040_山間の村
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
八十雄が夜なべして作った帽子はバルチのお気に入りになっていた。
今では寝る時も含めて、常に頭に被っている。朝食後、八十雄がバルチにブラッシングをかけてあげても、すぐに帽子を被ってしまう。そこまで気に入ってくれるのならば、作った甲斐があるというもの。次は手袋でも作ってあげようかと考える八十雄であった。
八十雄たちが目指しているのは山間部にある小さな町だ。元は皇国の最前線の基地があった場所で、今は国境監視所の役割も兼ねているらしい。
この町については王国の冒険者から教えてもらっていた。今進んでいるこの道を、まっすく進めば着くらしい。
シーリーからは、危険危険と耳にたこが出来るほど言われていた旅程だが、八十雄たちにとっては至って快適な旅だった。
自然の中を歩くのは開放的で楽しかったし、獲物になる動物もたくさんいたし、灰色狼を始めとする危険な生物も八十雄とバルチの敵ではなかった。
高地だけあり朝夕はよく冷え込んだが、焚き火を囲み体をくっつけて寝れば十分暖かかった。
何より身内だけの久しぶりの旅で、八十雄とバルチは十分リフレッシュすることができた。
白竜山脈に入って3日目の昼、とくにトラブルもなく目的の町【千頭】に到着した。両脇に山肌が迫る谷あいの小さな町で、狭いエリアに民家が密集している。
そして、八十雄にとって懐かしくも心を震わす光景がそこには広がっていた。
「黄金の国ジパング……」
八十雄の前に黄金の波が揺れていた。それは段々畑に実った、重い頭を垂れている稲穂だった。
八十雄は焦る気持ちを抑えつつ、門番にギルドガードを提出し入場料を支払って千頭の中に入って行った。
モモを連れたままでは町の中を歩けないので、門番に聞いていた馬を預かってくれる宿屋で宿泊手続きを取り、先にモモを預けてから町の中に飛び出した。
八十雄とバルチは道中で狩った狼の毛皮を売り払うために、肩に担いで歩いていた。バルチは一生懸命毛皮を高く持ち上げているが、元が小柄なため狼の尻尾が地面と擦りそうになっている。
八十雄とバルチはこの大荷物を売り払うため、最初の目的地をギルド会館とした。まずはそこで毛皮を買い取ってくれるギルドの紹介を受けるつもりだった。
バルチの狩ってきた灰色狼の毛皮は思っていたより高額で引き取ってくれた。刃物で仕留めた毛皮と違い、ほとんど無傷だったのが高く売れた要因だった。
毛皮を売り重くなった財布を抱え、八十雄とバルチは会館に隣接した食堂に入っていく。
「じーじ、今日のご飯はたのしみだなぁ。久しぶりにお米が食えるかも」
「おこめ?」
バルチは初めて聞く名に首をかしげている。
「そうだぞー、じーじの故郷でよく食べられている食べ物だ。おこめだけだとあまり味はしないけど、おいしいんだぞ?」
「……んー、味がしないのに美味しいの? バルチ、わかんないかも」
うんうん唸っているバルチの頭を撫でながら食堂に入ると、昼過ぎだけあって店内はかなり込み合っていた。
店内を見渡しても空いている席が見当たらず、入り口付近で立っていた八十雄たちのそばに女性の店員が近寄ってきた。
「すみません、ちょっと混んでいまして。相席でもよろしいですか?」
「ああ、俺たちはそれでも良いけど、相手の方はどうなんだい?」
そう言いながら八十雄はバルチを抱き寄せた。女性の店員はバルチを見ても、
「ええ、全然かまいませんよ。相手はこの店の常連ですし、なにより人間種ではありませんから」
八十雄たちが通されたテーブルには、がっちりとした背の低いおっちゃんが1人で座っていた。真昼間からテーブルの上にはエールが注がれたジョッキが置かれ、それ以外にも肉料理や川魚、それに、
「おぉぉっ、白飯だっ!」
どんぶりにこんもりと盛られた白米を発見し、興奮が隠せない八十雄。誰とも知れないおっちゃんが頼んだどんぶり飯を天に掲げ絶叫していた。
「変わった兄ちゃんだなぁ。よぅよぅ」
ずんぐりむっくりで髭を生やしたおっちゃんは、笑いながらエールを飲んでいる。
「とりあえず座って何か頼んだらどうだ? ここの飯はよう、結構いけるぞ」
「……悪い。久しぶりの銀シャリについ興奮した。俺は出崎八十雄、八十雄と呼んでくれ。こっちはバルチ、かわいいだろ?」
「こんにちは、バルチです」
「おぅおぅ、俺はゴグレグ。見ての通りドワーフの何でも屋だ」
