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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第四章 学園編 第一部
87/123

082_絶対に負けられない相手 Lv1

 バルチ様の今日の一言


 バルチ、じーじの卵焼きが大好きっ。中にね、野菜とか燻製肉とかを細かく切ったのが入っているの。とっても美味しいんだよ。


 でも、一番好きなのはじーじかも。だって、一緒にいると安心するんだもん♪

 季節が春から夏へと変わりつつある今日この頃。バルチの朝のブラッシングは、特に念入りに行われるのが恒例だ。


 お風呂に入っている時も、体中を石鹸せっけんでごしごし洗っていると驚くほど毛が抜けてしまい、最初の頃はバルチがストレスで毛が抜けてしまったのかと気が気でなかった八十雄であったが、最近は慣れたものである。


 単純に、冬毛から夏毛に生え変わっているだけである。


 バルチも八十雄にブラッシングをかけてもらうのは気持ち良いらしく、体から力を抜いてだら~んと脱力しきっており、今は後頭部から首筋の辺りにブラシが当てられていた。


「なあ、バルチー」

「なーにー?」


 数回ブラシを動かしてはブラシから抜けた毛を取り、再度バルチの体をブラシでいていく間に、雑談を交わすのもいつもの事。


「バルチってさー、絶対に負けたくない相手っている?」

「いるっ!」


「おっ」


 いつものほほんとした空気をまとい、争い事とは対極にいるバルチから予想外の答えが返ってきた。さっきまではだらりとリラックスしていた体にも力がこもり、うつ伏せのままだがぐっと握りこぶしも固めている。


「それって、じーじの知ってる人? もし良かったら教えてくれるかい?」

「いーよー、バルチはねぇ、ドワーフのブラフマさんに勝ちたいのっ!」


 フンフンと、鼻息も荒くバルチは言い放った。相変わらずうつ伏せのままだが、手をブンブン振って意気も高々だ。


「今度のねー、ハンマーを見せに行く時にはバルチ、勝っちゃうんだから。もう『ちっこいの』なんて呼ばせないんだからっ」

「そっかぁ……。そのためにも、まずはマルに勝てるようにならなくちゃな」


「おーっ!」


 興奮したバルチの尻尾がブンブン振られ八十雄の体にビシビシと当たっている。


「でも、突然どうしてそんなことを聞くの?」

「それはな、じーじの学校にもいるんだよ。お互い、相手には負けたくないって思っているのがさ」


 ブラッシングが終わったバルチを抱き上げ立たせながら、八十雄は学園のある2人を思い浮かべる。正反対の戦い方をするその2人は、今日も模擬戦を繰り広げるはずだ。


「やっぱライバルの存在はありだよな。人が一皮剥けて成長するためにはさ」


 ブラッシングが終ったバルチが八十雄に自分の匂いを擦り付けるようにじゃれ付いてくるのを、八十雄は優しく抱きしめた。




 リチャード=マイケルソンは王国の近衛騎士の父親を持つ、エリート階級に属する人間である。


 八十雄が考える一般階級と上流階級の違いを簡単に言えば、生きていくための余分な部分に、時間とお金を注ぎ込むことが出来るか出来ないか、である。


 剣を持つ者として、リチャードは恵まれた環境にいたと言える。


 優れた剣技を持つ父親に幼い頃から指導を受け、必要な武具は高レベルの物を与えられ、栄養価の高い食事を取ることがきたので、体格も同世代の生徒の中では非常に立派な部類に入る。


 その剣の特性は特に攻めが強く、恵まれた体格から生まれるパワーと、幼い頃からの経験に裏打ちされた技量を持って、相手を何も出来ないまま完封することも珍しくない。


 本人もいずれは近衛騎士として身を立てるつもりであり、その将来性は有望と言えた。


 そのリチャードにもっとも対抗意識を燃やしたのが、公国出身のドリミッドだった。


 彼の父親も公国の地方都市で警備部隊に所属する隊員として剣を食事の糧にしている者だが、支払われる給金はそれほど多くはなく、リチャードの場合とは大きく異なる。


 生活自体も貧乏とまでは言わないが、それほど豊かでもなかった。


 幼い頃ドリミッドが振り回して練習していたのは、拾ってきた木切れを自分で剣の形に整えただけの自作の木刀であったし、防具のような物も持っていなかった。また、警備部隊の父親も正規の訓練など受けたこともなかったので、専門的な指導をすることも出来ない。


 体格も中肉中背で、これと言った特徴もない。


 ドリミッドが学園に来たばかりの頃はただ剣を振り回すだけの年相応の少年でしかなく、可もなく不可もない、そんなイメージしかなかった。




 今現在、学園でノサモについて剣を学んでいる者は何人かいるが、ここに来るまでにある程度の基礎を積んでいたのは4名しかいない。そのうちの1人である狼人族のアルボは画家になるのが夢で、八十雄が手配したくれてラントス在住の画家の元で画家としての基礎的な訓練に従事しており、学園の戦闘訓練に参加する事はほとんどなかった。


