042_ギフト
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
「おーい、誰かいないのか?」
「こんにちはー」
何度かドアをノックし声をかけてみる。もしかしたら扉の向こうで着替えでもしていたら大変な失礼を働いてしまうからだ。
バルチが言うには、何者かが上の階にいるとのこと。まあ、八十雄には何にも感じることなどできなかったのだが。
しかし入り口の扉もそうであったが、この建物にある扉に施錠設備はまったくなかった。大工ギルドの棟梁であった八十雄にとって、無用心極まりない造りで心配になる。
「はぁ~い」
扉の内側から若い男の声で返事が聞こえてきたので、ドアノブを掴んだ八十雄は一気に扉を押し開いた。
「お、この階には誰かいるみたいだな。すまねえ、返事がなかったから勝手に上がってきちまった」
中にいたのは、ぼさっとした髪型の少年と青年の中間くらいの男の子だった。他に人影はなかった。
「バルチ、なんかもてもて。でも、ちょっと歩きにくいかも」
バルチにまとわり付いていた猫たちも2階までついて来てしまった。猫たちは競うようにして、バルチの足に体を擦りつけているので、その体を踏まないように歩くのが大変そうだ。
男の子が小声で何事か言っていたが、声が小さすぎて八十雄には聞き取ることができなかった。
「俺は出崎八十雄、こっちのかわいいのが娘のバルチ。下で声かけたんだけど返事がなかったんで、ついここまで上がってきちまった。
邪魔だったらすぐに立ち去るけど、家の人は他にいるかい?」
「ここに住んでいるのは僕1人ですけど。あと、俺の名はドット、魔導師だ、です」
「それじゃ、この塔は1人で管理しているのかい? これだけ広いと大変だろうに」
「部屋の掃除はここと1階しかやってないし、人形がいるから疲れたりしないさ、ですよ。
それに、この塔は僕が1人で建てた物なんで。とりあえず、ソファーセットが向こうにあるからそっちに行こう、と、行きませんか」
「ほー、これを1人で建てたなんて若いのにたいしたもんだ。あと、お邪魔しているのはこっちなんだから無理して丁寧な言葉を使わなくてもいいぜ。こっちもその方が気楽だしな」
「いや、無理しているんじゃなくて、人と話すのが久しぶりなんでちょっと緊張していたんだ。だけど、そう言って貰えると助かる。それより、この子あんたの娘って言ったけど、でも猫人族だよね?」
バルチはあいさつもそこそこに、足元でうごめく猫たちと遊んでいた。頭を撫でたり、尻尾を触ったり、喉をくすぐったりしている。猫たちも喧嘩せずおとなしく自分の順番を待っていた。
「俺が人間族でバルチが猫人族だからおかしいって言うのか?」
「いや、そんな事はどうでもいいんだけど、その子バルチちゃんって言うのか。いい名前だなって、そうじゃない。
その白い毛に青い瞳、ナシュ種だよね? よく生き残っていたもんだと感心してたんだ」
ドットが案内したソファーセットは、彼が研究を行っているその場所でもあった。ソファー上には様々な書き物や書物が山積みにされ、テーブルの上にもガラクタとしか思えないような様々な物が置かれていた。
ドットはそれらを床の上に直置きし、何とか座れるスペースを作り出した。
「お茶の1つも出したいところだけど、ここにはお客さん用のコップがないんだ。何かあったら貸して欲しいんだけど」
「おう、ちと待っててな」
八十雄は背負っていたザックから木製のカップを2つ取り出した。小ぶりな方がバルチの物だ。
魔道具で沸かしたお湯でお茶を入れたドットは八十雄たちの正面に座ると、バルチと八十雄にお茶を配った。八十雄が一口飲んだお茶の味は、今まで呑んだこともない甘い味がした。
八十雄は旅に出てから今までのことを簡単に話した。八十雄にとって、隠すようなことではなかったからだ。ドットも、八十雄が使徒であることを聞いても、『へー』の一言で済ませた。
