020_祭り
これからも、よろしくお願いします。
「……あれ? バルチ、いつから獣人語を話せるようになったの?」
「猫のおねーしゃんのことばでしょ? バルチ、おぼえたっ」
「お、おぉぉぉっ……」
「じーじ、なんでないてるの?」
凄い勢いで成長していくバルチに感動した八十雄の涙腺は、あっさりと決壊した。こんなに急いで大人にならなくても良いのに……。
年のせいか、やけに涙もろくなった気がする。
「大丈夫だよ、目にゴミが入っちゃって」
「しょうなのー、いたいいたいなのねー」
よじよじと、首まで登ったバルチが頭を撫でている。八十雄としてはくそ重い荷物に四苦八苦している状態でバルチには大人しくして欲しかったが、ここは忍の一文字で耐えるのみ。
『……そろそろ良いか、時間もないのだ』
親子漫才を続ける2人を、空気を読まない男ゴトスがぶった切った。
祭りは集落の中央にある女神の祭壇前の広場で行われる。村で用意した女神への供物の隣りに、持ち帰った辺境の村のお礼も並べていく。
この日だけは、子供や大人、族長や長老の垣根を取り払い無礼講で楽しむ。料理が足らなくなったら供物から材料を分け取って料理を作り、それをみんなで分け合って、日が沈むまで騒ぎ続けるのだ。
八十雄も猫人族の集落で送る始めての祭りにワクワクしていたのだが、その思惑は大きく外れる。
『……どうしてこうなった』
何故か大半の猫人たちは八十雄の周囲から離れない。当の本人は集落のみんなが使えるように作っておいた魚料理特化型かまどの前で、魚を焼き続けている。ようやく、目の前に積み上げられたすべての魚を焼き終えたかとほっとした瞬間、新しく料理前の魚の山が積まれていくのだ。これらはすべて八十雄が女神の休日用に用意した物だが、猫人たちは決して自分では料理をしないのだ。
『おいちいから、みんなまってるのー』
口いっぱいに干し果物を詰め込んだバルチは、うんうんと大きく頷いている。その右手には焼きたての魚がリザーブされていた。
『猫人族にこんな言葉がある。【狩りは戦士に、知恵は先人に】』
いつの間にか八十雄のそばまで来ていたゴトスが、そう言いながら魚を差し出す。
『魚料理は魚を捕らえた者に。お前は黙って魚を焼け』
『……マジか』
ガックリと頭を垂れる八十雄であった。
用意していた干物と燻製がなくなるまで、八十雄の勤労奉仕が終わることはなかった。一息つけたのは3時のおやつに近い時間。それまで、ひたすら魚を焼き続けたせいか、体に匂いが染み付いている。そのせいか、いつもよりバルチが擦り寄ってくるのは嬉しい特典だったが。
料理の合間につまむ程度でろくに食事も取れなかったので、ここぞとばかりに栄養を補給する。周りには溢れるほどのご馳走があるので手間がなくて良い。
『あー、これも美味い。こっちも独特の味付けでなかなか』
ガツガツと料理をかっ込みながら、祭りを楽しんでいる猫人たちに目を向けた。集落に来たばかりの頃はみんな同じ顔に見えていたのだが、今では見分けがつくようになっていた。毛の模様や瞳の色のわずかな違い、毛色も体の場所によって微妙に違ったりする。
大人の、特に猫人の戦士はみな無口で、親しくなってもあいさつ程度しか交わさない。そんな仲間たちに片手であいさつを返しながら、祭りの雰囲気を楽しむのであった。
日没が迫り、祭りもそろそろ終わるかという頃、長老が八十雄の元にやってきた。
『これは長老。あいさつが遅れて申し訳ない』
『よいよい。お前が飯も食えぬほど忙しかったのは見ておったしの』
フォッフォッと眉毛を揺らしながら、楽しそうに長老は笑う。その後ろから麻袋を持った女性の猫人、トリスたちの母親アリスが進み出た。
『これは人間族の村からお前宛に託された贈り物だ。手紙も付いている。読んでみろ』
ずいっと差し出された麻袋と手紙を受け取る。長老の目に促されて、八十雄は手紙を読み始めた。
八十雄さんへ
エンヤじゃ。覚えとりますか。
神護の森での暮らしはどうだい。こころ健やかな毎日を送れとりますか。バルチちゃんもお元気ですか。
突然、手紙を書かせてもろうたのは、女神様のお告げがあったからじゃ。
