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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第四章 学園編 第一部
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084_なっちゃんのシチュー ②

バルチ様の今日の一言


 こんにちはー、バルチだよ。


 今日は、じーじとアイスクリームを食べに行ったよ。


 アイスクリームって美味しいよね。バルチ、今まで冷たい食べ物ってあんまり食べたことなかったけど、とっても美味しくてびっくりした。


 また今度、じーじとマルちゃんと食べに行きたいな~。

 料理の世界ほど幅広く、奥深い世界もそうないだろう。


 世界三大料理と呼ばれるフランス料理、中国料理、トルコ料理などを代表とする世界各国の料理。その中ですら無数の料理に枝分かれしていく。肉や魚や野菜を主原料にしたメニューに、パンや麺、それに米を主題に置いた料理もある。


 日本の中にも一般的な誰でも知っている料理の他に、各地方で独自に発達した独特な料理も無数と存在する。B級料理と呼ばれる物がその代表格で、毎年そのメニューは次々と追加されていく。まだまだ各地に埋もれた名物が眠っていることだろう。


 料理店にしたところでドレスコードが必要な高級店も存在するし、24時間営業しているファストフード店もそこらに建っている。祭りの出店で売っているお好み焼きにやきそばも料理と言えるだろう。あれはあれで、祭り独特の雰囲気の中で食べる出店の料理は美味しいものだ。


 そんな我々にとって、たった1つの共通した『味』が存在する。


『お袋の味』と呼ばれる幼い頃から親しみ続けたその味は、10年たっても20年たっても忘れられない心の料理。


 そう、料理の奥深いところは舌だけで味わうものではなく、心すら満たす力がある。時や場所すら超越し、時には涙させる力を秘めているのだ。




 昼食前の2時間は、毎日八十雄が授業を担当している。最初の頃は文字が読めなかったザザとナチャは別クラスで授業を受けていたが、2ヶ月を過ぎる頃には文字も覚え特別クラス20名での授業が再開していた。


 そこには先ほどまで農業試験場の炊事場でチーズを作っていたナチャの姿もある。現在ナチャの作ったチーズは型に入れられ、水分を絞りながら冷蔵庫の中で冷やされている。


 午後から別々のカリキュラムで分かれる生徒たちにとって、同期生たちと顔を合わせ情報を交換する貴重な時間ともなっている。最初の頃は八十雄が世界中を旅した時の様子を話したり、危険な生物や食べ物について一方的に話す機会が多かったが、最近では生徒から質問された内容に答えたり、共に意見を交し合ったりすることの方が多い。


 このクラスの中は社会的身分によるしがらみが存在しない。そのため、時には王侯貴族が市民階級の子供に注意されたりする光景も珍しくない。


「それじゃ、今日は『お金』について話し合ってみようと思う。みんな、自分の手で働いてお金を稼いでみてどうだった?」


 教壇の前に立った八十雄はいつもの作業着姿で生徒たちの様子を見ていた。社会的な身分の1つとして、『ラントス伯』の肩書きを持つ八十雄だが、ちょっと見ただけでは小汚いおっさんに過ぎない。


 だが生徒たちは全員真剣に話を聞いていた。こんななりで言葉は悪いが、八十雄はいつも生徒たちのことを見ているし、決して嘘は言わないからだ。


 生徒たちは次々に自分の初仕事体験を語り、他の生徒は同期生の話を真面目に聞いてた。彼らが稼いだお金にしても、自分の目的のためにほとんど使わず貯めている者や、使用している武具や防具のメンテナンスに使う者、自分磨きのために使っている者や、いざと言うときのためにとりあえず貯めている者など、千差万別だった。


 誰一人無駄使いする者はなく、八十雄から見ても有意義ゆういぎな使い方をしていると思えた。


「この中の一部の生徒を除いて、お金は親から貰っていた者がほとんどのはずだ。だけど実際に自分で働いて、始めてもらった給金の額を見てどう思った? こんなちょっとしかないのかと思ったのか、こんなに沢山貰っていいのかって思ったか、それは俺には分からないけど、自分で金を稼ぐことがどれだけ大変か分かっただろう。

 今のお前たちは、世間の大人から見たら10代そこそこの子供でしかない。力も経験も、全てが足りない半人前ってことだ」


 入学当初の生徒たちであればここで顔を伏せてしまうところだが、今では全ての生徒が八十雄から視線をそらさない。彼らも八十雄の手法を徐々にだが理解してきたようだ。


「それでも、街のみんなはよほど危険な仕事か、資格が必要な仕事でない限りお前たちのことを決して拒絶しない。自分でやった方が確実で早い仕事もやらせて貰ったり、色々教えてもらったはずだ。その理由が分かるか?」

