001_八十雄トレード事件
よろしくお願いします。
「だから何度も言っている。八十雄殿は、我が世界にこそ相応しい」
「いや、奴の統率力があればワシの世界も、もっとまとまる筈だ」
「生前では色々と苦労したようですし、わたくしの世界でのんびりと暮らして頂くのはどうでしょうか」
「それだったら、俺の管理する……」
八十雄が案内されたすり鉢状の部屋では、数十人の【様々】な人達が、八十雄の今後について激論を繰り広げていた。
翼が付いた女性や、角が生えたどう見ても鬼としか見えない者、肌の色も白黒青赤、そういった異形の人種が集まっているのだ。
話し合いは沸騰し、まとまる様子も見られない。
「もう、良いだろ。わしの世界には美味い食い物も……」
―――パンッ
鈴木が一つ手を打つと、全ての視線が集まり静まりかえった。
全員の注目を浴びながら鈴木は口を開く。
「八十雄さん。貴方の来世を決める話し合いが始まってから、すでに5日がたっています。
誰もが自分が管理する世界に貴方を招待したくて、まとまる話もまとまらないのです」
「よく分からないんだけど、俺一人にそんなに時間をかけていいのかい?」
八十雄の常識から考えても、一日に亡くなる人数はそれなりの数に登るはずだ。それに一々こんなに時間をかけていたら、先が詰まって仕方が無い。
「……少々、特殊な事情がございまして」
鈴木が一同を見回しながら八十雄に説明を開始した。
後に『八十雄トレード事件』と呼ばれたこの事件、実に単純なからくりだった。
この場に集まった面々は、それぞれが独自の【世界】を持っている【管理者】と呼ばれる者達だ。
【管理者】は自分の世界の価値をより上げようと、それぞれの価値観に従い【世界】を導いている。
平和と繁栄を目指す世界を。
発展と進化の芽吹く世界を。
破壊と暴力の吹き荒れる世界を。
【世界】が発展すればするほど【管理者】の功績は認められ上界での地位は向上する。そのため【管理者】は、自分の世界をより目指す方向に導くため真剣になる。いわば、より上位の【管理者】になるための試験なのだ。
そのため【管理者】は、自分が管理する【世界】に対し、むやみに力を行使することは出来ない。なぜなら、力を行使すると言うことは、管理する【世界】がそれだけ未熟な証明になってしまい、それだけで【管理者】のランクが下がってしまうからだ。
そして、ランクが下がれば【管理者】は力を失い【世界】に対して影響力を失っていき、悪循環に陥ってしまう。
そのため【管理者】は、見込みのある者、力のある者に加護を与え、自らの【世界】に送り込む。
より望む方向に【世界】を導く旗印として。
しかし、何事にも例外は存在する。まれに生まれる【稀人】がそうだ。
ただいるだけで【世界】に影響を与え続ける。その恩恵は、計り知れずの天井知らずだ。
また【稀人】は非常に稀少で存在自体が奇跡とも言える。
そんな【稀人】が、約230年ぶりに現れた。
ぶち猫を追いかけ道路に飛び出し、あっけなく命を散らしたその男。
それが【八十雄トレード事件】の真実だった。
「……と言うのが概要でございます」
「う~む……」
鈴木の説明が終わると八十雄は腕組みしながらうなり声を上げた。
「八十雄さん」
「なんですかい」
「このまま話し合いを続けても埒が明かないですし、一つご提案があるんですが」
人差し指を立て、鈴木は話し始める。
「この様子ですと、10年たっても現状維持のままでしょう。それは八十雄さんにとっても好ましくありません」
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「そこでどの【世界】に行くのか、八十雄さん自身に決めて頂きたいと思います。どのような理由でどの世界に行ってもかまいません」
「そりゃあ、ありがたい申し出だけど、こんなポンポンと死んだ人間を生き返らしても良いのかい?」
「はい。それについては問題ありません」
軽く頷いて説明を続ける。
「魂の重みによって、来世に生まれ変わる種族が決まっています。ですので、なるべく早く転生の手続きを行わないと、新しい命が生まれないのです」
「……なんかよく分からないけど、問題なさそうってことだけは分かった」
「つきましては、ここにいる者から各自が管理する【世界】について簡単な説明をさせて頂きます。
それをお聞きになってどの世界に行くかお決め下さい」
