075_林間学校 ⑥
時間に似合わず、8時の投稿になります。
6時から会議で、ちょっと時間が取れなかったのです……。
ナチャが作ってくれたクリームシチューと、ザザが作ってくれた焼き魚に、バルチが山から取ってきたアケビに似た果物と、それに炊き立てのご飯が加わって、八十雄的には非常に満足な食事となった。
八十雄も経験があるのだが、屋外で白米を炊くのは非常に難しい。まず火力が安定しないことと、鍋底が焦げたり、米が半煮えだったり、ふたを開けてみるまで白米の状態が確認ができないからだ。
「ナチャ、ご飯炊くの上手いなぁ。食堂で練習したのかい?」
「うん……。食堂のお姉さんに……、教えてもらったよ……」
ナチャはにっこり笑顔を見せてくれた。
「ザザ君のお魚も……、とっても美味しいね……」
「うんっ、バルチも大好きかもっ!」
ワイルドなバルチは、川魚を頭からボリボリ食べている。
「俺だけで釣ったんじゃないよ。先生も釣ってくれたし」
「あ~、俺は途中で飽きちゃったからな。それに、他のグループの分までザザは釣って配ってくれただろう?
ナチャも他のグループの面倒も見てくれたし、お前たちは優しいな」
ここで八十雄は、隣に座るバルチの肩をギュッと抱きしめた。
「それにしても、バルチが狼の尻尾を持ってきた時には、じーじ、驚いちゃったなっ」
そうなのだ。ひょっこり食事前に戻ってきたバルチは、10匹程度の狼の尻尾を持ち帰ってきたのだ。
バルチは山を散策している途中で20匹程度の狼の群れを発見し、その約半数を討ち取ることに成功した。もちろん、その全てを持ち帰る事はできないので、最も価値が高い尻尾だけを持ち帰ってきたのだが。
その尻尾は切断面を綺麗に洗い木に吊るされ乾燥している。後日、八十雄の手で何かに加工されるのだろう。
「バルチ、小さい狼は倒さなかったよ。おっきいのを狙って倒したから、キャンプの方には来ないと思うよ」
口の周りをシチューでベタベタにしながら、バルチはちょっと自慢げだ。この子も色々考えるようになったのかと感慨深い。
「じーじ、それにね」
「それに?」
「小さい狼はまだ子供でしょ? バルチもまだちっちゃいから、ちっちゃい狼を倒すの、バルチ嫌だな。
ちっちゃい狼にも、じーじがいたらいいのにねぇ」
「……」
バルチの何気ない攻撃が、八十雄の心に直撃した。
「じーじ、煙が目に入ったの? 大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。じーじ、あと20年は戦えるぞっ」
そんな親子漫才を繰り広げる2人を、ある生徒は笑い、ある冒険者は苦笑し、またある者はそれを無心に眺めながら、それぞれの昼食を口に運んでいた。
林間学校も2日目の後半になり、各グループの現状に変化が出てきた。
事前準備をそつなく行っていたところ、食事の準備に手間取っているところ、食材消費のペースを誤り主食以外何も残っていないところなど、大きな差が出ている。
キャンプにおける危険因子である『狼の群れ』の脅威度がある程度低下した今、山間部で食料を調達する手段も取れなくもないが、そのためには護衛役としてバルチかマルゴの随行が必要だろう。
ただ、今回のバルチは冒険者ギルドで仕事を請け負っているわけでもなく、あくまで八十雄の身内として参加しているだけであり、狼退治もバルチ個人の行動であり、言い換えれば『ただの気まぐれ』でしかない。
そのバルチを戦力として計算に入れるのはどうだろうか。
……まあ、バルチ本人はそこまで深くは考えていないし、八十雄がお願いすれば2つ返事で協力してくれるのだが。
流石にそこまでして1人で山に入って行く生徒はおらず、八十雄の釣りセットを借り受けた生徒たちはザザに釣り方を教わり釣竿を湖に投げ入れている。
女生徒たちは食器や鍋を洗ったり、夕食用のパンをこねたり、ナチャを含む一部の生徒は米を洗ったりしていた。仲良くおしゃべりしながら、実に楽しそうだ。
そういう八十雄はお腹の上にバルチを乗せ草むらの上に転がっている。
我らがバルチさんは、午前中は素晴らしい活躍を見せた。狼の大量駆除に、梨に似た果物に山芋の採取と、十分以上に働いてくれたのだ。
昼ごはんを食べお腹が膨らみ眠くなったバルチさんは、家と違ってあまり甘えることができなかった八十雄にまとわりつきながら眠りに落ちてしまい、それが今に至っている。
それなりの力を込めれば、くっついているバルチを引き剥がすこともできるだろうが、そこまでするのも可哀想な気がして、八十雄は寝転がりながらバルチの背中をポンポン叩きつつ、生徒たちの様子を眺めていたのだ。
本来であれば周囲の見回りをしたり、生徒たちの様子を見てあげたり、悩みの相談にのってあげたりと仕事はいくらでもあるのだが、暖かく触り心地の良いバルチに抱きつかれ、八十雄も段々眠くなってしまう。
(あ~、なんか眠くなってきた……)
