018_小麦がないっ!?
これからも、よろしくお願いします。
(参ったな。何とかしてやりたいがどうしたら良いんだ……)
バルチに小麦がなくてうどんが作れないと説明したら、
「じーじ、だいじょぶ」
と言いながら、ギュッと首筋に顔を押し付けてきた。昨夜はそのまま寝てしまったが、くっついたまま一度も離れず朝まで一度も顔を見せてくれなかった。今朝起きた時は元気そうにしていたが、いつもは寝ぼすけの小さな姫が珍しく早起きしていた。
本人は元気な様子を装っていたが、しょんぼりと垂れ下がっている尻尾が雄弁に本当の気持ちを物語っていて、痛々しい。
(子供にこんな思いをさせちゃいけないよな。何とかしてやらないと……)
昔から考えるより体を動かす方が得意だった俺だが、良いアイデアが出ないもんかと頭を捻る。
今日は朝から雨が降っている。
雨が嫌いな猫人族は、雨が降る日は一日テントの中で服を縫ったり、武器の手入れをしたりと大人しく過ごすのだ。
ブラッシングに来る猫人さん(女性限定)もいないので、いつもより入念なブラッシングをバルチにかけてあげられる。最近は毛質もしっかりとしてきて、ブラッシングのやり甲斐もあるのだ。
この集落に来てからしばらくたつが、野生の小麦なんて見たこともなかった。俺はバルチを抱え、雨衣を羽織ると雨の中に飛び出した。目的地は長老ドメスのテント。自分が分からないことは、知っているかもしれない者に聞くのが一番だ。
『突然すまん。知っていたら教えてくれ。人間族が小麦と呼んでいる植物がこの近くに生えていないか知らないか?』
『小麦か。ワシら猫人族は食用とせんから、考えたこともないのう』
『やっぱり、そう上手くはいかねぇなあ』
長老様はいつものようにテントの奥で座っていた。死んでないか心配になるほど、ピクリとも動かない。
『そいじゃさ、俺がひとっ走り行って外の村から小麦を買ってきても良いかな?』
『それはダメじゃ。認めるわけにはいかん』
『おいおい、これもダメか? どうしてだ?』
『お前はすでに我らが同族。戦士の儀式を受けていないが、特別に村から出ることは許しても良い。
じゃが、他所の村から物を貰ったり買ったりする事はダメだ。生活に必要なものは一族で用意しなくてはならない。外から持ち込んだりしたら掟に反する』
『……年に一度、食べ物とかを外の村と交換しているって聞いたけど、それは良いのか?』
『あれは我らが同胞を助けてもらったことに対し礼をしているだけじゃ。
外の村が差し出してくる品々も、我らに対する感謝の気持ちだから、受け取るのは問題ない』
『ありがとう、長老。そいじゃ行くわ』
『フォッフォッ、何か掴んだようじゃな』
長老は愉快そうに体を揺らして笑っている。俺は毛皮の上で転がっていたバルチを拾い、テントを出た。
(本当は使いたくなかったんだがしょうがねぇ。背に腹は代えられねえし)
朝食後、昼寝をしているバルチを撫でながら目をつぶった。頭の中に女神様を思い浮かべ、名前を呼ぶ。
『あーあー、こちら八十雄。アルヴェちゃん、聞こえますか。どうぞ』
『はいはい、こちらアルヴェ、感度良好。よく聞こえますよ、どうぞ~』
間髪いれず返ってきた返事。ラントスを出てから半年しかたっていないのに、ずいぶん懐かしく感じる。
『もー、八十雄さんが全然呼んでくれないから、ずっと待ってたんですよ。プンップンッ』
『悪い、悪い。それでちょっと困ったことになってな。こっちの状況、分かる?』
『もちろんです。暇だったのでずっと見てましたから』
『……暇だったのか。まあ良いや。何とかならんか?』
『うーん、難しいですねー。何もない所から物を生み出す奇跡は、おいそれと使えないのです』
『それじゃ、神託をアルヴェちゃんから出すことってできる? 相手は【神託】スキルがない人になると思うけど』
『それくらいでしたら簡単ですよ。私からの一方通行になっちゃいますけど、それでも良ければ』
『お、さすが女神様。じゃあ、お願いしても良いかな。内容なんだけど……』
『はいはい、それくらいでしたらお安い御用です♪
八十雄さんのおかけで私もランクが上がってできることが増えたんですから♪』
『後さ、もう1つお願いがあって……』
「じーじ、じーじっ!」
「んぁ。バルチおはよ~」
ゆさゆさと体が揺すられ目を覚ますと、興奮したバルチが目をくりくりさせながら顔を覗き込んでくる。
「ん~、今日は早起きだなー。どした? まだ寝てても良いぞ?」
「じーじ、アルちゃんがね、ゆめにでてきたっ!!」
おー、と微妙に脱力した歓声でもバルチは満足したようで、
「アルちゃんとおはなちちたでしょー。おさんぽもちて、おひるねもちたっ!」
夢の中で昼寝をするのも凄いが、嬉しそうだし気にしない。あーだこーだと、大きな手振りで説明するバルチを八十雄は、腹の上に乗せた。