「それは……。僕たちが学園の生徒だからでしょうか。先生の育成方針で、僕たちが市井で働くのは分かっていると思いますから」


 最初に手をあげたのは、学級委員長タイプのマイトだった。まあその彼も、自分で言っていてその内容には自信が無さそうだが。


「なるほど、なるほど。他に意見があるのはいるかい?」


「将来性に期待しているとか」

「真面目に働いていると思ってくれているんでしょう」

「それなりに筋が良かったからなんでしょうか」


 八十雄に促され、次々と意見が出されていく。それらの全てにそれなりの説得力があったが、『これだっ』と心に響くものはない。生徒たちはお互いの顔を見合っているが意見が出され尽くしたようで、もう手を上げる者は出なかった。


「よーし、そろそろ良いかな。みんなの意見は聞かせてもらって、俺も参考になった」


 何度か頷いて、八十雄は生徒一同の顔を見渡す。


「俺も実際に街のみんなから聞いたわけじゃないから、絶対当たってる核心はないけど、真実のところはもっとシンプルだと思うぜ。利益とか、戦力になるとか、そういうのとはちょっと違うところに答えはある」

「では、本当の理由は一体……」


「それはな、街のみんなが良い奴だからってことさ。だからお前たちが失敗しても、もたもたしても、温かい目で見守ってくれるんだよ。お前たちが気がつかない所で、みんな色々とリカバーして貰っているはずだぞ。

 ……と、まあお前たちの前で偉そうにしている俺だって、何も知らないひよっ子だった時代はあったもんさ。その時は先輩たちに迷惑を掛けまくって、フォローしてもらって、時には俺のミスで頭も下げてくれてさ、まあ、それでも良くして貰ったもんだ。街の奴らだってそうした記憶があるから、お前らのことを助けてくれるんだ」


 くっくっ、と笑う八十雄を見ながら驚いた顔をする子や、思い当たることがあるのかハッとした顔をしている生徒たちもいる。


「林間学校の時も言ったけど、今のうちは大人に甘えておけば良い。ただ、金を稼ぐことに夢中にだけはなるなよ。人間ってのは身近なものにのめり込む癖があるから、『目的』のために『金を稼ぐ』のが、仕事が順調にできるようになって仕事自体が楽しくなると、知らずのうち『金を稼ぐ』のが『目的』になっちまっていたりするんだ。俺はお前たちにはそんな大人にはなって欲しくないなぁ」




 授業が終わり、先ほど作って冷蔵庫で冷やしていたチーズと生乳を取り出すと、中身がこぼれないようにふたがきちんと閉まっているか確認した後、ナチャは大事に抱え上げた。


 今までであれば学生食堂の作業を手伝っていたところであるが、つい先日からノサモの妹ノニが経営する宿屋内の食堂で働き始めたのだ。昨日までは下働きとして汚れた皿を洗ったり、野菜の皮むき等を行っていたが、本日からノニの食堂にあるかまどの1つを自由に使って料理を作って良いと許可を頂いていたのだ。


 林間学校から帰ってきた後、八十雄は約束どおりナチャを連れてラントス市内の飲食店巡りを行っていた。ナチャはナイフとフォークを料理ごとに取り替えるような高級店で見たことがないような料理を口にしたり、マルゴのお気に入りのあの店で異国情緒溢れる料理を目にしたり、また、店主1人で全てを取り仕切っている小さな小料理店で出される料理に舌鼓を打った。


 一言に料理を出す店と言ってもその形態は無数にあり、実際に自分の目で見たナチャは今まで学園内の、いわば身内である学生食堂で働いていたのだが、次第に代金を受け取ってやり取りしている外の店で働いてみたいと考え始めたのだ。


 ナチャはその件について八十雄に相談し、そして八十雄が学園の講師であるノサモを兄に持つノニにナチャのことをお願いしたのが、今から10日ほど前のことになる。


 それからのナチャは1日も仕事を休まず昼食から夕飯時までノニの食堂で汗を流し、毎日欠かさずノニの店に夕食を摂りに来るノサモに学園の寄宿舎まで送り届けてもらう生活を送っていたのだ。


