043_宜子皇国
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
宜子皇国の首都、竜泉に城壁はなく、その代わりに堀に囲まれていた。
入場手続きをおこない入った竜泉の町は、王国の首都ザナックスや公国の首都ラグナスとは違った雰囲気だった。土地柄、商人たちは国内でしか商いをおこなわないため、店先に並んでいる商品も皇国独自の物が多い。
主食はやはり米で、パンを売っている店は少数派だった。今や白米のファンになっていたバルチ共々、美味しい食事が食べれて満足だった。
女神信仰もそれほど熱心ではないようだった。王国では当たり前のように見られた神殿でお祈りを捧げる人も、ここでは限られた人が行っているだけのようだ。
武具屋で販売している防具も皮製の物が多かった。起伏に富んだ地形をしている宜子皇国では、重い金属鎧は馴染まなかったのだろう。街中で見かける冒険者も、みな皮鎧を身につけていた。
特に急ぐわけでも誰かと約束をしている訳でもない八十雄は、のんびりと竜泉の街中を見て回りながら、王国や公国との違いを確認していた。
王国と公国の食文化や宗教観は、非常によく似ていた。それは昔から商人などの一般市民レベルで交流が行われ、お互いの文化を学びあい、より良い方向に発展させてきた歴史的背景があるのだろう。
だが皇国については王国との間に横たわる白竜山脈の存在が他国との交流の妨げになり、他の2ヶ国よりも平地が少なく満足な耕作用地を確保できなかった自然環境が独自の文化を育む土台となったのではないか。
そのために、皇国では他の国では見られないような独自の文化が芽生え、それが今日まで脈々と受け継がれてきたのではないかと、八十雄は考えていた。
バルチに対する視線も尖ったものは含まれていないようで、ご自慢の尻尾センサーも元気に揺れていた。
途中で今日の宿泊先を決めモモを預けると、八十雄たちは宜子皇国の統治者である雫香祁一族が住むと言われている館に足を向けた。
周囲を塀に囲まれた館は、八十雄の目には立派な寺や豪華な旅館のように映った。八十雄の視線の先には微動だにしない門番が警戒している。そちらに向かいながら八十雄は口を開いた。
「よう。俺は女神の使徒をやっている出崎八十雄って者だ。この国の関係者と話をしたいんだけどお願いできるか?」
「出崎殿、お待ちしておりました。中でお館様がお待ちしております。どうぞこちらへ」
門番は八十雄たちが来るのを知っていたかのように扉を開け、先頭に立って案内を始めた。
建物内は土足厳禁だったので八十雄たちは館の入り口で靴を脱ぎ、先導する門番の後に続いていく。門番は建物の中をドンドン進んで行くと奥まった場所にある部屋の前で足を止めた。
「お館様、出崎殿をお連れいたしました」
「ああ、ごくろう」
扉を開けた先には、40歳前後の男性と10代後半の青年の姿があった。目元がよく似ていたのでおそらく親子だろう。見知らぬ大人の男でも2人くらいなら許容範囲なのか、バルチの様子は普段と変わらなかった。
「初めてお目にかかる。私は雫香祁家の党首、梓と申す。横にいるのは息子の桂だ」
「雫香祁桂です。どうぞよしなに」
「これは丁寧に。俺は出崎八十雄でこっちが娘のバルチだ」
「こんにちは、バルチです」
ペコリとお辞儀をしたバルチと一緒に用意されていたテーブルに着く。すると、すぐに桂がお茶の用意を始めた。
「そういえば、門番にお待ちしていたとか言われたんだが、あれってどういうことなんだ?」
「ああ、そのことか。我々皇国の目は世界の端々まで見渡すことができ、耳はどんな囁きさえ拾うことができる。
出崎殿が公国と王国でおこなってきたことを考えれば、皇国にきた目的を推測するのは容易なことだ」
「ほ~、それじゃ俺が皇国に何をお願いしに来たかそこまで読めてるのかい?」
八十雄は出されたお茶を一口すすった。今まで飲んだことがない渋めの味で、独特の風味があった。隣りのバルチは口に合わなかったのか、微妙な顔をしている。
その様子を見ていた桂は笑いながら席を立った。
「どうやらバルチ殿の口には合わなかったようですね。代わりの飲み物を貰ってきますので、お待ち下さい」
そう言い残し自ら部屋を出て行った。どうやらこの部屋にはメイドのような存在は配置されていないようだ。
