024_戦士の儀式 -2-
何とかこの回でまとめたかったのですが、ダメでした。
もうちょっとだけ続きます。
ゴトスは地面に刺した短槍の上に両手を置いて、装備の確認をしている白き猫人を見ていた。
バルチの強さは猫人族の集落でも異彩を放っていた。ゴトスが戦士の儀式を達成したのは、11歳の時。それでも、当時はかなりの騒ぎとなったものだ。長老様は別格として、ほとんどの猫人族は15歳前後で戦士の儀式を受けている。
誰を儀式に参加させるかは、年に一度、族長のテントに戦士が集まり話し合いが行われ、最終的に長老が決める。
ゴトスはバルチが儀式を受けるには早すぎると判断していたが、長老は受けさせると決断した。居並ぶ戦士たちからもどよめきが上がった。
バルチが優れた素質を持っていることは、集落中の戦士が認めるところだ。俊敏さ、膂力、判断力も悪くない。しかし、体はまだ小さく、思わぬ怪我をする可能性も高い。武器の小型のハンマーは小動物には有効だが、皮下脂肪が厚く骨が太いギギに通用するとは思えない。
居並ぶ戦士たちに動揺が広がる中、平然を装っているのはアリスたちの家族だけだ。長老の決定に異を唱える者はいないが、隣り合う者とささやき合う声はいつまでも消えない。
『戦士にとって不可欠なものは……』
突然、滔々(とうとう)と語り出した長老の言葉に、水を打ったようにテントの中は静まりかえる。
『力、足、頭、他にも沢山ある。時には運も必要じゃ。
じゃがな、しんに必要なのはそんなもんじゃない。
戦士を目指す者にとって、いや、戦士にとってもっとも大切なのは……』
その時、たき火の傍らに座っていたバルチが急に立ち上がった。ぴんっと立ち上がった耳がしきりに動いている。ゴトスも耳を澄ませば、かすかに草木を踏む足が聞こえてきた。
次第に近づいてくる巨大な獣。立派な角が木々の間から覗いている。
(デカイ。6メートル近くあるぞ)
現れたのは立派な体躯のギギだった。めったに見かけないほどの巨体のギギは、こちらに逃げる様子がないのを良いことに、ゆっくりと近づいてくる。
「グゥゥゥオオォォォッ!!!!」
ゴトスたちの前方5メートルまで近づくと、突然、後ろ足で立ち上がり4本の腕を大きく広げ、咆哮を上げた。熟練の戦士であるゴトスですら、この叫び声を聞くと未だに体中の毛が逆立つ。
そのゴトスの前でバルチは駆けた。その小さい体を地面に倒れるほど前傾させ、白い閃光と化し、黒い塊に襲いかかった。
猫人たちの間でギギを狩る場合、長い経験に裏打ちされたセオリーが存在する。ギギの皮膚は硬く皮下脂肪も厚いため、少々の攻撃では倒せない。心臓を槍で突いても数分は動き続けるため、武器を失う可能性が高い胸部への攻撃は避けていた。
ギギは戦闘時に後ろ足で立ち上がるため、頭部への攻撃も簡単には届かない。槍を投げたとしても頭部の大きな角に阻まれる可能性が高い。
そのため猫人族が生み出した戦法は、膝の裏の柔らかい部分を槍で突き、手を地面に着いた状態にさせて、隙を見て弱点である角と角の間や目に攻撃を加えていくのだ。
だがその方法もバルチには使えない。小型のハンマーではいくら膝の後ろを叩いた所で、ギギは膝を着かないだろう。ましてや、弱点の角の間も、小型のハンマーの一撃程度は耐えるだけの分厚い頭蓋骨が守っている。武器のリーチが短く接近戦を挑まざるを得ないバルチがこの戦法を繰り返せば、いつかはギギに捕らえられ致命傷を負う可能性が高い。立ち上がったままのギギに飛び上がって攻撃すれば、4本腕の餌食になる。
ゴトスが注目する中、セオリーのすべてを無視したバルチは、すれ違いざまにギギの膝頭に一撃を入れた。そして時間をおかず、再びギギへ突撃を繰り返す。攻撃も、膝や足首、足の甲に、攻撃のために振り下ろされた肘や手の甲を狙っていた。次第に息が切れ、体全体で息をするようになったが、その体は決して止まらない。
唐突に、長老の言葉が蘇った。
『……戦士にとってもっとも大切なのは、決して負けぬという鋼の意思じゃ。
勝負において勝敗を決めるのは誰じゃ? 敵か、味方か? そうじゃない、自分の心が決めるのじゃ。
敵にかなわず、一敗地にまみれても、心が決して折れなければ立ち上がることもできる。それだけの心の強さを、あの子はもう持っておる』
ずず~っと、お茶を口に含み、集まる視線を確認しながら飲み込む。
『それにあの子は、他の挑戦者とは目指すところが違う。気がついているのは、アリスたちだけのようじゃがな』
