076_林間学校 ⑦
ギャー、ちょっと遅刻したかも。←バルチ風
何とか更新完了。
流石にここで手を上げることはないが、暗く沈んだ顔をしている生徒は少なからずいる。
「昨日の夜も言ったけどよ、今は『何も出来ないことが分かった』だけで満足しとけって。
最初から何でも出来ちまったら、俺たち大人の立場がないだろう? 何が今の自分に足りなくて、どうすればよかったのか考えて、反省して、終わりにしろよ。答えなんかでないんだから。
どうしても学園を辞めたくなったんなら、俺にそっと言ってこい。絶対に責めたりしないから」
「先生は、どうしてそんなに自信があるんですか? 失敗とか怖くないんですか? 自分は、間違えることが怖く感じてしまうのです」
焚き火を見つめながら、公国から来た生真面目な性格のバルザ・インダロンは呟いた。
「みんながどう思っているか知らないけど、先生だって毎日不安さ。不安で不安でたまんない夜だってある。俺はこう見えて小心者だからな。結構、ちびりそうになってる時も多いぜ?
それでも生きていかないといけないだろう? 俺にはバルチがいるし、俺を頼っている人が他にも大勢いる。それを思ったら歯を食いしばって、必死に踏ん張らないとな。
それに俺だって間違えることは、もちろんあるさ。そしたら迷惑をかけた人に頭を下げて、もう一度やり直せばいいんだ。この林間学校だって間違えが起きないように出来るだけの手は打ってあるけどな。事前に冒険者に何度も調査に行ってもらったし、マルにも同道を依頼したし。それでも何が起こるかなんて俺にはわからない。
俺1人だったら、いつでも笑って死んでやるけどよ、お前たちがいるから、お前たちに何かあったらって思ったらよ、怖くってしょうがねぇ」
「そこまでして、どうして自分たちを連れてきたんですか?」
「それは、この経験がお前たちのためになると信じているからだよ。
男でも女でも気合の入っている奴はな、挫折して打ちのめされても、再び起き上がって前に進んじまうようにできてんのさ。大声で泣き叫び大暴れして血まみれになっても、立ち上がることしかできない人間がこの世にいるんだよ。
俺の言ってることがわかんねぇか?
バルザ、俺から逆に聞くけどさ。お前、このままで我慢できるのか? 何も出来なかった、この3日間の無力さを忘れることが出来るのか? ふと夜中に今日のことを思い出して、涙が流れたりすんのを『済んだことだ』って諦められるのか?」
「それは、自分だって……。本当は悔しくて悔しくて、泣き叫びたい気持ちです。 準備期間でもっと出来ることがあったはずですし、グループ内のメンバーだけでなく、もっと他の同級生と話し合いを持つべきでした。全てが後手後手で、今日の夕食なんてほかのグループに助けて貰えなかったら、ろくな食べ物はありませんでした。
何より悔しいのは、先生が色々出していたヒントにまったく気がつかなかったことです」
「お前、たった1度の失敗でも許せないタイプか?」
「そんなことは……」
今までフランクに話していた八十雄の雰囲気か変わった。
「その考えを捨てろ。できたら今すぐにでも。
この世の中には『天才』って奴もいるよ。魔導王って呼ばれているドットとか、ドワーフのブラフマさんとかな。あいつらは一目見ただけで『こいつらは違う』ってわかる奴らだ。もう、どうにもならなくて笑うしかない位、ヤバイ奴らさ。
でもな、そいつらに敵うかも知れねぇ連中がいる。それが『バカ』って呼ばれている連中だ」
「『バカ』ですか?」
「ああそうだ。食聖って呼ばれているモルドロー8世は、女神様が夢で止めたほどの無謀な旅に何度も挑んだそうだ。女神から直接聞いたから間違いねぇ。でもその経験が、後に数万人の命を救うんだから、何が幸いするか分かんねぇよな。
ここでのんきに涎を垂らしているバルチだって、相手が誰だろうが勝つと決めたら決して諦めないぞ。ちょっと前にブラフマさんに挑んでコテンパンにされたのに、今でも倒す気満々だからな。天と地ほど相手と差があったって、そんなことバルチには関係ないんだろうよ。もう倒すって決めているんだから、後はそこに向かって突き進むしかないんだ。『バカ』な奴らは損得勘定とかできないから、一度やるって決めたら、自分でも自分を止められないんだよ。
そんな連中はお前がたった1度の失敗で立ち止まっている間に、お前を置き去りにしてどんどん先に進むぞ? だってこいつらは、たった1度の勝利のために100回だって負けられる奴らなんだから」
「先生、僕からはお願いがありますっ!」
興奮した様子で立ち上がったのは、いつも冷静なマイトだった。
「おう。何でも言ってみろ」
「また僕たちに、いや僕だけにでも、もう1度チャンスが欲しいんです。ここより厳しい場所でかまいませんっ! もう1度、林間学校を開催して欲しいんですっ!