 そしてついに今日、今までの下働きを認められ、初めてノニの食堂でかまどを使うことを許してもらったのである。


 生乳とチーズを大事に仕舞っているのは、今のナチャにとって一番大切な宝物である大きな肩掛けかばんだった。元々このかばんは混じり者たちがラントスに定住するまで生活用品を詰め、旅に使っていた物であるが、縁あってナチャの『お姉さんたち』から頂いたのだ。


 この肩掛けかばんは見た目はともかく、積載量がとても多くて長時間持っていても疲れにくく、とにかく丈夫なのが特長だった。その評判はあっという間にラントス中に知れ渡り、直ぐに世界中に広がっていく。なんと言ってもラントスはこの世界における経済流通情報の『ヘソ』であり、ここで成功すれば世界のどこに行ってもやっていける。


 ただ残念なことに、このかばんは全て手作りで生産されているので数を作ることも出来ず、今では手に入れることが非常に困難な一品となっていた。そのため、どんなに欲しくても何ヶ月待ちの状態となっていたのだ。


 だが、どんな場所にも必ず抜け道は存在する。


 実はナチャが入学当時から働き続けていた学生食堂のお姉さんたちの中に、肩掛けかばんを作っているメンバーが複数含まれていた。彼女たちはナチャが真面目に働いている姿を見て、彼女のためにかばんを作ってくれたのだ。


 最初お姉さんたちは作り上げたかばんをナチャに無料でプレゼントしようとしたが、ナチャは決して受け取ろうとしなかった。何故なら彼女はずっと見ていたのだ。このかばんを作るために、睡眠時間を削ってお姉さんたちが無理をしていたのを。時には欠伸あくびをかみ殺し、眠そうにしていたお姉さんたちを身近に見ていたナチャは、安易に受け取ることが出来なかったのだ。


 今まで従順で大人しかったナチャが初めて見せた強硬な態度に、お姉さんたちも困惑を隠せなかった。財布を取り出し代金を支払おうとするナチャをなだめ、何とか受け取ってもらおうとしたのだが、この小さな少女はなかなか首を縦に振らない。


 今まで孤児として邪魔にならないように控えめに生きてきたナチャにとって、これまでの大きな贈り物は生まれて初めての経験でどうして良いのか分からなかったし、何より義理堅い彼女の性格が何の代償もなく受け取ることに抵抗したのだ。


 最終的にはお姉さんたちの言葉を受け止め、肩掛けかばんを受け取ったナチャは、終始恐縮した様子でペコペコ頭を下げて回り、それを見ていたお姉さんたちはその義理堅い姿にコロコロ笑っていた。


 翌日、学生食堂に昨日貰った肩掛けかばんを背負って姿を現したナチャは、ちょっと赤い顔をしていた。あまり具合が良くないらしく、目も赤く充血し顔も全体的にむくんで見える。


「なっちゃん、調子が悪いなら無理しないで休んでいても良いのよ?」

「大丈夫です。ナチャ、やれますから……」


 お姉さん地の心配を他所にその日1日無事に働き通したナチャは、仕事終わりにお茶を飲みながら雑談をしているお姉さんたちの前に真っ赤な顔をして立ち上がった。とても緊張しているのか、手と足が同時に出たりとそのギクシャクした動きに、お姉さんたちの視線も集まっていく。


「あの、えっと……。き、昨日は、ありがとうございましたっ」

「あらあら、お礼はもう沢山してもらったから、なっちゃんが気にすることはないのよ?」


 いつになくハッキリとした言葉のナチャに軽く目を見張りながらも、一番近くにいたお姉さんが言葉をかけるが、ナチャはプルプルと小さく首を横に振り、肩掛けかばんの中から沢山の小さな包みを取り出した。その包みにはナチャのかわいい小さな文字でお姉さんたちの名前が書かれており、それを見ながら1人1人に改めてお礼を言いながら手渡していく。今やナチャの顔は完熟トマトもかくやと言うほど、真っ赤に燃えていた。


「……これ、私たちに?」

「……っ」


 もはや言葉にならないナチャは、コクコクと何度も頷くだけでまともに視線も合わせられない。そんな彼女を横目に見ながら、お姉さんたちは包みの中から白いハンカチを取り出していく。


 それは木綿で出来た質素な無地のハンカチだが、その片隅にそれぞれの名前と小さな顔が刺繍してあったのだ。髪や瞳の色に髪型など、小さいながらも特徴をよく(とら)えてあった。


