036_女神の国
これからも、八十雄とバルチをよろしくお願いします。
「もも~、もも~、ももももも~♪」
バルチはご機嫌に鼻歌を歌いながら、牝馬にブラッシングをかけている。バルチによって【モモ】と名づけられたこの牝馬は、膝を折って気持ち良さそうに座っていた。
モモは王国軍東部方面軍参謀部に所属するシーリー=ルルーが八十雄たちのために手配した馬だった。乗馬初心者の八十雄のために、シーリーはおとなしく賢いこの牝馬を選んだのだ。
バルチはモモに首っ丈で、食事から糞の世話まで進んでおこなっていた。ルーシーや、傍に控えている王国兵士たちはそのような雑事をバルチに行わせる事に強い抵抗があったようだが、八十雄が好きにさせて欲しいとお願いしたのだ。
「ももー、かゆい所はないかなー? 気持ち良いかなー」
ブラッシングを終え鞍を外した状態のモモにピッタリ張り付くバルチ。モモはゆっくり膝を立てるとバルチを乗せたままトコトコ歩き出す。バルチも幸せそうにしている。
(バルチにも友達ができて良かったなぁ。でも、じーじちょっとだけ寂しいかも……)
移動時はモモに八十雄がまたがり、バルチは八十雄に抱えられるようにして手綱を掴んでいた。行軍速度はゆっくりで体重も軽い2人だから馬体にかける負担も少ない。2人の荷物も他の王国軍兵士が運んでくれていた。
旅は順調。ただ、問題は別の所にある。
「使徒様ぁっ!! バルチ様ぁっ!!!」
「ランゴバルト王国に栄光あれっ!」
「「「うぉぉ~」」」
「……」
どんな小さな町だろうと、例外なく凄まじい歓声に包まれる。道路脇には町中の全市民が待ち構えているような有様。
その真ん中をモモに乗った八十雄は進む。周囲を護衛の兵士に囲まれて。事前に女神信仰の深い国とは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
試しに、右手を振ってみると、
「「「うぉぉ~」」」
「……」
今度は、左手を振ったら、
「「「わあぁぁ~」」」
「……」
「バルチ、バルチ、ちょっと手を振ってみて」
「ん?」
バルチがピラピラと小さく手を振ると、
「キャ~~ッ! バルチ様ぁっ!!!」
「っ!?」
余りの反響の大きさに、手を振っていたバルチも驚きで固まっている。すべてが万事このありさまで、落ち着いてトイレにも行けない。宿泊施設もその町で一番の宿屋を丸ごと借り切ったり、風呂場では浴場の周りを兵士で垣根ができるほどの厳重警戒だ。
「じーじぃ、落ち着かないねぇ」
いつもならば完全リラックスタイムのお風呂のはずが、垣根の向こうに無数の人の気配を感じては落ち着くことなどできない。鋭敏な感覚を持つバルチならなおさらだ。
「そうだなぁ。もっとのんびりしたいよねぇ」
「だよねぇ」
頭からずり落ちたバルチのタオルを絞ってから、もう一度乗せてあげた。これ以上ストレスが貯まってバルチが円形脱毛症にでもなったら目も当てられない。
まったく悪意がないのがわかっている分、文句も言いにくい。
「まあ、今夜はゆっくり休んで明日も元気に行こうな。モモもいるし」
「うん。明日も頑張ろー」
おれたちは王都を目指して進む。1000騎もの護衛に囲まれたまま。そして、対向から接近してくる集団でもいようものなら……。
「第一小隊、先行し前方集団の確認急げっ!」
「「「はっ!」」」
……そらきた。中隊長と呼ばれたこのおっさんは妙に気合が入りすぎてて、ちょっと暑苦しい。それに答える部下たちも張り切りすぎだろ。
「中隊長、報告しますっ!
対象は交易商人のキャラバン、護衛込みで総員13名。危険性は低いと思われますが、念のため、第一から第三分隊を貼り付けてあります」
「報告ご苦労。これからも警戒を密にせよ」
「はっ!」
これが2、3人の農夫が相手だろうと毎回やられるわけで、それに付き合う俺たちの身にもなって欲しい。恥ずかしすぎる。
授業参観日のガキじゃあるまいし、まったく、はしゃぎすぎだ。
「使徒様、一旦ここで昼食にしましょう。テントを張りますので、少々お待ち下さい」
シーリー=ルルーが馬を寄せながら声をかけてきた。
「ああ、分かった。バルチ、休憩だって」
「はーい」
先にモモから下りて、バルチの体を掴んで地面に降ろしてあげる。バルチは飛ぶような勢いでモモ用の水と塩を用意しにいった。
「食事の準備を始めますが、ご希望のメニューはございますか?」
「なあ、シーリー。昼飯は俺達で作るからさ、まあ見ててよ」
「え、しかし……」
「いいから、いいから」
何か言いたそうにしているシーリーの背中を押し、近くの木陰に下がらせた。モモの世話が終わればバルチも戻ってくるだろうし、できることを今のうちに進めておくか。
まずは手ごろな石を拾い集め、慣れた手つきでかまどを作っていく。護衛の兵士が心配そうにこちらの様子を眺めているが、危険のまったくない土遊びの何が心配なのか、さっぱり分からん。
「ただいまー、あー、今日はじーじがご飯作るの?」
「そうだぞー。そして、バルチ中尉には、特別任務があります」
「おー」
直立不動になったバルチがワクワクした眼差しを向けてきた。
「街道脇の草原で獲物を捕まえてくること。制限時間は20分」
「うーん、バルチ、ちょっと本気出してもいい?」
……バルチさん、本気ってどういうことですか?
