長のドリスで、こちらが当会館の【判定士】です」
「どうも、出崎八十雄です」
紹介された2人とそれぞれ握手を交わした。はげ頭がドリスで、ばあさんがハンテイシか。
「ハンテイシって、変わった名前だな」
「……いや、判定士は職業名で」
「い、いや、ちょっとしたジョークですよ」
若干、受付嬢から白い目で見られてしまった。吹けない口笛の吹きまねをする八十雄を横目に、受付嬢は部屋から出て行った。
「デザキさん、お聞きしたところによりますと使徒であるとか」
「ああ、そうらしいですよ」
慎重に言葉を選んでいるドリスに対して、何事でもないように答えた。
「それは……」
言葉につまり、ピシャリと頭を叩く。
「デザキさん、これから幾つか聞きたいことがあるんですが宜しいでしょうか。その際、判定士に【視て】貰うことになりますが」
「判定士って、どんな役割なんですか」
「話の内容が合っているか、間違っているか、見分けるギフトを持っている方です」
「ほ~、それは凄いな」
うんうんと、何度も頷く。
「良いぜ、何でも聞いてくれ。もしかしたら記憶間違いとかあるかもしれないけど、その辺は大目に見てくれると助かるけど」
「それでは始めさせていただきます。判定士も宜しいですね」
老婆が無言で頷いたのを合図に、質問は始まった。
――問1
貴方は本当に使徒ですか。
使徒であるなら、誰の使徒でしょうか。
――回答
多分、アルヴェってじょうちゃんだと思うけど、もしかしたら鈴木ってじいさんの使徒かも知れねぇ。
今思えば、使徒になることは聞いたんだけど、誰の使徒になるとかは聞いてなかった。
――問2
貴方はアルヴェ様にお会いしたことがあるのでしょうか。
またそれはどこでお会いしたのでしょうか。
――回答
俺は一度死んだ後、白い部屋に飛ばされたんだけどそこで会った。
大勢いた中の1人としてアルヴェちゃんに会った。
あれがどこなのか今一わかんねぇけど、ちんまくて可愛い子だった。
――問3
使徒であれば、あるギフトをお持ちのはずですが、お分かりになりますか。
――回答
そう言えば、【神託】のギフトは必須だかって言ってた。
あと、鈴木さんが言葉で困らないように【言語能力】のギフトをくれるって。
俺は生まれ変わりじゃなくて転移って奴だから、そのサービスなんだとよ。
―――
その後も質問は続いた。
その度にドリスは判定士に確認を取ったが、老婆は小さく頷くだけで一度も首を横に振ることは無かった。その度に、ドリスの顔が青から赤に、そして土気色へと変わっていく。
はげ頭からは滝のように汗が滴り落ちていた。
すべての質問が終わる頃、幾分老けて見えるくらいドリスは疲れきっていた。
とてもじゃないが、自分では対応できないと思った。今すぐにでも逃げ出したいが、ギルド会館長と言う立場がそれを許さない。とりあえず、やるべきことを粛々と進めるしかない。
「デザキ様。大体の事情は分かりました。お手数をおかけしますが、この後、神殿に行って頂きたいのです」
「神殿ですか。それはまた何の用で」
「はい。この【世界】では、6歳になると神殿で祝福を受けます。
その際、女神から恩恵を授けられし者には、聖なる光が降り注ぐと言われています。
私も【強靭】というギフトを頂戴した1人です。効果は、怪我や疲労の早期回復と、毒や病気に強い抵抗力があると言われています」
「ほー、それは凄い。病気知らずの疲れ知らずですね」
「冒険者として、それなりにやってこれたのはギフトのおかげでしょう。おかげさまで、冒険者を引退した後もギルド会館長として声がかかる位にはですが」
「いや、それは違うんじゃないかと思いますけど」
「と、言いますと」
「俺は、道具はあくまで道具でしかないと思うんですよ。どんだけ良い道具を持ってたって、それを使いこなせなければね、所詮は宝の持ち腐れ。ドリスさんが活躍できたんはドリスさんの努力の成果だと思いますけど。
