045_寄付事件
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
■ ランゴバルト王国 ■
女神アルヴェが夢に現れた翌日、王国中は大変な騒ぎになった。女神の声を聞いたのは国の一部の人だけであったが、話の内容はあっという間に国中に広がっていた。
ザナックスにある大神殿には使徒である八十雄を助けたいと、国中から寄付をおこなうために訪れる者が途絶えなかった。
この事態にランゴバルド国王アレクシオは、貧しい者たちからの寄付を制限するように指示を出す。このようにしてお金を集めるのは、八十雄の意図に反することを理解していたからだ。
大臣を含む文官たちからは、国の予算の一部を送るべきだという意見も出たが、アレクシオはその意見も却下した。あくまで、国の予算は国のために使うべきであり、寄付は余裕のある各人がおこなうべきだと諭し、寄付の金額についても最大で豪華な家一軒が建つ程度を上限として設定したのだ。
そうでもしないとこの国の民は自分が動かせる限界まで資金を捻出し、八十雄のために寄付を行ってしまう可能性があった。もちろん女神の夢を見た商人たちは、全員が限度額一杯まで喜んで寄付をおこなっている。
そのため王国の民が次に注目したのは、『ランゴバルド王家がどれだけ寄付をするのか』だった。巷の話題はそれ一本で、何処の酒場でも酔っ払いたちが大声で騒いでいる。
この世界で一番の資産家はランゴバルト王家であり、あとはアレクシオの胸先一つなのだ。
王城で毎日おこなわれる朝議の場でアレクシオが最初に口にしたのは、使徒に送る寄付金のことであった。
「寄付のことだがな、50億ゴルダ程度では少ないだろうか?」
アレクシオが口にしたのは彼が上限として定めた金額の100倍で、およそ人口2万人のラントスの年間予算とほぼ同額だった。
「もう少し増やした方がいいだろうか。100億程度に」
「陛下、それは少々多すぎではありませんか?」
玉座に座り腕組みしながら考え込んでいるアレクシオ。そばに控える家臣たちの中には金額の多さに驚きを隠せない者もいる。
「そうか? どうせ使わずに眠っている金だ。有効活用してもらえるならばそれにこした事はない。それに私は個人ではなく、ランゴバルドに住む全ての民の代表として寄付をおこなうつもりだ。そう考えれば、それほど多くはないだろう?」
結局、ランゴバルト王家がいくら寄付したのか公表することはなかったが、ギルド会館の預金システムがなければ大変な手間になっていたであろう金額を投じたのは間違いない事実である。
アルヴェに伝言をお願いしてから数日、八十雄とバルチはラントス郊外の草原に立っていた。ここは八十雄が代官から使用許可を得ていた場所で、視察という名のピクニックに来ていたのだ。現在モモはラントスの輸送ギルドが持つ牧場にあずけてある。たまには仲間の馬たちとのんびりさせてあげるのも必要だろう。
八十雄の服装は綿でできた簡単な上下で、ナイフ以外の武器や防具は身につけていない。しかし、バルチは違っていた。旅の間に着ていた皮の上下に2本のハンマーを腰に刺し、手には鉈を握って完全装備だった。
「……ねぇ、バルチ。この辺りは危険な生物も少ないから、もうちょっと楽な格好でもいいんじゃない?」
「そんなのわからないでしょ。油断しちゃダメなんだよ」
誰に似たのか、バルチはかなりの頑固者だ。一度言い出した事はなかなか曲げようとしない。まあ、本人がいいと言うなら害もないし、任せておいた。
今まで草原にはウサギや薬草などを取りに来たことが数回あっただけでそれほど気にした事もなかったが、起伏が少なく近くに小川も流れているので、八十雄が理想としていた土地の条件に合致していた。何より、ラントスの城壁に程近く、何かあったらすぐに逃げ込めることがいい。面積もかなり広いし、これなら色々できそうだ。
問題は資金だが、先日、アルヴェに頼んで世界中に協力をお願いしてある。少しずつでも資金が集まってくるはずだ。最初はできることから始めて、徐々に拡大していけばいい。
バルチは草原内を走り回り、ウサギやら狐やらを追っかけている。これと言った用事もないし、バルチが満足するまで八十雄はのんびり休むことにした。
狐を捕らえてご機嫌のバルチと手をつなぎラントスに戻った八十雄は、自宅の前にギルド職員が待っていることに気がついた。職員はえらく慌てた様子で、落ち着きなく動き回っている。
「おう、家の前でどうした?」
「これは、八十雄さんっ。大変なことが起きています。すぐにギルド会館までお願いしますっ!」
まったく心当たりがない八十雄とバルチは、顔を見合わせるばかりだった。
ギルド職員を含む3名がギルド会館に到着するとそのまま奥の個室に連れ込まれ、すぐにドリスの後任になるギルド会館長が見たこともないカードを手に現れた。
「先日の女神様のお告げから、八十雄さんの口座に世界中からお金が振り込まれています。特に多いのがランゴバルトからの入金で、すでに250億ゴルダを超えており、間もなく300億ゴルダに到達するでしょう。