「もう一度、日本に戻るって事はダメかい」
「申し訳ありません、同じ世界に続けて転生することは禁則事項になっていますので出来ないのです。
それで地球を管理しているわたくしが、調停役をしているのです」
固唾を飲み込みながら注視する【管理者】達を一瞥し、
「それでは、現在ランクが高い【世界】の【管理者】から、八十雄さんに説明を開始して下さい。
ただし……」
人差し指を立て、いずこからとも無く大きな砂時計を取り出すと、
「持ち時間は1人3分。時間超過した者は、強制的に打ち切らせて頂きます」
「俺の【世界】は機械文明が発展している。今の地球より文化は進んでいて……」
「天使と呼ばれる有翼人が管理しているわたくしの【世界】はとても美しく……」
「わしの【世界】は美味い物に溢れており、気候も温暖で過ごしやすく、また……」
【管理者達】の説明は延々と続いた。
鈴木が言うには、これらの説明には嘘は含まれておらず、真実のみを告げているとのことであったが、いい事ばかりを垂れ流す【管理者達】の言い分が詐欺師の手口にしか思えず、胡散臭さが拭いきれなかった。
誰も彼もが自分を騙そうとしているように思え、うんざりした気分で嫌気が差した。興味を引かれるこれとした【世界】はなく、もう、どれでも良いかと思い始めてた時、彼女が説明を開始した。
「わ、わたしの【世界】はここにいる皆さんの世界と比べても、とてもランクが低いです」
(……へぇ)
今まで聞こえの良いことばかり【管理者】は並び立てていたが、この【管理者】はちょっと違うようだ。
純粋にこの【管理者】が何を言い出すのか興味が引かれた。
「他の方の【世界】と比べても、自慢できるような物はありません。種族は多くいますが、みんな仲が悪いです。
美しい自然は溢れていますが、自然しかないって言えるかもしれません。
文明レベルは低く、特別な特産品があるわけでもありません」
少女とも言えそうなその【管理者】は、ここにいる【管理者】の中でも一際小柄で、よく見ると手足は震えていた。
周囲の【管理者達】は雑談にふけり、誰も真剣に聞いている者はいない。彼女の低ランクの【世界】が選ばれるはずが無いと見くびっているのだ。
「で、でも、私は誰もが平等な世界が作りたいんです。
頑張った人が、頑張っただけ認められる【世界】を作りたいんです。
今はまだ争いも多く、平等とは言えない【世界】だけど、い、いつかそんな【世界】に導きたいって思っているんですっ」
最後は力みすぎて管理する【世界】の説明ではなく、自分の夢を語ってしまったが、どの【管理者】の説明より八十雄の心を打った。
知らずのうちに立ち上がっていた八十雄は、パン、パンと鳴る音で、自分が拍手を打っていることに気が付いた。
「どうやら、決まったようですね」
「ああ、最後のじょうちゃんの【世界】にしたい」
ザワザワと騒ぎ出す【管理者】達を手で制し、鈴木は最後に説明した【管理者】アルヴェを呼んだ。
「アルヴェさん。八十雄さんは貴方の【世界】に転生することが決まりました」
「え、えぇ~~」
誰よりも驚いたアルヴェは、ピョンと飛び上がり、可哀想なほどに狼狽していた。
「だ、ダメですよ、八十雄さん。私の【世界】よりすごしやすい【世界】は、もっと、もっとありますし、それにそれに……」
「いや、俺はあんたの所で世話になるって決めたんだ。よろしくお願いします」
「ど、どうしたら……」
オロオロと挙動不審になるアルヴェと頭を下げた八十雄を静かに眺めていた鈴木は、パチリと指を鳴らす。すると、アルヴェ以外の【管理者】は姿を消し、この場に残ったのは3名だけとなった。
「それでは、今後のことについて詰めていきましょう。決めなくてはならないことが多いですからね」
「ああ、よろしくたのまぁ」
いつの間にか出現したテーブルセットに座りながら、八十雄は自分がまだステテコ姿なのを思い出し、苦笑いを浮かべた。
2015 1/3 行間を統一するため、修正を実施
2015 1/23 下記の通り修正を実施
良く分からないんだけど、→ よく分からないんだけど、
一つご提案があるんですが → 一つご提案があるんですが
打ち切らせて頂ます → 打ち切らせて頂きます
耳障りの良いことばかり → 聞こえの良いことばかり
可愛そうなほどに狼狽 → 可哀想なほどに狼狽
つめて行きましょう → 詰めていきましょう
決めなくては行けない → 決めなくてはならない