よく知らない人にこんなことを言われても迷惑かもしれんでしょうが、俺はそう思うんですよね」
「……なるほど、貴方様が光と自由、そして平等の女神アルヴェ様の使徒に選ばれた理由が分かった気がします」
「そうかい、そうかい」
「では、馬車を用意いたしますので、どうぞこちらへ」
「うーん、神殿までは遠いんですかい?」
「いや、それほどでもありません。徒歩でしたら5分程度でしょうか」
「それだったら歩いて行ってもいいかい? この町をよく見てみたいんだ」
八十雄とドリスは、お供もつれず神殿への道を歩き出した。
ラントスは交易都市と呼ばれるだけあり出店も多く、人の往来も活発だった。肌や髪の色、服装もバラエティーに富んでおり、見ているだけでも楽しい。
言葉も何を話しているのか問題なく理解できるし、文字も分かる。折角だからと市場も覗いてみたが、心当たりの無い商品名で価値も分からなかったが。
それでも新しい物を発見するのは面白い。どんな味がするのか、どこで取れるのか、想像するだけで夢が膨らむ。
中には日本で見慣れた野菜もあって、ニヤリと笑みがこぼれた。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラする八十雄を何とか誘導し、神殿へと連れて行きたいドリス。
好奇心と使命感の対決は、30分にも及んだ。
「……こちらが神殿になります」
「おー、結構かかったなー」
「……そうですね。では、手続きをしてきますのでホールでお待ちください」
ご神体として祭られている女神像を眺めながら、呼ばれるまで時間を潰すのであった。
しばらくして案内に現れた神官に奇怪な者を見つめる視線に晒されながらも、建物の奥へと案内されていく。
一般の参詣者がいなくなった先でドリスと合流すると、荘厳な彫刻が施された扉の先に進むよう言われた。
通された場所は、陽光が差し込む空間だった。八角形の部屋の中心には両手を広げた女神像が置かれていた。チリ1つ無く掃き清められており、神妙な空気が満ちている。
八十雄は知らなかったが、こここそが神殿の中枢部、真実の間であった。
無神論者の八十雄ですら、気圧される空気があった。ゴクリ、とのどが鳴るのを、人事のように感じる程度には緊張していたようだ。
自分の他にギルド会館長のドリスと、上級神官らしき3名がいるのみで、誰1人、口を開く者はいない。
(まじかよ、俺、超場違いじゃないのか…… どうすりゃあ良いんだ)
ぼー、と部屋の様子を眺めていると、神官の1人に声をかけられた。
「デザキ様、ただ今から祝福の儀式を開始させて頂きます。
本来は別の場所で行うのですが、使徒様と言う事ですのでこの場所にさせて頂きました。その後、宜しければ【神託】のお力をお使い頂ければと思うのですが……」
「【神託】って奴の使い方さえ教えてくれればかまわないけど」
「それでしたら、祝福の後に力の使い方を説明させて頂きますので、よろしくお願いします」
「ほいほい」
安心した様子の神官は、そのまま祝福の儀式に入った。
手順自体は簡単で、ものの3分もかからず終了する。残る手順は祝詞をあげ、女神の承認を得るだけであるが、ここでギフト持ちには聖光が降りかかるのだ。
八十雄には、少なくても【神託】と【言語能力】のギフトがあるらしい。
ギフトを持つ者は人口比で10%程度であり、少なくはあるが皆無というわけではない。
しかし、2個のギフトを持つ者(通称ダブル)は人口比で0.1%まで落ち込み、3個以上のギフトを持つ者は、歴史上でも数えるほどしか存在していなかった。
特定家系の直系に必ず現れるギフトや、複数のギフトの効果を持つ総合ギフトなどもあるが、それらは一部の例外として認知されていた。
またギフトの中には【魔力減少】等、マイナスの効果を発揮する物もあり、ギフト自体の効果にも強弱があるため、効果と併せて強さも求められる。