「正直な話、八十雄どのの狙いはよく分からない。この国はラントスと交易を行っているわけでもなく、一度も出兵したこともない。ほぼ無関係と言ってもいいだろう」
「そうだな、今のままじゃ皇国とラントスが交わることなどいつまで経ってもこないな。何より距離が遠すぎるし、その間にある白竜山脈も厄介だ。でもな、そんなのはただの言い訳でしかないと思うんだよ」
「言い訳とは?」
「俺は皇国に来てから色々な村を回ってどんな暮らしをしているのかをこの目で実際に見て来た。王国に比べて決して豊かとは言い難いが、それでもみんな精一杯、暮らしを良くしようと頑張っていた。狭い農地を少しでも増やそうと、山地をゼロから切り開いて段々畑を作っている若い農夫が何人もいたぞ。
だから俺もやる。人生の先達として、困難を理由に足踏みすることを止めようと思う」
八十雄は初めて自分がラントスに帰った後、何をしようとしているのかを他人である梓に語った。途中で戻ってきた桂も息を呑んで聞いていたが、彼の耳には八十雄の話した内容は荒唐無稽な絵空事にしか思えなかった。
「俺の故郷の言葉に、『千里の道も一歩から』ってのがある。ビビッて一歩も踏み出せない奴は一生目的地には着けないが、勇気を持って一歩でも踏み出せば、その分は確実に目的地に近づくって意味の言葉だ。
……てな、随分俺も偉そうな事ばかり言っているが、今はただの口先野郎とでも思っててくれ。その遠くまで見ることができる目で俺のことを見てたら今の言葉が嘘じゃないことがいずれ分かるはずだから」
心配そうな目で見てきたバルチの頭をくしゃくしゃと撫でまわし、優しく笑いかけた。果物か何かのジュースを飲んでいたようで、バルチからはほのかに甘い香りがした。
「それでな、話を最初に戻すけどよ、俺とバルチはこの国の白米がえらく気に入ったんで、ラントスでも稲作をしたいと思っているんだ。そこで、俺たちで持ち帰ることができるだけの種と稲作について色々話を聞かせてくれる人を紹介してもらいたくてここまで来たんだ。まあ、他に要望はないかなぁ」
「……その程度であれば、途中の村でどうにでもできたであろうに。そんなことで、どうしてここまで足を運んだのだ?」
「皇国以外で稲作をしている人は見かけなかったし、俺がかってに分けてもらってその農家に迷惑をかけても悪いだろう? その辺りはキッチリしときたかったんだ」
「なるほど、配慮に感謝する。種籾であれば帰りに立ち寄った村で譲ってもらえばいいだろう。持ち帰る程度の量であればどこの村でも譲ってくれるはずだ。作り方もその村で聞くといい。時間を持て余している老人たちが喜んで教えてくれるだろう。
我々としても、自国の農作物が世界に広まるのは喜ばしいことだ。できれば、こちらからも出崎殿にお願いしたいことがあるのだが」
「お、どんなことだい?」
「我が国にも、熱心に女神様を信仰している者たちがいる。竜泉を立ち去る前に、一度でいいから大神殿に立ち寄って欲しいのだ。
信者達にとって使徒である出崎殿は女神様と代わらぬ存在。その出崎殿が自国の神殿に立ち寄ったとなったら、大きな喜びとなろう」
「そんなことぐらいお安い御用だ。任せてくれ」
八十雄と梓は交渉成立を祝い握手を交わす。梓の手は戦う戦士のそれだった。
梓たちの元から退去した八十雄たちはその足で竜泉の大神殿に立ち寄ると、神殿での雑事に精を出した。八十雄は持ち前の大工スキルを生かして壁や天井を補修したり、昔取った杵柄で孤児たちの相手をしたりして時を過ごした。
年齢より幼く見えるバルチは孤児院の年長者たちに年下扱いされてブラシをかけてもらったり、手をつないで色々な場所を案内されたりと、面倒を見てもらうのもまんざらでもない様子であった。
この日はそのまま孤児院に泊めさせてもらうことになり、夕飯は梓が送ってくれた差し入れで八十雄が作った餃子をみんなで食べた。夜は大部屋の雑魚寝で孤児たちと一緒の床につき、翌朝朝食を取った後に子供たちの見送りを受けながら孤児院を後にした。
その後、宿屋に預けっぱなしだったモモを受け取り再び旅に出る。
その途中、ドットの塔に立ち寄ったり、国境近くの村で種籾を分けてもらったり、三大国以外の小国や極限地に近い名もない村などを回りながら、約1年かけてラントスに戻った時、八十雄は52歳になっていた。
旅に出てからラントスに戻るまで、9年もの月日が経っていたのだった。
読んで頂き、ありがとうございました。