ドットも、ランゴバルドからここまで流れて来た経緯を簡潔に説明した。八十雄も、ドットが実は200歳を超える高齢であることや、魔導師ギルドや魔道具ギルドの創始者であることに、16歳の時の魔導事故で時間が止まってしまったことを知った時、『大変だったな』の言葉しか口から出なかった。
一番盛り上がったのは、人払い結界をどうやって通り抜けたのか、ということだった。そもそも、八十雄やバルチに結界を通った認識はなかったので、理由を聞かれても答えることはできないのだが。
「う~ん、元々、猫は自由に出入りできる結界だったからバルチちゃんが通れても不思議はないけど、八十雄はなぜ通れたんだろう」
「もしかしたら、俺の特殊体質が原因かもな。俺には魔力がこれっぽっちもねえ。だから俺自体にかける状態変化系の魔法は一切効果がないらしいぜ」
「……それは盲点だった。確かに結界は特定の場所を中心にかけるものだが、除外対象となるのは魔力を帯びた物だ。たとえ人といえど魔力がなければ結界は効かない。それならば理屈に適う」
うんうんと何度か頷いたドットは、床に落ちていた紙片を拾うと物凄い勢いで書き込んでいく。ブツブツ言いながら進める作業を八十雄は黙って見守っていた。
カップのお茶が冷める頃、ドットは紙片から満足そうに顔を上げた。
「いやー、すまない。客を放っておいて熱中してしまった。どうしても気になることだったので」
「ん? ああ、そんな事は別にいいさ。俺もこの猫ちゃんたちと遊びながら待ってたし」
バルチの座る一角は猫の王国と化していた。全ての猫がまったりとした空気を醸し出している。バルチは猫の一匹一匹に声をかけながら体を撫で擦っていた。とたんに猫たちは腰砕けになり、八十雄が触っても反応しないくらいに脱力しきっている。
「……バルチちゃんって凄いね。俺が触ろうとしたらいつも引っかかれるのに」
「んー? この子たちが触って欲しい所を優しくなでてあげれば大丈夫だよ。バルチ、全然凄くないよ」
そう言う間にも猫たちは次々にノックダウンされていく。
「俺も触っても大丈夫かな?」
「そうだねー、この子なら優しく触ってあげれば大丈夫かも」
バルチが指し示したのは、グレー系の体毛をした雄猫だった。バルチに触られる前からリラックスした雰囲気だ。
「この子はね、首の後ろから背中にかけて優しくなでてあげると喜ぶよ」
「うん。バルチちゃんの言うとおりにやってみるね」
おずおずとドットは雄猫の首周りを撫でていく。いつもならここで爪で引っかかれるか、逃げられてしまうのだが……。
「おお、触れる。俺でも触れてる」
バルチの言うとおり首筋あたりを優しくなでてあげたら、雄猫は気持ち良さそうにしていた。久々の感覚にドットの目尻も下がりっぱなしだ。
「相手の気持ちを考えないとダメなんだよ。相手の嫌がることをやったら、怒られるとバルチは思うな」
「いやーバルチちゃん、本当にありがとう。これからは猫の気持ちを考えて、嫌がられないように気をつけるよ」
3階以上にある農園や畑から収穫したての野菜や果物で食事を作り、3人で仲良く食べていた。収穫はドットが遠隔操作人形で行い、料理は八十雄が担当した。ドットの料理は『焼く』か『煮る』しかないため、見かねた八十雄が調理を申し出たのだ。
流石は魔道具ギルド創設者だけあり、調理用の魔道具は何でも揃っていた。食材は米もあったので、久しぶりに炒飯を作ってみた。
ドットにお礼を言われたバルチは返事もままならないくらい、チャーハンにがっついている。お行儀がいいとは言えないが、その方が子供らしくて好ましいと八十雄は思っている。
「そうそう、これは僕の勘だけどさ、バルチちゃんと八十雄って、結構凄いギフト持ってない?」
「ん、どうしてだ?」
ドットの言葉に反応したのは八十雄だ。箸を置いてドットの次の言葉を待つ。
