044_学園設立準備始まる
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
八十雄が9年ぶりにラントスに帰還したことは、一夜でラントス中に広まる。
翌朝、ドリスを始めとする町の中核メンバーが八十雄宅を訪れたが、何故か家はもぬけの殻だった。家の鍵はかかっていなかったので、食事か買い物にでも出かけたのであろうか。
その頃の八十雄とバルチは、バルチの母親が眠る森にいたのだ。
森の中のお墓は草に埋もれて、墓石も汚れていた。
2人は手に持っていた掃除道具をとりあえず置いて、まずは雑草取りから開始した。一通り綺麗になったら墓石の周りに拾い集めた石を敷き詰めていく。日本式のお墓ではないが、雑草が生え難くするためだ。
その後は墓石を持ってきた掃除用具で綺麗に磨いていく。ラントスを離れていた9年で、苔やホコリでずいぶん汚れてしまった。
9年前はお墓の意味が理解できていなかったバルチも、今は神妙な顔をしている。
掃除が終わり綺麗になった墓前に花を手向け2人で手を合わせる。本当はお供え物の1つでもお供えしたいところだが、野生動物の多い森の中ではすぐに食い散らされてしまうだけなので断念した。
(バルチのお母さんのおかげで無事に帰って来れました。ありがとうございました)
閉じていた目を開き隣りのバルチを見れば、真剣な顔つきでお墓を見つめている。
「よし、お母さんにただいまのあいさつも終わったし、そろそろ戻るか」
「うん」
昔と比べ、若干様変わりした商店で食材を買い込んでから八十雄たちは自宅に戻った。商店の店員たちは久しぶりに顔を出した八十雄の姿に驚いていた。ラントスには世界中の情報が交易商人たちの手によって集まってくるが、それも宜子皇国に入った辺りからぱったりと途絶えていたからだ。
「よう、久しぶり」
山のような食材を抱え戻った自宅の前にはドリスを始めとした面々が待ちかまえていた。そこにひょっこり現れた八十雄は、驚いて声が出ない人たちを横目に足で扉を開くと自宅の中に入っていく。バルチも無言でその後を足早についていった。
「そんな所で立ってないで上がれよ」
家の中は長屋の住人が定期的に掃除をしていたので、今すぐ住める状態になっていた。
ドリスを含む6名のお客さんが居間の座椅子に座っていく中、八十雄は台所で料理を開始した。朝飯前に森に向かったのでお腹が空いていたのだ。その間、バルチは八十雄の隣りに張り付いて離れることがなかった。相変わらず、大勢の大人の男性は苦手のようだ。
「ちょっと待っててくれよ、飯を作ったらそっちに行くからさ」
帰りに買ってきた食材を料理して簡単なサンドイッチと野菜炒めを作り、それを持って八十雄とバルチは居間に戻ってきた。
「それでどうした? 朝からこんなに集まって」
自分の指定席についた八十雄とバルチは、早速サンドイッチを頬張りながら集まった面々に話を振った。
ドリスは最初、持ってきた封書の束を八十雄に差し出した。受け取った10通程度ある封書の差出人は全てモルドロー10世の名義であった。
「お、流石はモルちゃん。仕事が速いね~」
全ての封書を確認した後、それをコタツに置いた。
「公国の伯爵様からの手紙だけど、ちょっと調べ物をお願いしていたんだ。預かってくれて助かったよ。それで、聞きたいことがあるんだろ?」
「聞きたい事はたくさんあるが、まずは今ラントスで起こっていることから説明するぞ」
八十雄と一番面識が深かったドリスが一同を代表して説明を始める。
「今からおよそ1年前。突然、公国の代官からラントスにかけていた税を減額すると通達があり、同時に駐在していた公国軍兵士も最小人数を残して撤退していったのだ。
それだけじゃない。公国に対峙していた王国軍もそれに合わせたように1人残さず撤退していった。代官に何度理由を聞いても、本国からの指示の一点張りで埒が明かない。
そうなると、残る心当たりは八十雄さんだけだ。異変が起きたのは八十雄さんが各国を回っていた時期とも合うし、そこで何かしたんじゃないかと思って確信しに来たんだが」
「へえ、そこまで気を使ってくれたか。それはありがたいな」
手に持っていたサンドイッチの残りを口に放り入れると、まだ皿に残っている野菜炒めとサンドイッチをバルチの前に押し出した。