僕は何も出来なかった。でも、このままじゃ終われないっ! 僕を送り出してくれた家族のためにも、国のためにも、何より僕自身の誇りのためにもっ!」
「みんなも分かっていると思うけど、こんなに恵まれた場所は探しても他にないぞ?
湖の近くで魚も取れるし、水も豊富。トイレも作ってあったし、温泉にも入れる。事前に冒険者を雇って安全確保もしてあって、ほとんどやることなんて無い位なんだからな」
「それは分かっています。こんな恵まれた環境ですら力を発揮できなかった僕ですが、次こそは必ずっ!」
うーん、と深く考えていた八十雄であったが、面白いことでも思いついたようで、いたずらっ子の顔をしている。
「それじゃ、半年後にもう1度行くか。その代わり、どこに行くかはお前たちで決めるように。何日間かけてどこに行って、何をするのかもな。少なくとも出発の1ヶ月前にはどこに行くのか教えてくれよ? とりあえず、随行者は俺とバルチは決定で、マルも予定が空いてたらついて来てもらいたいなぁ。
何か一気に楽しみになってきて忘れそうだけど、明日は歩いて学校まで帰るんだからな。今夜はしっかりと寝て、脱落なんてするんじゃないぞ?」
夜番を昨日と同じように八十雄とマルゴで行い、夜明けと共に起き出した生徒たちは顔を洗うと、順次朝食の準備に入っていく。
それを横目に、昨夜まったくの戦力外だった八十雄はちょっぴり張り切って朝食の準備に取り掛かっていた。使用食材は昨夜のうちに捕まえていた、懐かしの『ザリ』である。
物は試しと、神護の森と同じように野菜を入れていた麻袋に魚の内臓を入れて湖の波打ち際にセットしておいたら出て来ること、出て来ること。仕掛けて3時間ほどで地面が見えなくなるほどの黒いじゅうたんが出来上がった。
「こんだけいると、ちょっと気持ち悪いな……」
片っ端からザリを確保し、ワシャワシャ蠢いている麻袋を抱えてバルチが寝ている焚き火の側まで戻った八十雄は、鍋に水を張りそこにザリを入れ泥出しをしながら夜明けを待ち、今に至るのである。
「じーじ、おはよう~。ん~? 何を作ってるの?」
「おはよう、バルチ。懐かしい匂いだろ~? ザリに小麦粉をつけて焼いているんだぞ~」
「えっ!? じーじ、ザリを捕まえたのっ!?」
八十雄の一言で眠気が吹き飛んだバルチは、焚き火でザリを焼いている八十雄の体に、物凄い勢いでくっついた。
「うわ~。バルチ、懐かしいっ! ザリを見ると猫族のみんなを思い出すね。みんな元気かなぁ……」
「そうだなぁ、今度じーじと2人で、神護の森にまた行ってみるか?」
「やった~。バルチとじーじの約束だからね~」
嬉しそうに、グリグリと顔を押し付けるバルチ。その間も八十雄のフライパン捌きは熟練の技を見せる。泥出しされたザリを表面はカリカリに、中はふっくらと焼き上げていく。なんとも言えない芳しい匂いが辺りに漂い、バルチ以外の生徒の視線も釘付けだ。
「おーい、この海老だったら好きなだけ持って行っていいぞ~。とても先生たちだけじゃ食べきれないから」
「良いんですか、先生」
「持ってけ、持ってけ。こんな所で遠慮なんかしても損するだけだぞー」
この言葉で今まで遠くから見ていただけの生徒たちが、モゾモゾ蠢いている麻袋に取り付いた。我先と麻袋に手を突っ込んでいくが、時々、『痛っ』『キャッ』等と騒がしい声が聞こえてくる。