「これ、なっちゃんが作ってくれたの?」

「……っ」


 目をギュっとつぶったナチャは、今度は首を縦に振る。




 昨日、肩掛けかばんをプレゼントしてもらったナチャも何かお礼をしようと考えたが、何を送って良いのか迷いに迷ってしまった。そう、彼女は贈り物を貰う経験も初めてならば、贈り物を贈る経験もまた、初めてのことだったのである。


 ラントスの商店街をあてどなくグルグル回って、最後に目に入ったのが小さな雑貨屋さんだった。そこで購入したのが手ごろなサイズの木綿のハンカチで、値段も安くナチャの持っているお金でも渡すべき相手の枚数は買うことができた。更に、何色かの木綿糸も購入し寄宿舎の自室へと戻っていく。


 ナチャは夕飯と入浴を早々に済ますと、使い込まれたソーイングセットを取り出した。孤児院では服が多少破れたり、ほつれたりした程度では何度でも修復して捨てることはない。そのためナチャも小さい頃から針仕事に慣れ親しんでおり、簡単な刺繍くらいなら作ることが出来るのだ。


 いつもは図書館で借りてきた本を開いて勉強している机の上に、今日だけは買ってきた白いハンカチと何巻きかの糸を並べ、お姉さん方1人1人の顔を思い浮かべながらハンカチに刺繍を作っていく。一針一針精魂込めて、丁寧に作業を続けていく。


 結局、その晩ナチャの部屋から明かりが消える事はなかった。




 ナチャだって貰ったかばんの価値ぐらい分かっている。それが人気商品で、何ヶ月待ってでも手に入れたい人が大勢いる事ぐらい知っているのだ。


 それに対し、自分が用意できたのはありふれた木綿のハンカチ。昨日は『何とかしないと』と言う勢いで何も考えずに行動してしまったが、一晩空けて冷静になった頭で考えると、頂いた物に対して用意したお返しが余りにも釣り合っていないのではないかと不安になってしまったのだ。


 今の自分では精一杯の贈り物を用意したつもりだが、お姉さんたちがそれを見た瞬間にがっかりした顔をするのではないかと、そう考えると怖くなってしまい目を開けることが出来なかった。


 目だけでなく、体中にも力を込めていたナチャの体が、柔らかいモノにギュッと抱きしめられた。慌てて目を開けたナチャの体は、先ほど声をかけてくれたお姉さんに優しく抱きしめられていたのだ。


「なっちゃん、本当にありがとう。こんな嬉しい贈り物、わたし初めてよ。

 でも、一晩でこんなに沢山のハンカチを刺繍したんじゃ、昨日はほとんど寝てないんじゃないの? 調子悪そうに見えた原因はこれだったのね……」


 今まで椅子に座っていたお姉さんたちが、次々にナチャの回りに集まってくる。


「本当にこの子は真面目で融通がきかないんだから……」

「……決めたわっ! わたし、この子の本当のお姉さんになるっ」


 ナチャのハンカチを額に当て、感極まったのか涙目になっていた1人が突然声を上げた。


「だったらわたしも、なっちゃんのお姉さんになるっ」

「わたしの所は小さな子供が2人いるから、わたしは母親になるわ。そうすると、あんたたちもわたしの娘になるってこと? なっちゃんはともかく、あんたらみたいな娘はいらないわねぇ」


 わたしも、わたしもと、次々と名乗り出る『家族希望者』に揉みくちゃになるナチャ。


「なっちゃん。これからは本当にわたしたちのことをお姉さんと思って頼って良いのよ?」

「女神様、私たちにこんなにも優しくて頑張り屋の妹を巡り合わせてくださり、心から感謝いたします」


「わたしたちは、何があっても絶対に家族は見捨てないわ。だからなっちゃんも、困ったことがあれば何でも言って頂戴。お姉さんとの約束よ」




 その後ナチャがノニの食堂に『武者修行』に行く事が決まりお姉さんたちに報告したところ、全員がナチャを応援し背中を押してくれた。


 ノニの宿屋の従業員はそのほとんどが混じり者であり、お姉さんたちの身内であったため、彼女たちは自分たちの一番下で頑張りやの『妹』がこれからお世話になることを『身内』に対して事前に根回ししてくれたため、ナチャはすんなりとノニの店に馴染むことができたのである。


 こうした多くの人たちの応援を受け、ナチャはノニの食堂で夢の第一歩を踏み出すのだ。




 読んで頂き、ありがとうございました。

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