このままでしたら最終的にいくら集まるか予想もつきませんっ」
悲壮な顔つきで5枚のギルドカードを差し出した。
「これは?」
「あまりに入金額が多すぎたので、カードを分けさせていただきました。1枚は公国のギル用、もう一枚は皇国のブ、残りの3枚は王国用のゴルダが入っていますが2枚は限度額の100億ゴルダまで入っています」
手渡されたカードには後で間違えないように国名と番号が入っている。
「……ちなみに、誰がどれだけ入金したかってわかる?」
「調べればわかるでしょうが、あまりに人数が多すぎてすぐにはお知らせすることができません。今こうしている間も入金額は増えているでしょうし」
「ちなみに、ラントスの年間予算っていくらくらいかわかる?」
「およそ、40~50億といったところでしょうか。それをはるかに超える金額が集まっております」
ここに至り、事の重大さに八十雄は気づいた。ちょっとした思い付きで始めたことが、当初予定していた金額の100倍を超えて集めてしまったのだ。恐るべき女神効果である。
各国のお金の交換レートは1対1であり、また地理的にも三大国の中間地点にあったラントスは自国で造幣しておらず、すべての国の貨幣を普通に使うことができた。
「失礼します。会館長、王国からの入金額が300億を超えましたので、新しいカードを用意しました」
ノックの後に入ってきた若い職員が新しいカードを置いて直ぐに退出した。これで八十雄の手元にはカードが6枚。このまま放っておけばまだまだ増えそうだ。
「これはまずいな。何とかしてみるよ」
話は終わったようなので八十雄はバルチの手を引いてギルド会館を出た。
9年前にはバルチに対する風当たりも相当に強かったラントスだが、最近はずいぶん変わっていた。特に王国から移住してきた住民からはアイドル的な扱いを受けることも多い。昔は石を投げられることもあったバルチだが、今はそんな者はいない。
自宅に戻った八十雄は、午前中にバルチが平原で捕まえていた狐の処理を行うと、早めの夕食の準備に取り掛かった。アルヴェに用事があったので、今夜のメニューはうどんにする。そうすれば、黙っていても彼女が現れるからだ。
食事の準備の間、バルチはコタツで横になりながら文字の勉強を行うのがいつもの日課になっていた。今では難しい言葉意外、問題なく読むことができるようになっていた。
うどんも茹で上がり具として乗せる肉を焼き始めたころ、女神アルヴェが顕現した。彼女はコタツで横になり勉強しているバルチの隣に潜り込み、2人で仲良く勉強をしている。これも、いつもの風景だ。
「おーい、飯ができたぞ。取りにきて」
「「はーい」」
きれいにはもった返事をしながら腹ペコ女子2人が台所に現れると、自分のどんぶりを持って居間へと戻っていく。八十雄宅には当然のようにアルヴェ用のどんぶりから湯のみ、箸まで揃っている。
「それじゃ、いただきます」
「「いただきまーす」」
最後にどんぶりを持って現れた八十雄が席に着くと食事が始まった。昔はアルヴェの膝の上で食事を取っていたバルチも、並んで座りながら楽しそうにうどんを食べている。
「なあアルヴェちゃん。前にさ、世界中の人に助けてくれってメッセージ送ってもらっただろう?」
「はいはい。間違いなく神託は送りましたよ」
3人ともうどんをズルズルと啜りながら会話を続けている。早速一杯目を食べ干したバルチからどんぶりを受け取った八十雄は、台所でお代わりをよそうとバルチに手渡した。
「それがちょっとまずい事になっててさ、お金が集まりすぎちゃってんのよ。わりいけど、今夜あたりに寄付はもう十分ですって、もう一回、やってくんない?」
「それはかまいませんが、八十雄さんはお金を集めていたんですよね? 多く集まることは良いことじゃないですか?」
「そうだけどさ、流石に限度はあるよ。俺を助けるために自分の生活を壊してしまうほどお金をつぎ込むのはまずいだろ?」
「そうですねぇ、そこまで行っちゃうと問題ですね。わかりました。今夜、もう一度神託を下しましょう」
その夜、世界の全ての民に対し女神から神託が下された。その内容は今までの寄付に対する感謝と、十分金額が集まったため、これ以上の寄付は必要がない内容であった。
それでも八十雄に送金されてくる寄付金はゼロにはならなかったが、かなり減少した。八十雄も当初の予定を超えて送られてきたお金の使いどころに憂慮したが、最終的には開き直って自分がいいと思うように使うことにした。
寄付を送ってくれた人に対して最初は建材に名前でも刻んで謝意を示そうと思っていたが、あまりにも対象者が多かったので断念し、その代案として謝意を示す記念碑を作り、一定金額を超えてお金を送ってくれた人数だけ八十雄の管理している草原の近くに苗木を植えることにした。
将来この苗木が育ち、そこは【使徒の森】と呼ばれるようになるのであった。
読んで頂き、ありがとうございました。