テンションが上がりすぎて感情の箍が外れた八十雄は、重い財布の援護射撃もあり、次から次へと料理を頼んでいった。
いつもと調子が違う八十雄にバルチも目をパチパチさせていた。いつもであれば外で食事を取る時は、バルチが好きなメニューを選んでそれを2人で仲良く食べるのだが、今日はいつもと様子が違っていた。
積極的に料理を選んでいる八十雄は、それをおかずにどんぶり飯をかっ込んでいる。驚いて箸の止まっているバルチの前で、八十雄は空のどんぶりを積み重ねていった。
「あー、うめぇ。やっぱ日本人は米だなっ」
一段落ついた八十雄は一旦どんぶりを置くと、出されていたお茶を一口すすった。烏龍茶にも似た渋めのお茶にほっこりし、最後はお茶漬けでしめようと心に決める。
心にゆとりができた八十雄がバルチに目を向けると、思ったよりも箸は進んでいなかった。初めて見る白米に躊躇しているのか、あまり見たことがない顔をしていた。
「じーじ、このご飯、あんまり味がしないねぇ」
バルチ的には米に味がしないことが箸の進まない原因のようだ。
「おぅおぅ、猫のじょうちゃん。皇国に来るのは初めてか? 王国や公国じゃ米なんか食わないしな」
ガッハッハッと酔っ払ったゴグレグがバルチからどんぶりを奪い取ると、白米の上に焼いた肉やら魚やらをドンドン乗せていく。
「ほれほれ、こいつをな、飯ごとがっつくわけよ。そしたら米の本当の味が分かるってもんだ」
「……うん」
余り気乗りしないバルチは、おずおずとどんぶりに箸をつけた。意を決して、一口ぱくり。とたんにバルチの目が輝き出し、ハグハグと食べ始める。
「この国のおかずはちょっと味が濃いけどよ、米と合わせて食うとちょうどいい塩梅なんだ、てもう聞いとらんか」
それ以来、バルチは白米を食べる時は必ずおかずをご飯の上に乗せてから食べるようになる。
「なあゴグレグさんっていったかい? 何でも屋ってことだけど、どんなことをしてんだい?」
お茶のお代わりをもらい、バルチのために山鳥の丸焼きを追加しながら、八十雄は話しかけた。
「おぅおぅ、何でも屋ったら何でもやるからそう言うんだぞ。武具の手入れから鍋の修理まで何でもござれだ」
八十雄の持つ知識の中のドワーフは、寡黙でプライドが高いはずなのに、目の前のドワーフはどうやら規格外のようだ。
「例えば、猫のじょうちゃんが持ってるそのハンマーな、それはいい武器だ。いい武器だがいけねえ。いけねぇなあ、その武器は」
「んっ!」
今まで夢中になってご飯を食べていたバルチがどんぶりと箸をテーブルに置いた。ほっぺたをぷくっと膨らませ、いかにもご不満な様子。
「じーじが作ってくれたハンマーに文句言わないでっ」
バルチは手を振り上げ怒っている。だが、八十雄も薄々だがバルチの武器が限界を向かえつつあることに気付いていた。
このハンマーは神護の森でバルチが4歳の頃から使っている物で、使い始めてからすでに4年以上の月日がたっていた。作った当時と比べて、バルチの身長や体重、それに力も大きく成長していた。
プリプリしているバルチを膝に乗せ、八十雄はギュッと抱きしめた。むー、と不満げだかどうにか矛を収めたバルチ。
「それは俺も感じていたんだ。バルチにはもっといい、今の力に合った武器があるんじゃないかってな。
でも、見てわかるとおりこの子が他の武器を使いたがらねぇ。無理して他の武器を使わせても意味が無ねえし、な」
「そこでこのゴグレグさんの出番ってわけだ。不器用な俺だって武器の調整ぐらいはできる。2つのハンマーで3日もあればばっちり調整してやるぞ」
八十雄は初めて顔を合わせたばかりのゴグレグの言葉を信用した。ゴグレグの職人としての手と、バルチをみつめる優しい眼差しを信じてみようと思った。
同じ職人として、手は決して嘘をつかない事を八十雄は知っていたからだ。
その後、ハンマーを他人に触られることに抵抗があるバルチの説得は難航したが、八十雄が何とか口説き落とし、ハンマーの調整許可を貰うことができた。
八十雄がゴグレグに支払う報酬は、工期3日間分の宿泊代と飯代だけで、工賃は受け取らなかった。ゴグレグはその理由を、「いい武器を見せてもらった礼だ」と言って謝礼も一切受け取らなかった。
それ以外に八十雄が支払ったのは、手直しに必要な材料費と燃料費、それに鍛冶場のレンタル代だが、これも思ったより安くすんだ。