「アルちゃんね、バルチのことまっててくれるんだってー。バルチもあるちゃんにあいたいなー」
「そっかー。早く会えるようにバルチも頑張らないとなー」
おー、と気炎を上げるバルチは、昨日までの悲しそうな様子は微塵もなかった。元気バロメーターの尻尾もぴんぴんに空を指している。俺は約束を果たしてくれた偉大な女神様に、心の中で感謝を送った。
小麦粉の件について、人に頼んだだけで後は知らん顔じゃ格好がつかない。この世界での冬至がいつかなんて知らないが、できる限りの準備をしておきたい。まあ、そんなに遠い日じゃないような【気がする】が。
バルチに話すかどうか悩んだが、万が一、小麦が手に入らなかったら可哀想過ぎるし、サプライズで驚かせたい気持ちもあったので、Xデーまで秘密にしておく。
辺境の村への贈り物として最初に取り掛かったのは、ジャイアン湖(八十雄命名)でのサケマス獲りだ。この辺りで魚を獲るのは俺しかいないから、獲り放題である。いつもの岩の上で釣竿を投げ入れ背後に目を向ければ、バルチと猫人姉妹の6つの目が、『まだか、まだか』とプレッシャーをかけてきた。すでに焚き火は炊かれ、準備万全。
今日からは釣り上げる魚の数をちょっとだけ増すことにする。いつもと同じ数を釣り上げても竿を片付けない俺に猫人姉妹は怪訝な顔をしたが、何も聞いてこなかった。彼女たちがシャイで助かった。その頃、バルチは焚き火で焼いているサケマスに夢中で心ここにあらずだった。
釣った魚を持ち帰り、テントの中で調理を始める。丁寧に鱗と内臓を取ったら、輪切りにして塩をすり込んでいく。塩は集落の近くに岩塩が採れる場所があるので、豊富に使えるのだ。調理の間に出る切れ端をバルチに食べさせながら、保存が利く塩漬けを作っていった。
他にもテント中央の囲炉裏を使って燻製を作ったり、森の木を使って農機具を自作する。余った木の切れ端で小さい動物や魚をバルチに作ってあげたら、いつまでも楽しそうに遊んでいた。
長老には集落の直ぐそばに自由に使って良い土地を借りてある。その日が来たらいつでも種蒔きできるように雑草を取ったり、石を取り除いたり、土地を柔らかく耕していく。畑仕事なんかやったことはなかったが、まあ、何とかなるさ。
日が落ちてバルチが寝たら、ジャイアン湖に出撃だ。実は、俺の中で一番テンションが高いのはこの時だったりする。昼間に捌いたサケマスの内臓を皮の袋に入れて岸辺に仕掛けておいたので、今頃【あいつら】がわんさかいるはずだ。想像しただけでワクワクが止まらない。
いつも魚を釣る岩の近くには、黒っぽい塊がうごめいていた。大きなハサミを動かして、サケマスの残骸に群がっている。
「よーし、大量ゲットだぜっ」
持っていた袋に片っ端から放り込んでいく。こいつらは30センチほどもあるザリガニっぽい甲殻類だ。まるでロブスターの様な大きなハサミを持ち、身はでっぷりと太っている。昼間は湖の深い場所で休んでいるのか姿を現さないが、夜間は陸に近い場所まで上がってきては旺盛な食欲を発揮するのだ。
最初に発見したのは偶然だった。夜になってから、釣竿を湖に忘れたことに気がついて慌てて取りに来たら、水際を歩いているのを見つけたのだ。
早速捕まえて部屋に戻り茹で上げてみると、まさに海老そのものだった。身は甘くてジューシー。海老独特のプリプリ感も素晴らしく、味噌の味も絶品。きれいな湖に住んでいるせいか、獲って直ぐにもかかわらず泥臭さは皆無だった。眠りかけてボケボケしているバルチの口に海老を突っ込んでみたら、一気に目が覚めたくらいだ。
日本人で海老が嫌いな人は滅多にいない。それは猫人族にも当てはまるようで、お裾分けしたその日から期待するような目で見られるようになってしまった。彼らにも何処で獲れるのか何気なく伝えてみたのだが、ジャイアン湖は俺の狩場と思っているらしく、プライドの高い猫人族は決して獲ろうとしないのだ。
……もしかしたら、濡れるのが嫌だったのかもしれないが。
それからは、ちょくちょく夜間に出かけては【ザリ】と名づけたこの海老を捕まえている。
初めの頃はバルチも一緒に出かけていたが、ある日、指をハサミに挟まれからついて来なくなった。まあ、茹でたザリは喜んで食べているから良いだろう。
こうして、Xデーまで俺は準備を続けた。
読んで頂き、ありがとうございました。
2015 1/17 本文の一部の言い回しを修正。
2015 1/23 下記の通り修正を実施。
良く → よく(1箇所直してあります)
取る → 獲る(3箇所直してあります)
竿をかたずけない俺に → 竿を片付けない俺に
夢中で心あらずだった → 夢中で心ここにあらずだった
岩塩が取れる場所が → 岩塩が採れる場所が
30センチほどもある → 30センチメートルほどもある
まさに海老そのだった → まさに海老そのものだった
海老が嫌いな人はいない → 人で海老が嫌いな人は滅多にいない