「……ちょっとだけね」
「はーい」
素手で飛び出したバルチは、草原の中に飛び込むとすぐに姿が見えなくなった。この【任務ゲーム】で、バルチが目標を達成できなかったことはない。必ず獲物を取ってくるはずだ。
護衛の兵士たちも慌てて追いかけるが、そこら一帯に生えている草より背丈が低いバルチを見つけるのは困難だろう。まあ、見つけたとしてもバルチのすばっしっこさに、初見じゃ絶対ついていけない。ビビルがいい。
その間にまきでも拾いに行くかな。俺は自分の荷物から取り出した鍋をかまどに置くと、まきを拾い集めに向かう。
視線の先には、バルチに翻弄される兵士がオロオロしていて哀れとしか言いようがない。
それを横目にまきを拾い集めたおれは、鍋に分けてもらった水を張るとかまどに火をつけた。
鍋には買っておいた野菜を一口大に切って投入していく。野菜が煮えて柔らかくなるのを待ちながら、火にかけた別のフライパンに小麦粉と牛乳を少しずつ入れ、とろみが出るまでじっくりかき混ぜる。
(ここで手を抜くと美味くならないんだよね~)
スプーンでゆっくりじっくりフライパンを混ぜているのを、ルーシーが心配そうに眺めている。どうも声をかけたくてもかけられないような、そんな雰囲気。
さて、そろそろ小さなハンターが帰還する時刻だ。
「バルチ、戻ってきたよー」
「お、戻ってきたか」
両手にウサギを捕まえたバルチが泥だらけになって戻ってきた。さてはバルチめ、ウサギの巣穴に突っ込んだな。
「バルチお帰り。ウサギはじーじが料理しておくから、顔を洗ってきな」
「はーい」
ピュンと駆けて行くバルチから受け取った2羽のウサギをチャチャッとばらす。毛皮は色々と加工できるので丁寧に処理しよう。雑に扱ったらこのウサギにも失礼だしな。今度、バルチに帽子でも作ってやるか。
ウサギは串を刺し焼いていく。その頃になって、ようやくバルチが戻ってきた。
「バルチ、顔を洗ったら戻ってこようとしたんだけど、服とか用意されてたから着替えてきた」
「そうか、そうか。こっちももう少しでできるからな」
おそらくシーリー辺りが気を使ったんだろう。軽く手を挙げて謝意を示しておいた。
フライパンのホワイトソースを鍋に入れ、ゆっくりとかき混ぜる。焼いているウサギ肉からしたたり落ちる油も残さず鍋に入れるのがコツだ。バルチの視線がウサギ肉についてくるのがかわいい。
ほれ、こうして串を動かすと、
「……う、……はぅ」
俺の左の太ももに置かれたバルチの両手に力が入る。身を乗り出しすぎて鍋に飛び込みそうになってることに、バルチは気づいていないな。
キュルキュル鳴るお腹の音をBGMに、焼きあがったウサギ肉の半分を食べやすい大きさに切って鍋に投入。軽く混ぜたら八十雄特製のサバイバルシチューの完成だ。
「よーし完成だ。バルチ、お皿を……」
「はいっ!」
そこには満面の笑顔で皿を差し出すバルチがいた。
「すみません、使徒様。私までご馳走になってしまって……」
「いいって、いいって。余っちゃったらもったいないし」
シーリーにもシチューを進めながら、軍から分けてもらったパンを塊でバルチに渡す。
まあ、バルチがいる時点で余ることはないんだけどな。相変わらずうちのバルチさんは良く食べるのだ。もう何杯めかのお代わりを受け取ったバルチに、シチューに入れないで取っておいたウサギ肉も串ごと追加で渡す。
「じーじ、ありがとっ」
「おう。元はバルチが捕まえたウサギだしな。バルチはちっこいから、もっと食え食え。そしておっきくなれよー」
はーい、と返事をしながら食べ始めるバルチ。量を食べる割には口が小さいので、チョコチョコ食べている姿は見ているだけで癒される。
「飯ってのはな、みんなで食うから良いんだ。お客様扱いされても、ちっとも美味くないんだぜ。
なあ、シーリーさんよ。俺たちをお客様じゃなくて一緒に旅をする仲間にしちゃくれないかい?」
「それは……」
シーリーは深く考え込んでいる。視線を沈め、食事を続けるバルチのことも見ていた。
「いや、無理でしょう。使徒様。ご自分の立場をご理解下さい」
「……そ、そうですか」
結局、王都に付くまで八十雄たちのVIP待遇は変わらなかったが、多少、警護体制が緩やかになったのは、ルーシーも何か感じ入るものがあったからかもしれない。
何はともあれ、12日に及ぶ旅をこなし八十雄たちはこの世界一の大都市、ザナックスに到着したのだった。
読んで頂き、ありがとうございました。