頭をフラフラ揺らしながら、何となく八十雄はザザに手を振り、そのまま幸せな午睡に入っていくのだった。
揺れる風に顔をくすぐられ、再び八十雄が目を覚ました時、日は大分傾いていた。夜番をしたせいか、思いっきり眠り込んでしまったみたいだ。
寝る前はあれほど力強く抱きしめていたバルチも、今はリラックスした様子で眠りについていた。
……相変わらず、バルチは顔を押し付けるようにして寝るので、八十雄のシャツはよだれでベタベタになっている。まあ、そんな細かい事はどうでもいいのだが。
上半身をむくりと起こし生徒たちの様子をざっと見たところ、異常はなさそうだった。
「先生、そろそろ飯になるよ」
「ああ、了解」
しばらく、ぼ~っと様子を見ていると、ザザが声をかけに来てくれた。寝ている間にザザとナチャで食事を用意してくれたようだ。
「バルチ、そろそろご飯になるから。ほら起きて」
「んなぁ~~」
ユサユサ体をゆすると、まるで猫のように伸びをしながら目を覚ますバルチ。そんな仕草も可愛い。
「じーじ、おはよう~」
「おう、おはよう。それにしても、結構寝ちゃったなぁ」
バルチは寝ている間に脱げていた帽子を被り、いつものように手を繋ぎながらザザたちの元に向かった。
「悪りぃな、2人とも。『ちょっと』のつもりが、『がっつり』寝ちまった」
「バルチも、気がついたら今だったかも」
「そんな事は気にしてないよ」
「せんせ、昨日あんまり寝てないでしょ……。眠くて普通だと思うよ……」
頭を掻き掻き、照れ臭そうに笑う2人に、ザザもナチャも気にしていない様子なのはありがたい。
「それ言われちまうとマルゴに会わせる顔がないんだけどよ、もう気にすることは止めるさ」
ザザたちが用意した夕飯は、戻した乾燥野菜と鹿肉の残りを使用した炊き込みご飯と、野菜スープ、それに川魚の塩焼きだった。
「昼にも言ったけどさ、スゲエ美味そうだな」
「うんっ! 凄い美味しそう」
他の生徒たちのグループも食事の支度は完了しており、八十雄の合図を待っている。
「全員用意ができたようだな。それじゃ手を合わせて、頂きます」
「「「頂きます」」」
生徒たちはそれぞれの料理を口に運ぶ。貴族も農家のせがれや職人の息子も、自分たちで作った食事を等しく食べているが、これはこの時代では、本来ありえない光景だ。
身分も価値観も違う者たちが交流する大事さは、今は気がつかなくても10年後、20年後に必ず『生きてくる』と八十雄は信じている。
「よーし、口はそのまま飯を食ってても良いけどよ、耳だけは先生に傾けてくれよな。明日の予定をこれから言うからよ」
そうは言っても真面目な生徒たちは、全員、箸やスプーンを置き真面目な顔つきを八十雄に向ける。
……ただ1人、バルチを除いて。バルチは八十雄の言葉を真に受けて、口をもぐもぐ動かしながら耳をぴくぴく動かし、話だけはちゃんと聞く構えだ。
「明日、朝飯を食ったら学校に帰るから荷物をまとめて置くように。もちろんテントも畳んで持ち帰るから忘れるなよ。荷物自体は軽くなっているから、行きよりかは楽なはずだ。
昼飯は帰りの途中で食べるから、朝飯を作る時にまとめて作ること。もちろん、持ち運べるメニューにしろよ? パンだったらサンドイッチとか、飯だったらおにぎりにするとかな。朝もそんなに時間がないから、パンだったら今夜のうちに準備しといた方がいいし、米も一緒だな。できる事は前倒しにやっとけ。
ほい、分かったら返事っ」
「「「はいっ」」」
「よし、これで業務連絡は終了だ。冷えないうちに飯を食っちまえ。先生も食う」
ナチャが作ってくれたピラフのような炊き込みご飯は、ほのかに甘くて美味しかった。乾燥野菜を使ったためか、味が凝縮されているようだ。スープも焼き魚も、最高だった。
食事が終わり、後片付けも済み、自然と生徒たちが焚き火の周りに集まってきた。
昨夜は歩き疲れて眠ってしまった生徒もいたが、今日は全員が揃っている。みんな何か感じ入る事があるのか、一言も口を開かず静かに火を見つめている。
「おいおい、こんだけ雁首そろえて率先して話す奴はいないのか?」
この微妙な空気に、薪くべ係りに就任していた八十雄は冗談めかして口を開くが、それでも沈黙は続いている。
「それじゃ、俺が代わりに聞くか。
そうだなあ、この林間学校に着て良かったって言う奴、ちょっと手を上げてみろ」
生徒たちはお互いに顔を見合わせていたが、徐々に手を上げていく。結局、20人全ての生徒が手を上げた。
「おっ、全員手を上げたのか。これだったら連れてきたかいがあったってもんだな。
よし、続けて次の質問は、自分の将来の道が、なんとなく見えてきたって奴はいるか?」
1人でも手を上げればめっけもんのつもりで聞いてみたが、パラパラと3名の生徒が手を上げた。
「みんな手を下げていいぞ。今から手を上げた奴に順に聞いていくから、どうしたいのか先生に教えてくれるか?