 軍閥貴族出身のロイカ・メイザールも基礎的な訓練は収めているが、現在の彼女は牧場に入り浸り、ノサモの元で戦闘の訓練を受ける事はまれであった。


 それ以外の剣の握り方も知らない少年少女たちに関しては、ノサモは徹底的に基礎訓練を行った。


 剣の握り方から始まり、振り方当て方、そして剣を使用した後の手入れやメンテナンスなど、そこまで細かくなくてもと言いたくなるほど基礎を重視したのだ。


 それを見ていた八十雄も、「あれなら、俺でも剣を使えるようになったかも……」と思わず唸り声を上げるほど、ノサモの指導は丁寧であり徹底していた。


 そんな中、経験者であるリチャードとドリミッドは、自然の流れで2人でよく模擬戦を行うようになった。


 使用する武器は学園が用意した刃を潰した物で、リチャードは両手剣、ドリミッドは片手剣と盾を選んでいる。また、剣と同じく学園が用意した防具を身にまとい、ノサモの監視のもとで剣を交える2人だが、最初の頃はドリミッドはリチャードにまったく歯が立たなかった。


 それもそのはずで、今まで独自に修練を積んでいたドリミッドではリチャードの理論立てられた攻撃を受けきることができず、剣や盾を飛ばされたり、有効打を受けたりして一方的に負け続けたのである。


 指導するノサモは2人に対して別々の練習を課した。リチャードに対しては守備を固める相手に対しての対処方を指導し、ドリミッドに対しては基本的な型の練習をひたすら繰り返すように指示を出したのだ。


 リチャードがノサモに見守られながら剣を振るうその先で、ドリミッドはひたすら型の練習に努めていた。手のひらに肉刺まめができそれが破れ血を流しても、一時も休まず剣を振り続ける。


 ドリミッドと言う少年は、1度指示された事はどのような状況であってもやり続けるだけの忍耐力と根性を持ち、非常に真面目な性格をしていたのだ。




「やあ、ノサモ先生。2人の様子はどうだい?」

「こんにちは、八十雄さん。いつもと同じようにリチャード君が攻めるのをドリミッド君が耐えしのぐ展開ですよ」


 校庭の片隅にある野外鍛錬場で、いつもの2人が模擬戦を行っているところに八十雄は現れた。周りでは初心者コースの学院生たちが剣を交える2人の様子を眺めている。これもノサモに言わせれば『見取り稽古』と言って、有効な修練になるらしい。


「ドリミッドはリチャードに勝てそうかい?」

「今すぐは難しいでしょう。それでも、入学当時のようにフェイントにも引っかからなくなってきましたし、力もついてきたので武具が吹き飛ばされることも少なくなってきました。しかし、基本的な技量の差と体格から来る力の差は、そう簡単に埋まる物ではありません。これからの努力に期待と言ったところでしょうか」


 そうこうしている間に、模擬戦の方も佳境に入ったようだ。これまで隙なく丁寧に攻めていたリチャードが、より果敢に踏み込むようになったのだ。


 先ほどまでと音が変わった剣戟けんげきにドリミッドの顔が歪む。流石にリチャードが両手で握った剣を盾ならまだしも、片手剣で浮けきるのは難しいようだ。


 次第に体制が崩されていき、苦し紛れに繰り出した一撃に併せリチャードの渾身の攻撃がドリミッドの持つ片手剣に決まると、その手から甲高い音を立て剣が弾き飛ばされた。


「はい、そこまで」


 ノサモの号令で互いに一礼した2人は、自らの師の前に走り寄り姿勢を正して直立した。


「リチャード君の攻撃の組み立ては素晴らしかったと思います。しいて言うならば、最後に攻撃のリズムが明らかに変わりましたが、それよりも通常の攻撃の中にワンポイントで強打を混ぜるようにすると、より効果的でしょう。何気ない攻撃の中に強打を混ぜるのは言うよりもずっと難しいでしょうが、出来るようになれば大きな武器になります」

「はい。ありがとうございます」


「ドリミッド君も良く頑張りました。最後の攻撃はいただけませんが、それまでの攻防は見ごたえがありました。膂力りょりょくに勝るリチャード君の攻撃を良く堪え凌ぎましたね。フェイントにもひっかからず、型の練習の成果が存分に出ていました。リチャード君と始めて模擬戦を行った時のことを思い出してください。君は確実に強くなっています」