炭や鉱石の原材料が近くの山から手に入るためか燃料費と材料費が相場よりかなり安かったのと、鍛冶場もゴグレグの伝で安く借りることができたからだ。
バルチはハンマーを触られることに未だ不満げで気にいらない様子だったが、ゴグレグはそれを気にすることもなく、バルチの腕や足、背中や首をモギュモギュ触っては、なにか頷きながら槌を振るう。
八十雄はバルチの眉間にできたしわを指で揉んだり、甘い果物の乾物を口の中に放り込んだりしてみたが、バルチは険しい顔でゴグレグの側から決して離れない。それでも文句を言わないのは、バルチなりに何か感じることがあるのだろうか。
1日の作業が終わった後は3人で一緒に風呂に入り、その後にいつもの食堂でご飯を食べる。その時バルチは、お気に入りになっているたれをつけて焼いた鶏肉料理をどんぶり飯にのせ、それをガツガツ食べるのだが、その間はハンマーを膝の上に乗せて誰にも触らせない。
それを見ながら八十雄とゴグレグは酒を飲み、お互いに今まで旅した各地の出来事を語り合うのであった。
ちなみに、ゴグレグはドワーフのくせに酒に弱く、ある一定量を超えて酒を飲むとあっという間に酔い潰れてしまう。そのため八十雄は、毎晩ゴグレグを背負って彼が借りている宿屋の一室まで送り届けるのであった。
3日目の夕方、ゴグレグの仕事は完了した。
バルチは調整の終わったハンマーを握りしめ、感触を確かめるように振り回していたが、
「じーじ、バルチちょっと山で試してくるね」
そう言い残すと、1人山の中へ消えていった。
――約30分後、一匹のイノシシを引きずりながらバルチは戻ってきた。非常にご機嫌で、かわいい鼻歌なんかを歌っている。
「じーじっ、ハンマーね、バルチにちょうどいいの。握りやすいし、それにそれにっ」
「おう、そうかそうか。良かったなぁ、バルチ」
よほど嬉しかったのか、腕を振り回しながら話している。
「じーじのハンマーなんだけど、前とちょっとだけ違うんだよ。でも、そのちょっとが凄いんだよ。ドワーフのおじちゃんもありがとう」
「おぅおぅ、いいってことよ。元がじょうちゃんのために作られたいい武器だからよ、いい武器はそんなに手を入れなくても長く使えるってもんだ。なんてったって、生きてる武器だからよ」
この日の晩は、バルチの捕まえたイノシシを食堂に持ち込んで大宴会が開催された。そこでもバルチは嬉しそうにいつまでもハンマーを振り回していた。
宴会はゴグレグがいつもと同じ様に酔い潰れるまで続き、八十雄はゴグレグを宿屋まで運びいつもの部屋に放り込むと、バルチと一緒に床に就いたが、そこでもバルチはハンマーを握ったまま手離さなかった。
翌日、八十雄とバルチが旅立つ朝がやってきた。
モモに荷物を載せ、手綱は八十雄が握っている。バルチはいつもであれば鉈を握っているところが、今日は両手にハンマーを握っていた。
朝早い時間だが、わざわざゴグレグが町外れまで見送りに来てくれた。
「朝早いのに、見送りありがとよ」
ザックを肩に背負った八十雄は、ゴグレグと握手を交わした。マメが何度も潰れて皮が厚くなり、カチカチに硬くなった掌が何故か心地いい。
「おぅおぅ、わしももう少ししたら公国の方に行くつもりだ。また、縁があったら会うこともあるだろうさ」
ゴグレグはバルチの肩にポンと手を置き、
「猫のじょうちゃんや、お前さんは強い。強いがお前さんより強い奴は山ほどいる。それだけ世界は広い。広いってんだ。
だから、わしが手を入れたハンマーが少しでも助けになれば良いんだがよう。まあ、2人で喧嘩なんかしないで仲良くすんだぞ?」
「ドワーフのおじちゃん、バルチ、最初は嫌だったけどハンマー直してもらって良かったよ。ありがとう。
でも、バルチ、じーじとは喧嘩しないよ。ずっと仲良しだよ」
「そうかそうか。余分なこと言っちまったな。そうそう忘れてたが、2年に1度は武器の手直しをしろよ。猫のじょうちゃんはまだまだ体がでかくなるんだからよう、いつまでも体にあわねえ武器を振らせるのはよくねえ。よくねえからよ。
旅が終わったらラントスに帰るって言ってたな? だったら、近くのホール山にわしの身内がいるからよ、そいつを訪ねて行きな。忘れず手直しを受けるんだぞ」
名残は尽きなかったが、後ろ髪を引かれる思いで八十雄とバルチは歩き出した。
目指すは竜泉。三大国最後の1つ、宜子皇国の首都だ。
読んで頂き、ありがとうございました。
2015 2/7 言い回しなどを修正しました。ストーリー的には変更無しです。