バルチは幼い時の記憶が蘇るのか、目と耳を押さえて大人しくしていた。未だに生きているザリは苦手のようだ。
ザザとナチャの2人は一緒に顔を洗ってきたのか、沢の方向から仲良く戻ってきた。3日間の林間学校で大分仲良くなったみたいだ。
「そろそろ飯も炊き上がるからな。そうしたら朝飯にしよう」
4人分+マルゴ用のザリをソテーしながら、同時に焚き火の周りでザリの串焼きも焼き上げる。真っ黒な甲羅が、段々赤く染まっていくのが食欲をそそって仕方が無い。
「先生、この海老、スゲエ美味そう」
「うん。ナチャも……、こんな大きな海老、食べたこと無いよ……」
「ああ、そこの湖でウジャウジャ獲れたから、好きなだけ食べろよー。今日はザリ尽くしで、炊き込みご飯と串焼きに、ソテーまで作っちゃったからな。
それに、バルチが昨日山で取って来た山芋で炒め物も作ってみたから、腹一杯食って帰りのエネルギーにしないとな」
「お~」
残った野菜と取れたてのザリで作った炊き込みご飯は物凄い勢いで売れていく。鍋が空になる前に、昼飯用のおにぎりを作る炊き込みご飯を確保すると、バルチはちょっと悲しそうな顔をしながら、隔離された大なべを見つめてくるのだ。
切なくなった八十雄は、まだ残っていたザリを使って丸焼きや塩茹でなどを次々と作っていくのであった。
「しかし、バルチは昔から食うよなぁ。まあ別に太ってないし、最近は体もおっきくなってきたし、いいことかな」
「えっ!? バルチ、おっきくなって来た? 大人になっちゃうかもっ!?」
何が嬉しいのか、耳をピコピコさせながら喜ぶバルチ。
真っ赤なザリを握り締め楽しそうにしているその姿は、微笑ましいの一言だった。
朝食が終わり食器類の片付けが済むと、3日間お世話になったテントを畳みザックにしまっていく。学園出発時に比べ生徒たちが背負うザックも荷物が減り、幾分か歩きやすそうだ。
服装についても考えを改めたようで、行きはがっちりしたブーツに足を包んでいたロイカも、装身具を減らし歩きやすい様に自分で工夫している。自ら経験して体で学んだ事は、いつまで経っても忘れる事はないだろう。
「初日とはずいぶん顔つきが変わったな。上りより下りの方が足のダメージが大きいと言われているから、一歩ずつ焦らなくていいから確実に歩くように。
足が痛くなったり、辛くなったら申告すること。仲間が大変な時は助け合う事を忘れるなよ」
荷物を背負い、準備が完了した生徒たちを前にマルゴも納得の表情だ。
「忘れ物はないな? それじゃそろそろ出発するぞー。
隊列は行きと同じで先頭はマル。最後尾に先生とバルチがついて行くからな。学園到着予定は午後3時だ。最後まで気張れよ~」
「はいっ」
山間部の下り坂を、ナタを片手に小枝や雑草を払い進んで行くマルゴの足取りに不安はない。大股で傾斜を下り背後の生徒たちを確認しつつ、ベストな経路を選択していく。
生徒たちの護衛担当者は武器をいつでも抜ける状態にしつつ、山道の脇に広がる薄暗い森の中を警戒しながら仲間の生徒たちにも気を配っていた。
1度でも通ったことがある道というのも気分的に違うのだろう。リラックスした表情で雑談しながら歩く姿も見受けられた。
(まっ、これだったら心配することはなさそうだな。それよりも問題は……)