じゃあ、先生の右隣から聞いていくから、最初はザザな」
「はい。俺の実家は農家です。だから、俺も農家になるってそう思っていました。
その気持ちは変わっていませんが、林間学校で自分たちで食い物を用意して、ナチャが料理してくれたお米を食べた時、凄い美味くて驚いた。だから俺は、実家に帰ったら米を作りたい。でも、どうしたらいいのかさっぱり分からないから、学園にいる間に勉強して、知識を身につけたい」
「なるほどな。それだったら学校の近くにある農業試験場に行ってみろ。そこは米だけじゃなく、小麦も野菜も果物も、より良い物が作れないか研究している施設だ。一応、俺が出資して造った施設だからよ、帰ったら口きいてやるから」
「ありがとう先生。俺、頑張ってみる」
「別にがんばんなくったっていいんだ。真面目にやってくれればな。もし途中で肌に合わなかったら辞めても良いぞ。お前たちは若いし、やり直せるだけの時間は、まだまだある。
えっと次はナチャか。将来、何をしたいんだい?」
「ナチャは……、食べ物屋さんをしたいと思ったよ……。ナチャが作ったお料理を……、みんなが『おいしい』って食べてくれて……、凄い嬉しかったから……」
「この林間学校で一番変わったのは、間違いなくナチャだな。一週間前にはまともに話せなかったし、声も今よりずっと小さかった。
ナチャはもっと自信を持っていいぞ。周りの生徒も今ならお前のことを認めているし、頼りにしている。先生も、またお前の料理を食べたいしな」
「せんせ、ありがと……」
「おう。今度、ノニの宿屋に飯を食いに行こうな。もちろん、授業の一環だから先生のおごりだぞ。ナチャは外のお店とかでご飯を食べたことってあまりないだろ? そういうのを見て食べるのも勉強だからな。もちろん、もっともっと大きな声ではっきりとしゃべれるようにならないといけないし、出来るようにならないといけない事は山ほどあるから、これからも努力しないといけないぞ。
最後はドリミッドだな。お前はどうしたい?」
「僕は困っている人を守れる人になりたい。剣で戦うしかできない僕だけど、誰にも負けたくないんだ」
この林間学校の間、マルゴの元で練習を行っていたメンバーの中でもっとも負け越していたのは、このドリミッドだ。
「……誰にも負けたくないって言うのは、誰よりも強くなりたいってことか?」
「そうじゃないよ、先生。僕は勝てなくてもいいんだ。負けなければ。僕が立ちふさがる限り、僕の後ろの人たちは守れると思うんだ」
「お前の夢は分かった。ただ先生は何を協力したらいいのか、ちょっと判断がつかねぇ。俺もC級の冒険者だけどたいして強くないからなぁ。もしドリミッドの方で、『こうして欲しい』『ああして欲しい』ってのがあれば言ってこい。できる範囲で協力するから」
「ありがとう、先生。でも、しばらくはマルゴ先生やノサモ先生に教わって腕を磨きます」
手を上げた3人は、みな迷いのない目をしている。それを眩しそうに見ている生徒もいれば、目を伏せる者もいる。
「そろそろ、最後の質問にするか」
こくり、こくりと、船をかき始めたバルチを優しく抱き寄せながら、八十雄は焚き火の中に薪を一本放り投げた。
「全てが嫌になって、何していいのか分からなくなって、自分がどうしたらいいのか分からなくなってよ、もう学園を辞めて帰りたくなった奴っているか?」
読んで頂き、ありがとうございました。