「ランゴバルドにいた頃、魔法だけじゃなくてギフトについても研究してたんだ。そこで得た答えが、ギフトは人々の願いが形になったんじゃないかってことさ。
八十雄は使徒で、バルチちゃんは今は滅多に見なくなったナシュ種だろ? だったら強力なギフトの1つでも持ってるんじゃないかと思ったんだ」
「確かに、俺は使徒になった時に貰った2個のギフトも含めて、合計4個のギフトを持ってる。バルチは1個のギフトしか持ってないが、その1個が滅茶苦茶に強力な総合ギフトって話だ」
ドットは箸をタクトのように振りながら何度も頷いている。ドットは箸の扱いにも長けていた。
「八十雄の場合は【使徒】って存在に対するこの世界の住人のさ、憧れが集まって形作ったんだと思うよ。
ナシュ種って大飢饉で壊滅的なダメージを受けたのは知ってるよね? バルチちゃんのギフトには、倒れていった同族たちの思いが込められているはずさ。この子を助けて欲しい、助けになりたいって、そういう強い想いが」
話が難しかったのか、バルチはいつもの「ん~?」と言う顔をしている。八十雄が帽子を脱いでいるその頭を優しく撫でると、再び炒飯を食べ始めた。
「ランゴバルトの王族に【神託】が発現しやすいのもそうしたことからさ。黙っていたって国民の関心が集まるんだから。だから特定のギフトが出やすい家系とか、僕は疑わしいって思っている。
ギフトは人々の願いが集まった奇跡の結晶なのさ。証明のしようがないもんで確証はないけど、確信はあるよ」
塔の入り口に立つ八十雄たちであったが、当初の予定よりずいぶん長居してしまった。塔に入る前は頭上から降り注いでいた陽光が、今は随分傾いている。これは次の村まで急がないと、夕方までに到着するのは難しいかもしれない。
「突然お邪魔したのに飯まで貰っちゃって悪かったな」
「ご飯、ありがとう」
バルチは頭にお気に入りの帽子を被っており、モモも隣で待っている。
「いやこちらこそ。美味しい料理を作ってもらってこっちこそ助かった。僕はいつでもこの塔にいるから、2人ならいつでも歓迎するよ」
見送りに来てくれたドットも少し寂しそうだ。その足元にはたくさんの猫たちの姿も見える。
「ところでドットは今、何の研究をしてるの?」
「今やってるのは、遠い所と話すことができる魔道具を作っているんだ。声を遠くまで飛ばす方法が思いつかなくて、ちょっと苦戦しているけどね」
「ふーん、そうか。まあ頑張れよ。俺が昔住んでいた世界にはそう言う機械もあったけどな。電気がない世界だからこっちじゃ使えないけど」
何気ない一言にドットは食ついた。
「それってどういう仕組みになっていたんだい?」
「うーん、俺も技師じゃないから詳しい説明はできないけど、電波ってやつにデータを乗せて送ってたみたいだ」
「電波って?」
「詳しくは分からないけど、電気の波のことじゃないかなぁ。波に音を乗せて遠くまで送るってイメージだ」
波、波、とドットはブツブツ呟き出した。長い1人暮らしで、声を出しながら考え事をするのが癖になっているようだ。
「八十雄、ありがとう。凄いヒントをもらったみたいだ。感謝するよ」
「なに、たいしたことじゃないさ。それじゃ、そろそろ行くよ。ほら、バルチも」
八十雄に声をかけられて猫と戯れていたバルチも立ち上がった。
「バルチ、もう行かないといけないから。猫さんたちも元気でねー」
この数日後、ドットは魔導通信機を完成させる。八十雄のヒントをもらった彼は、大気中に漂う魔力を使い波のように音を伝えさせる方法を開発したのだ。
惜しむらくは、皇国からの帰りに再び立ち寄った八十雄に通信機を渡すまで引きこもりであったドットには、話をするような相手はいなかったことだろう。
そのため、ドットと会話をするのは八十雄とバルチ、それにアルヴェしかいなかったのだが、自分の欲求を満たせただけでドットは満足であった。
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