『目指すところ、ですか?』
『そうじゃ。お前達も自分が儀式を受けた時の事を思い出してみるがええ。
猫人としての名誉や誇り、そういったものが心の中を占めていたはずじゃ。
偉そうに言うわしもそうじゃった。やっと1人前になれたと、そういう気持ちじゃった』
ゴトスも昔ことを思い出していた。初めてギギを狩った時、ようやく認められた気がした。誇らしく、いつもより胸を張って集落に戻った記憶がある。
『じゃが、あの子にあるのは八十雄に対する思いだけじゃ。
自分が何者にも負けぬほど強くなって、戦士として認められれば、八十雄が安心してくれるのではないか。
何があっても、八十雄のことを自分が守れるようになれるのではないか。
あの子の心の中に、自分のことはこれっぽっちもないはずじゃ』
誰かが鳴らした喉の音が、大きく響く。
『数多い獣人族の中で、何故わしらが人間族にもっとも近いこの場所に居を構えているか覚えておるな? それは猫人族が同族に対する絆がもっとも深いと言われているからじゃ。
人は自分のためなら10の力しか出せなくても、大切な者のためならば、50も100も力を出すことができる。
猫人族が森の覇者と言われる所以じゃ』
13年前のことをゴトスは思い出していた。
自分が子供の時に命を救ってくれた人間族の村があった。その村が、同じ人間族に襲われそうなことを、森の境界線の警戒に当たっていた仲間が教えてくれたのだ。
愛用の槍を掴み、周囲に何も告げず走り出したゴトスに、仲間の戦士たちも何も聞かずに手を貸してくれた。敵の数は多かったが、恐怖の感情は欠片も浮かばなかった。戦闘時もまるで大きな力に守られるように、普段からは考えられないほどの力が沸いて敵を圧倒することができた。すべてが終わった後で、今回はギリギリで間に合ったが、もし、間に合わなかったらと考えただけで膝が震えた。
『じゃからして、あの子は戦士の儀式を受ける資格がある。
まあ、心配はいらん。無理だと思ったら、直ぐに助けを求めるはずじゃ。そして一年間腕を磨き、来年こそはと再び挑戦するじゃろう。
あの子にはゴトス、お前が付け。そして、見届けてこい』
ギギとバルチは一時も止まらず動き続けていた。
ギギは、周囲をウロチョロと動き回るバルチを鬱陶しそうにしている。その動きは攻撃というより、飛び回るハエを追い払う動きに似ていた。しかしその攻撃も、小柄なバルチにとっては致命的な一撃になりかねない。
バルチは全身から汗を流し、息は乱れ、肩で息をしていた。しかし、その深く青い瞳には闘志が燃え、虎視眈々と隙を窺っている。
延々と続いた攻防が、ついに崩れる時が来た。
何十回目かのハンマーがギギの左膝に叩き込まれた瞬間、ゴギリッと、嫌な音を立てながらその巨体が倒れていく。ギギは腕を地面につき、頭から倒れこむのを防ごうとした。ここまでこれば、後は時間をかけて隙を見ながら攻撃を加えていけば問題ない。
だが、またしてもセオリーを無視してバルチは突撃した。それも、ギギの頭を目指し正面から。
バルチに気が付いたギギも左右の上腕で迎え撃つ構えだ。ハンマーでの一撃を耐え、動きの止まった白き獣を捕らえるつもりのようだ。
(まずいっ!)
槍を力強く握り締め、ゴトスはいつでも飛び出せるように体に力を漲らせる。
そんな心配をよそに、最短距離を駆け抜けたバルチは勢いもそのままに、左のバトル・ハンマーをギギの頭に振り降ろした。
ゴギリッと、鈍い音を立てて叩き込まれた一撃を何とか耐え切ったギギの両腕が、バルチに迫る。攻撃の直後で、動きが止まったバルチに攻撃を避けるすべはなく、それを認めたゴトスは全力で駆け出した。
ゆっくりと流れる視界の中で、バルチの右手が素早く動いた。ギギの頭に当てたままの左手のバトル・ハンマーに、右手のバトル・ハンマーが力強く叩き込まれた。ゴトスの目でもはっきりと捉えられない速度で叩き込まれた一撃は、金属同士が衝突する甲高い衝撃音を、辺り一面に振りまいた。
足を止めるゴトスの前で、ギギも動きを止めていた。バルチが後ろに跳び退ると、それを追うようにゆっくりと崩れ落ちた。バルチは一瞬たりとも油断せず敵の様子を窺っていたが、いつまでたってもギギが起き上がらないことを確認し、ゆっくりと離れてからゴトスに顔を向けた。
『見事』
ゴトスの一声で年相応にバルチは笑った。
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