今から二ヶ月ほど前に突然夢の中に現れよってな、小麦と野菜の種を女神の休日に用意するように頼まれてのう。女神様の腰がえらい低くてなぁ、わしの方が恐縮するほどじゃった。
翌日になったら夢の中に女神様が現れたのはわしだけじゃなく、村人全員会ったと言うのじゃ。村の子供たちの夢の中にも現れて、バルチちゃんと遊んでくれてありがとう、とも言っとったらしいぞ。
その麻袋には村人全員がそれぞれ自慢する一品を詰め込んである。育て方を書いた物も入れてあるから、参考にするとええ。小麦や野菜は別の袋にも入れてある。バルチちゃんにうどんを作ってやるとええ。
ほんにのう、この年になって冥土の土産にええもん見せてもろうた。
お前が何者でもかまわん。いつでも村に遊びにおいで。村人みんなでまっとるで。
目を通した手紙を、そっと懐にしまった。麻袋の中には根っこの付いたままの野菜や種が丁寧に小分けされ入っていた。手紙の通り、育て方の書かれたメモも見つかった。
『ありがとう長老。それにアリスも』
『まあ、多少量が増えただけで問題はない。それより、これをどうするつもりだ?』
袋の中を興味深そうに覗いていたアリスが見慣れぬ小麦を見ながらそんなことを聞いてきた。
『そうだな……。よし、明日の夕方、娘たちと一緒に俺たちのテントまで来てくれ。俺の故郷の料理を味わって欲しいんだ』
『!?』
八十雄の言葉に食いついたのは、半分寝ていたはずのバルチだ。今は期待で目を丸く見開いて、キラキラした眼差しで見つめてくる。しかし、アリスは言葉の意味を捉えかね、長老と顔を見合わせるばかりだった。
八十雄とバルチは一足早く祭りの会場から失礼し、露天風呂で汗を流しに来ていた。洗い場で体を洗いながら、バルチにも手製の桶でお湯をかけてあげた。両手で耳をふさぎ水が入らないようにする仕草も慣れたもので、顔や体を布で洗っていく。
最後に八十雄がもう一度お湯を頭からかければ、ブルリと体を震わせお湯を飛ばした。
先に湯船に浸かった八十雄がバルチを抱え上げ、沈まないようにバルチ専用の腰掛石に座らせてあげた。体を洗った布を絞って頭に乗せてやれば、気持ち良さそうに目を細める。猫人族は耳に水が入りやすい体型のため水が大嫌いだけど、それさえバルチのように克服できれば風呂文化は受け入れられるんじゃないかと八十雄は考えていた。
「今日は楽しかったかな?」
「たのしかったー。おしゃかなも、くだものもたくさんたべたでしょー。しょれに」
「それに?」
「じーじとずっといっしょだから、うれしいよ」
「……」
「じーじ、まためにごみはいったの?」
もう、バルチのいない生活なんて耐えられそうにない。突然、どこかに行ってしまったら、ありとあらゆる手段(女神アルヴェの力も含む)を使ってでも、探し出すだろう。もしかしたら俺はあまりの悲しみに耐えきれず、狂ってしまうかもしれない……。
「なあ、バルチ。森に入る前にお世話になったおばあちゃん覚えているかな? あのおばあちゃんが小麦を送ってくれたんだ。
その小麦を使って、明日は久しぶりにちゅるちゅるを作ろうと思うんだけど、準備があるから夜のご飯まで待てるかな?」
「じーじ、だいしゅきっ!」
嬉しさの余り、飛びついてきたバルチを受け止めた八十雄もニッコニコ。抱えたまま一緒に湯船に入ったが、テンションの上がったバルチは頭から布が落ちたのにも気づかないほど全身で喜びを表している。
「それじゃあ、おばあちゃんにお礼を言わないと。ありがとーって」
「おばあしゃん、ありがとー」
「明日の夜は猫のお姉さんとお母さんもお客さんでくるから、良い子にできるかな?」
「はーい」
「よしよし、良い子にはじーじが特別美味しいご飯を作ってあげるからな」
「やった~」
アリス親子の口にうどんが合わないかもしれないから、別の料理も一応用意しとくか。どうせなら、純和風のメニューにしたいから今夜のうちに準備しないとな。
明日のために、改めて気合を入れる八十雄であった。
読んで頂き、ありがとうございました。
2015 1/23 下記の通り修正を実施。
ろくに食事も取れなかったので → ろくに食事も摂れなかったので
今から2月ほど前に突然夢の中に → 今から二ヶ月ほど前に突然夢の中に




