035_国境
ランゴバルト編、開始となります。
「将軍っ! 公国軍に奇妙な動きがあります」
伝令兵の報告に私は腰を上げた。ここはランゴバルト王国東部国境。公国軍との最前線だ。
私が率いる王国軍東部方面軍は総勢4万。今はそれにラントス方面軍から回されてきた兵士を加え、約6万もの軍勢に膨れ上がっていた。
対する公国軍は2万から多く見積もっても3万程度。国境線に複数の要塞を作り、我らに備えている。
まあ、屈強な王国軍兵士にとってあんな小さい要塞群など敵ではない。一度戦が始まれば、たちどころに蹴散らす自信はある。
しかし、本国には何度も公国侵攻作戦の概要書を送っているのに、未だに返事は来なかった。本国より公国撃滅の指令があれば、すぐにでも攻め滅ぼしてくれるものを……。
小生意気にも、今まで亀のように閉じこもっておとなしくしていた公国軍に動きがあるという。私は副官と参謀を引き連れ、境界線へと急いだ。
俺は、この時代の馬車を完全に舐めていた。
道路は未舗装。サスペンション? 何それ、みたいなこの世界で、4頭引きの馬車で旅をするのがいかに過酷かその身で知った。隣りでケロッとしているバルチと対称的に、俺の顔は青ざめ、脂汗がにじんでいるはずだ。
ラグナスからここまでの馬車の旅は地獄だった。
馬車初日から後悔が始まり、3日目には泣きが入った。5日を越えた辺りからは、懺悔の言葉を心で祈り続けていた。日本時代の乗り物を体で知っているだけに、比べてはいけないと思いながらも、ついつい比較してしまう。
尻は絶えず襲ってくる振動のせいで、座席と擦れ真っ赤に晴れ上がり痛くてしょうがない。
軽い気持ちでラギオスに「馬車で国境まで送ってくんない?」なんて言うんじゃなかった。
「出崎様、間もなく王国との国境に到着します。危険ですから、お気をつけください」
「おう」
ここから開放してくれるのなら、今なら悪魔にでも魂を売り渡しそうだ。
「じーじ、馬車はもう終わりなのかな。残念だねー」
「流石はバルチさん。半端ねぇ」
「んー?」
柵の前には不測の事態に備え多くの兵士が集まっている。その視線の先には100名程度の騎兵に護衛された一台の豪華な馬車があった。
裏切り者のラギオスは常に馬で移動するため、馬車を使うことはない。では、アリシールドの家紋が刻まれているあの馬車には、一体、誰が乗っているのか。
いぶかしむ我々の前に近寄ってくる一騎の騎兵がいた。三角の白いのぼり旗をつけた公国軍の伝令兵だ。ちなみに我ら王国軍の伝令兵は、赤い三角の旗をつけている。
公国の伝令兵は柵の間際まで近づくと、大声を張り上げた。
「これより、女神アルヴェ様の使徒である出崎八十雄殿と、その愛娘バルチ殿が王国領に入られる。丁重に遇せよ」
一瞬にしてざわめき始める兵士たち。王国にとって使徒の持つ影響力は、国主たるアレクシオ陛下を凌駕する。
「シーリー、今の言葉はどうだ?」
「将軍、先ほどの伝令の言葉に嘘はございませんでした」
参謀部に所属するシーリーが緊張しながら答えた。【判定】持ちである彼女の言葉に間違いはない。
固唾を呑んで見守る我らの前で、馬車から使徒様とバルチ様が姿を現した。
これが、ランゴバルト王国東部方面軍軍団長マリス=ハルベルトと、女神様の使徒である出崎様との最初の出会いだった。
半日ぶりに足をつけた固い大地に、それだけで俺は涙を流しそうになった。何と言うか「俺は生きてるぞおぉっ!!!」と無性に叫びたい。
感動に打ち震えている俺の前では、バルチが馬車をここまで引いてくれた馬たちに「ありがとね」「また会おうね」と、一頭一頭、声をかけながら体をさすっている。馬たちも嬉しそうに尻尾を振っていた。
「助かったよ。余分な仕事を増やして悪かったな」
「いえ、こちらこそ、使徒様の護衛という名誉ある任務につけて光栄です」
ここまで護衛をしてくれた隊長と握手を交わし、戻ってきたバルチの手を握った。