手を繋いでいるバルチが森の中から物音がするたび尻尾と耳をピンと立て、過敏に反応するのをどうやって宥めたらいいのか、頭を悩ます八十雄であった。
帰りのルートで最難関だと思われていた下りの山道が終わり舗装された道に入ると、生徒たちの雰囲気も一気に軽くなった。周囲は草原が広がっており、見晴らしが一気に良くなった。これならば危険な生物が接近してきたとしても、容易に発見が可能だ。
我らがバルチさんは八十雄と手を握って歩いているのが楽しくてたまらないようで、手を大きく振り、吹けない口笛を吹きながら、ご機嫌にオリジナルソングを歌いつつ歩いている。
バルチ的にもここまで長い間、八十雄とベタベタできて嬉しすぎてテンションが上がりすぎているのだろう。昔から仲がいいマルゴも側にいるし、楽しくて仕方がないのだ。
「じーじ、今回の旅も面白かったねぇ。バルチ、毎日楽しかったかも」
「おう。じーじも楽しかったなぁ。生徒たちも色々考えているみたいだし、バルチとずっと一緒だったしな。また今度、行こうな~」
ブンブン手を振りご機嫌なバルチ。
落ちてくるような青空の下、このまま何もなく学園まで到着するかと思いきや、そうは問屋が卸さないのがこの世界の厳しさである。
道程の約半分である10キロメートルの道のりを踏破しそろそろ昼食の時間かという時、進行方向から何者かが砂煙を上げながら向かってきた。
距離がまだあるためその正体までは分からないが、何か尋常でない出来事が起きているようだ。ラントスに向かうこの街道は一本道で周囲は草原であり、隠れるような場所はどこにもない。
「生徒たちは道路脇まで移動し荷物は降ろしておけ。バルチ、あれが何か分かるか?」
「ん~、マルちゃん、ちょっと待ってね」
ここにいるメンバーの中で一番目が良いバルチは八十雄の体によじ登り肩の上に立ち上がると、ギフトの力を解放した。
「マルちゃん、馬車がこっちに走ってくるよ。でも、沢山矢が刺さっていて逃げているみたい。あとね、後ろから馬に乗った人たちが20人くらいいるみたいだよ。悪い人たちみたい」
「よく分かった。バルチ、ありがとう」
八十雄の上に立っているバルチを抱きかかえ地面に降ろすと、マルゴは自分の荷物の中から金属製の小手を取り出し身につけた。
「八十雄、どうする?」
「そうだな、どうするべきか……」
マルゴとバルチのまとう空気は、ピリピリとした臨戦態勢に変わっていた。八十雄の号令1つで騎馬の集団にも果敢に挑んで行くだろう。
逆に生徒たちは皆青ざめた顔色で、互いに顔を見合す限り。先ほどまでの元気はなくなっていた。
「さて、最後に山場がやってきたけど、先生はお前たちを無事に学園まで帰さなきゃならない責任がある。そのためには、ここで危険を犯すより、申し訳ないがあの馬車は見捨てた方が良いかも知れない。
でもさ、それはちょっとつまらなくないか? たかが20人の盗賊ごとき、蹴散らせないわけがないし。そこでだ」
こうしている間にも、砂煙の正体を誰もが肉眼で認められる距離まで近づいている。
「ここでどうするかはお前たちが決めろ。助けるでも、逃げるでも、隠れるでもだ。
先生もマルゴも、そしてバルチも力を貸すから。制限時間はもう5分もないが、後悔だけはしない選択を選べ」
読んで頂き、ありがとうございました。