「分かりました。先生」


 ノサモの言葉を聞いたドリミッドは大きく頷く。


「リチャード君の場合は攻撃のパターンを増やすのが有効でしょう。

 ドリミッド君は基礎的な型の練習を続けながら肉体的な強化が有効と思われます。筋肉に負荷をかけるような作業を行いながら、いまより食事の量を増やせば、自然と力はつくでしょう。2人とも努力を惜しまないように」




 何度も言うが、ドリミッドは非常に真面目な努力家である。そんな彼であるからして、ノサモの言葉を100%そのまま受け取ってしまった。


 つまり、筋肉に負荷をかけるため商業ギルドで倉庫整理の仕事を新たに行いながら、これまで続けていた型の稽古はそのままに継続したのである。


 ノサモとしては、今まで稽古に費やしていた時間の内の何割かを筋肉トレーニングに当てるように言ったつもりであったのだが、ドリミッドには正しく伝わっていなかったのだ。


 流石のドリミッドも倉庫整理で行っている重量物の運搬作業では、普段使っていない筋肉を酷使するため、最初はひどい筋肉痛に悩まされた。体中が熱を持ち、まともに歩くのにも苦労する始末。


 特にドリミッドが苦戦したのは、芋や豆類の入った麻袋である。


 一袋が20キログラムを超える物はざらで、中には30キログラムを超えることもあった。品物柄、頻繁に搬入と搬出が繰り返され、一日に何度も運ぶこともあった。


 こうした荷物を運ぶには、袋の開き口から商品がこぼれないように袋を立てたまま麻袋の上部を両手で掴み持ち、運ばなければならない。2~30キログラムを超える麻袋を手の握力だけで何度も運び続けるうちに、ドリミッドの両手は強張こわばり、ガチガチに固まっていく。


 最初の一週間は箸を持つのも辛かったが、若いだけあって次第に体の方は順応していった。


 今まで腕の力だけで荷物を持ち運んでいたのが膝の力を使うことを覚え、より容易に仕事がこなせるようになると、自然と食も進むようになり、何度もお代わりを繰り返すようになった。


 そして半月が過ぎる頃には肩まわりを中心にに筋肉がつき、体つきも変わっていったのだ。


 その間も型の練習は夕食から入浴までの時間を利用して一日も休む事なく続けられていたが、ここでも荷物運びの効果が出ていた。どちらかと言うと上半身の力で剣を振り回していたのが、いつの間にか腰の回転を利用して剣を扱うようになっていたのだ。動きはよりスムーズになって剣速も上がり、剣を振ってもバランスが崩れなくなっていた。


 ドリミッドは非常に真面目な生徒であるが、それと同じくらい負けず嫌いでもあっだ。入学してから負け続けだったリチャードに勝つためならば、どれだけ辛い練習でも耐えきれる。


 その思いだけで、彼は今日も商業ギルドの受付に向かうのであった。




「お疲れ様、ノサモ先生。2人の様子はどうだい?」

「これは八十雄さん。見ての通りいつもの展開ですが、内容の方は目を見張るものがありますよ」


 ドリミッドは商業ギルドの仕事が忙しいため行われていなかった、約一ヶ月ぶりの模擬戦が実施されていた。


 序盤はリチャードが攻め、ドリミッドが受けるいつもどおりの展開だが、これまでであれば次第に崩れていくドリミッドにその兆候ちょうこうはない。


 以前より腰を落とし、ドリミッドの攻撃を上半身の力で受け止めるのではなく、腰から下の下半身の力を使って上手くいなしていたからだ。そのためリチャードも攻撃を続けることが出来ず、攻めきることが出来ない。


 また、リチャードが新しく覚えた攻撃のパターンも何度か引っかかりそうにはなるが、致命的な場面には至らず回避していた。むしろ押しているように見えるのはドリミッドの方で、攻撃を耐え続けるその合間に繰り出す攻撃は、以前よりも重く鋭い。それを警戒してか、リチャードも思い切った攻撃が撃てないように見える。


 今までであれば、長くとも5分程度で終わる模擬戦が、10分を過ぎても決着がつかない。2人とも肩で息をして武器を構えているのもやっとの有様である。


「はい、今日はそこまで」


 パンと手を打ち鳴らした音を合図にノサモが模擬戦の終了を告げると、2人は膝に手をつき荒い呼吸を繰り返すので精一杯になっている。


 いつも余裕のある表情を浮かべていたリチャードの顔からも笑みがなくなっていた。これまで一度も負けたことがなかった相手に追い込まれ、余裕がなくなったのだろう。次回、どのように奮起するのか期待したい。


 この後、ノサモから総括があり解散と言った流れになるが、八十雄は一足先にその場を離れた。


 次回行われる2人の模擬戦も必ず見に来ようと心に決めながら。




 読んで頂き、ありがとうございました。

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