「いや実はさ。公国と王国、それに皇国には話を通しちゃってるんだけど、来年の女神の祝日にラントスは公国より独立すんだよね。これ、もう決定事項だから」
「えっ」
思わず席を立ち上がる者もいたが、八十雄はいたって落ち着いたものだ。
「別に悪い話じゃないだろう? ただで独立できるんだからさ。それに公国や王国にはラントスに出兵しないことを約束させてある。まあ、口約束だけど心配はいらないと思う。さて、ここからが相談ごとの本番だけどさ、この中で誰かラントスの代表やりたい奴っている?」
その言葉を聞いた瞬間、ドリスを含むまだ座っていた全てのメンバーが立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。代表だけじゃなくて金も必要なんだ。そうだなぁ、最低でも300人くらいが最低1年は腹いっぱい飯を食えるくらい必要なんだけど、心当たりない?」
一度は足を止め八十雄の話を聞こうとした連中であったが、今度は彼らが帰ろうとする足を止めることはできなかった。ラントスの代表がどういうものかはっきりとした事は分からなかったが、少なくとも使徒である八十雄の上に立って世界各国の代表とやりあわなければならないだろう。真っ平である。
それに300人が食べれるだけの金と言っても、それだけで収まるとは考えにくい。人が集まれば当然、住む所や仕事も必要になる。新しくラントスに来た者と元々住んでいる者の間でトラブルも起きるだろう。実際にラントスを動かしている彼らは、それが口で言うほど簡単ではないことをよく知っていた。
今でさえ使徒がいる町ということで世界中から人が集まり様々な問題が起こっているのに、これ以上の厄介ごとは勘弁して欲しい。彼らの頭に浮かんだのはそれだけだった。
結局、八十雄が当て込んでいた人たちは全員、ラントスの代表になることを引き受けなかった。どうせ他の国も誰が代表になったとしても使徒である八十雄の言うことしか聞かないことを知っていたからだ。
八十雄の当初の予定では代表になった人を裏から支えていこうと考えていたのだが、結局自分がラントス初代代表に就任することに決まり、それを各ギルド長を始めとしたラントスの幹部たちも承認した。
彼らからしたら、『自分で決めてきたことぐらい、最後まで責任を持ってくれよ』という思いだったのだ。
「うーむ、決まっちまったことはしょうがないとして、問題は資金だな」
自宅のコタツで寝転がり、天井をみつめながら八十雄は考え込んでいた。すぐ横ではバルチが人間族の言葉を勉強しており、それをアルヴェが教えている。先ほど食べた昼食は久々のうどんで、いつの間にかコタツに入っていたアルヴェも当然のように一緒に食べていた。
今はコタツに並んで入り、バルチが分からない所を教えている。
そちらは問題なさそうだ。八十雄は思考の渦に没頭した。
懸案事項であった土地の確保はあっけなく解決した。ラントスの城壁外にある草原を、自由に使える許可を代官から得たからだ。
ギルド会館に預けてあった預金は八十雄の予想よりかなり多かったが、必要とする金額には全然足りない。今から何か商売を始めようにも時間が足りないし、今更、大工ギルドに号令をかけるのも気が引ける。
今でも自分が大工ギルドの長であった時には驚いたが、組織自体は八十雄がいなくてもちゃんと運営できるようにできあがっていた。彼らが自分をギルドの長に残しておいてくれた事は素直に嬉しかったし、感謝もしている。
それだけに、大工ギルドに頼る事はできないと思ったのだ。
「なあアルヴェちゃん、ちょっくらお願いがあるんだけどいいかな?」
「はいはーい、どんなことでしょう」
その日の夜、世界中の支配者階級や裕福な商人たちの夢の中にアルヴェが現れた。彼女は八十雄がラントスの開発のために資金援助を求めていることを訴え、広く協力を求めたのだ。
八十雄は日本で神社などを改修する際、檀家や有志から募金を募集し、それに協力してくれた人の名を建材である石材や記念碑に名前を刻んで謝意を示す方法があることを知っていたので、この世界でも同じことを行おうとしたのだ。
だが、八十雄は1つ忘れていた。この世界には本物の女神が存在し、自分がその代理人とも言える使徒であることを。更に、八十雄の願いを人々に送り届けるのが、その女神本人であることを。
この一件が大変な騒動を巻き起こすことなど夢にも思っていない八十雄であった。
読んで頂き、ありがとうございました。