「そうそう、王様から連絡があったと思うけどよ、何があっても絶対に王国に攻め込まないように、ここの兵士にも徹底しといてくれよ」
「了解しました。出崎殿もお気をつけて」
整列した100名の騎士たちからなる敬礼を背中に受けながら、八十雄とバルチは歩き出した。視界には高さ2メートルほどの柵が横一列に伸びている。入り口や切れ目も見当たらなかったので、バルチは柵の隙間を小さな体ですり抜けて、八十雄はよじ登ることにした。
荷物が満載のザックが邪魔だったので、柵をすり抜けたバルチめがけて山なりに放り投げる。
「あぁっ!」
「お?」
何故か、柵の向こうで待ち構えている王国軍兵士から悲鳴に近い声が聞こえてきた。
んー? と、不思議そうな顔をしているバルチは、八十雄の投げたザックを見事に受け止めた。8歳とは思えないほど小柄なバルチではあるが、実はかなりの力持ちである。
「あれ、なんだろ」
「バルチ、分からないかも」
八十雄も柵に取り付くとガシガシと乗り越えていく。50歳になってはいたが、体力的には30代の頃とそん色なかった。調子に乗った八十雄は柵の頂上に立つと、そこから一気に飛び降りた。着地の瞬間、上手く衝撃を殺し、くるっと前転しながら立ち上がった。またもや悲鳴が聞こえてきたような気がするが、面倒臭いので無視する。
「バルチ、じーじもまだまだ若いだろ?」
「じーじも馬車を降りたら元気になったね~」
「……」
しっかりと馬車でのやられっぷりをバルチに見られていたようだ。若干顔を赤らめながら、八十雄はバルチから受け取ったザックを背負い、いつものようにバルチと手をつなぎ、王国軍兵士のいる方向に歩き出した。
兵士1人1人の顔が確認できるほどに近づくと、武器を投げ捨て拝みだす兵士が続出した。また、多くの者が涙を流している。
「じーじ、兵隊さんたち、お腹が痛いのかな」
「……うーん、ちょっと違うかもしれないなあ」
不思議そうな顔をするバルチの手を引きながら、なおも足を進める八十雄の前に、数名の兵士が進み出るといきなり膝をついた。
「使徒様、ようこそランゴバルト王国へおいで下さいました」
口上を述べたのは先頭の大柄な男だった。身なりやマントから、かなりの地位にいることが推測できる。
「俺は出崎八十雄、こっちの可愛いのが娘のバルチ。堅苦しい言葉使いは止めて立ってくれ。ほれ、バルチもあいさつ」
「バルチです。こんにちは」
八十雄の体にくっついてあいさつをするバルチ。大勢の男の人がいる場所はちょっと苦手みたいだ。
「私は、ランゴバルト王国東部方面軍司令官のマリス=ハルベルトと申します。ご用命がございましたら、何でもおっしゃって下さい」
立ち上がったマリスは身長2メートルを超える巨漢だった。平均的な日本人である八十雄と比べても頭1つ大きい。体の厚さや重量感も凄かった。小柄なバルチも目を丸くしてマリスのことを見上げている。
「それじゃ、お言葉に甘えて。俺たちをランゴバルトの王様に会わせて欲しいんだけど、お願いしてもいいかい?」
「了解しました。第一一一中隊は出崎様の護衛にあたれ。王都までの全ての都市に早馬も忘れるなよ」
きびきびと命令を出していくマリス。
「ルーシーは馬車を用意し、王都まで出崎様に同行しろ。よいな」
「はっ」
「ちょっ!?」
「じーじ、また馬車に乗れるのっ!? バルチ、嬉しいかも」
その後八十雄が、「馬車に乗ってたら王国の民の顔が見れないから」とか「大勢に声をかけたいから」と、必死に理由を考えて移動手段を馬車から乗馬に変えてもらった。マリスを含む多くの王国軍兵士は八十雄の慈愛の心に感激していたが、八十雄にもどうしても譲れない事はある。
馬車を楽しみにしていたバルチであったが、直接馬に乗れることが分かると飛び上がって喜んだ。冒険者養成学校で乗馬の技術を学んでおいて良かったと、心から感謝している八十雄であった。
第一一一中隊とは、第一連隊第一大隊第一中隊の略です。
読んで頂き、ありがとうございました。