強力な【魔力増強】と、微弱な【魔力増強】では、ギフトの価値が天地ほどの開きがあるのだ。
ギフトは女神の贈り物と考えられており、質が高く複数のギフト持ちは女神の寵愛を受けた者として、生まれにかかわらず尊ばれて、負のギフトを持つ者は、生まれながらに蔑まれていた。
八十雄の持つ【神託】は、現在確認されているギフトの中でもランクが高く、もっとも尊い物の1つと言われていた。
……実際は、現在の【管理者】アルヴェのランクが低いため、【神託】が下されることもなく、死にスキルになっていることを【世界】の住人は知る由もないのだが。
そうしている内に、祝福の儀式は終了したようだ。
突然、七色の光に包まれ、ファンファーレが鳴り響く。
「うおぉっ。目がっ、目がっ!?」
突然の出来事に、八十雄は大声を上げ、地面の上を転げ回る。ぼーっと、差し込む光を見上げていたため、まともに聖光を浴びてしまい、予想以上のダメージを受けていた。
しかし、周囲の4人は地面を転がる八十雄どころではなかった。
(何だ、さっきの光の強さはっ! それにあの音っ!? 祝福の儀式で音が鳴るなんて、聞いたことも無いぞ……)
ドリスもギルド会館長としてそれなりの情報網を持ってはいるが、このような話は聞いたことも無い。
祝福の儀式は各国で一般的に行われており、特異な現象が起こった場合、戒厳令をしいてもどこからか噂は漏れるものだ。
人の口に戸は立てられないのである。
「ちくしょうっ、光るとは聞いていたけど、あんなに強力とは思わなかったぜ」
目を、グシグシと擦りながら八十雄は立ち上がった。床が掃き清められていたおかげで、服に汚れは見当たらない。
「過ぎたことはしょうがねぇ。そいじゃ約束どおり、【神託】を使ってみるか。何となくだけど、使い方も分かったし」
祝福の儀式を受けた瞬間、自分が持っているギフトとその効果、そして、使い方が何となく分かった。
所持ギフトは、【心眼】【直感】【言語能力】【神託】の4個。
【直感】【言語能力】はパッシブスキル(常に働いている)で、【心眼】【神託】はアクティブスキル(必要に応じて発動させる必要がある)のようだ。
各ギフトの効果は、
・【心眼】……幻術や詐術など、本人を騙そうとする行為の全て無効化する。また、騙そうとしている相手がいる場合、何について騙そうとしているのか把握できる。判定士のギフト【判定】の上位互換。
・【直感】……食べ物に毒が含まれていたり、危険が迫っている場合に、『何となく』いやな予感がする。道に迷った場合も『何となく』正しい道が分かったりする。虫の知らせや、第六感と言われる理由が付かない感覚を何倍にも強めた物。
・【言語能力】……・・未知の言語や文字を理解する能力。動物の鳴き声までは通用しない。
・【神託】……【世界】の【管理者】にお伺いをたてるスキル。使徒が使うと……
(【神託】は、心の中でアルヴェちゃんを思いながら呼びかける、と……)
「カモーンッ!!!」
無意識に右腕を突き上げ叫んでいた。突然の大声に、ドリスと神官達が驚きで、ビクッと体を震わす。
その時、真実の間が光に包まれた。先ほどの強烈な聖光と反対の柔らかい光が辺りを包む。
「はい、は~い」
そんな掛け声と供に顕現したのは、コタツに入った自由と平等の女神アルヴェであった。
2015 1/3 行間を統一するため、修正を実施
2015 1/23 下記の通り修正を実施
……いや、裁定士は職業名で → ……いや、判定士は職業名で
俺は1度死んだ後、白い部屋に → 俺は一度死んだ後、白い部屋に
良く知らない人にこんなことを → よく知らない人にこんなことを
では、馬車をご用意いたします → では、馬車を用意いたします
この町を良く見てみたいんだ → この町をよく見てみたい
住人は知る良しもないのだが → 住人は知る由もないのだが