012_旅出
放浪編に入ります。
これからも、よろしくお願いします。
入学当初、体力的な問題で卒業できるか心配されていた八十雄であったが、無事に冒険者養成学校の卒業式を迎えることが出来た。
入学時に比べ、卒業時に同期の数は2割ほど減ってはいたが、それは毎年のこと。
卒業式には冒険者ギルドのギルド長を始め、町のお偉いさんが出席するため、八十雄に獣人の子をどこかに預けるように強く勧める【お節介】が大勢現れた。断っても無視しても、善意の押し売りは止まらず、怒った八十雄が卒業間近の冒険者養成学校を辞めると言い出すまでそれは続いた。
卒業式当日、胸に抱いたバルチは見慣れない大勢の人から敵意ともとれる視線に晒され、八十雄の胸に強く顔を押し付けていた。いつもより力の込められた小さな手から、バルチの緊張が伝わってくる。
八十雄は周囲の視線から守るように、バルチの背中を優しく撫でた。
ようやく終わったお偉いさんのあいさつに大きく息をつく。そのまま卒業証代わりの徽章を受け取ると、自宅に向けて帰路についた。
現在の八十雄の肩書きは、色々とややこしいことになっていた。箇条書きにしていくと、
① 女神アルヴェの使徒
② 大工ギルド長
③ 長屋風住居の大屋
④ 建築ギルド所属員
⑤ 木工ギルド所属員
⑥ 見習い冒険者(E級)
⑦ 獣人の保護者(非公認)
以上が、八十雄を縛るしがらみとなっていた。
冒険者養成学校を卒業した以上、直ぐにでも旅に出たかったがそうもいかない。すべてを投げ出し捨てることができるほど、八十雄は無責任ではなかったのだ。そのため、山積する問題を1つ1つ、クリアしていった。
大工ギルドについては、ギルド長を辞任し仲間にすべてを譲った。
長屋の住人には、一軒一軒あいさつに回り、何か不具合があったら大工ギルドを訪ねるように伝えた。
建築ギルドには、しばらく不在になることを告げ、木工ギルドにも同様の報告をした。コタツの製造についても、若い職人にすべてを引き継いだ。
神殿や今までお世話になった関係各所に旅に出ることを連絡してから旅装を調え始めた。心配して旅を辞めさせようと説得する者は多かったが、「俺は大丈夫だから」と、八十雄の決心は揺るがなかった。
旅に必要な道具は冒険者養成学校時代で学んでいた。買い求めた道具をザックに積め、粛々と準備を行っていく。必要な資金については、ラントスでの活動で十分に貯まっていた。
八十雄は知らなかったが、ラ・ワールドでは新しい道具や技術を生み出した場合、特許料のように利益の一部を貰える仕組みがあったのだ。
これらのシステムはラ・ワールドの常識であり、手続きも各ギルドが自動で行っていた。そのため、ギルド職員も八十雄がすでに知っていると思い込んでおり、特に説明はしなかったのだ。
そのため、大人気のコタツと単価の高い木造住宅の発明者である八十雄の資産は、本人の知らないところで自然と増えていった。また、八十雄は大工ギルドを退職したつもりでいたが、実際は引き継いだ者が【ギルド長代理】に就任し、ギルド長は八十雄のままだったので、少なくはあるが、毎月の給料も振り込まれていたのである。
こうした資金はギルド会館に預けておけば、世界中のどこのギルド会館でも降ろすことが可能であり、大金を持ち運ぶ必要がなくなった。ギルド会館には【判定士】が駐在しており、貯金は本人以外では降ろすことが出来なかったので信頼もされていた。
ただし、本人に何かがあって誰かに引き継ぐ場合は、預け金の一部を手数料として支払う必要があり、ギルド会館側にもメリットがある仕組みとなっている。
八十雄は自分が知らないうちに、小金持ちになっていたのである。
旅支度も終わり、明日の早朝ラントスを発つというその日。八十雄家の居間には、バルチを抱えるアルヴェの姿があった。最後の晩餐ではないが、今夜のメニューはピリ辛のそぼろが乗ったうどんだった。
お茶碗に顔を突っ込むようにしてうどんを食べていたバルチも3杯目のうどんを食べ終わり、満足そうにしている。
半年前に比べて体重も増え、1人で歩けるようになっていた。毛並みは相変わらずの艶々で、非常に手触りが良い。今はアルヴェと遊んでいる。
「あるちゃん」
「バルちゃん」
「あるちゃんっ」
「バルちゃん♪」
飽きもせず名前を呼び合いながら、キャッキャッとじゃれ付いている。その最中、感極まったようにアルヴェがバルチを抱きしめた。
「八十雄さん」
「んぁ?」
「私、バルちゃんと離れ離れになるの、耐えられそうにありません……」
「そうは言ってもなぁ」
いつの間にか寝入ってしまったバルチを優しく抱きしめ、アルヴェは寂しそうに微笑んだ。いつでも遊びに来れる八十雄家とは違い、家の外では簡単に顕現することは出来ないのだ。
今までは2日と空けず遊びに来ていたのに、これからは上界から見守っていることしか許されない。会話も八十雄が【神託】を使用した時しかできなくなってしまうし、バルチとはそれすら叶わないのだ。
最近では自分のことを『あるちゃん』と呼んでくれるようになったのに、旅に出てしばらく会わないうちに忘れられたらと思うと……。
「大丈夫さ。バルチなら絶対、忘れないよ」
「……はい」
熟睡しているバルチをベッドに寝かしつけると、コタツで足を伸ばし、部屋の隅に置かれたザックを、ポンッと一つ叩く。
「まずはバルチの家族がいないか、神護の森に行ってみる。その後は世界中を巡ってみようと思っているんだ。自分の目で見て、何が出来るのか。色々見てみたいんだ」
「私は、八十雄さんがやることに口は挟みません。平和な世界の切欠になってくれれば幸いと思いますが」
その後も他愛の無い話は続いた。
上界で最近流行っている食べ物(八十雄の聞いたことも無い料理だった)や、ラ・ワールドの観光名所に名物料理など、二人は別れを惜しむように、深夜まで話し続けた。
別れ際、八十雄はアルヴェのために用意してあった【うどん玉】を手土産に渡し、最後の夜はふけていくのであった。
翌朝。
八十雄は厚手の衣類の上に皮製の鎧を身につけ、愛用のバトルハンマーと盾を装備し、荷物の詰まったザックを背負った。バルチは胸にひもで固定し、両手が自由になるようにしている。
バルチも慣れたもので、じっと八十雄の様子を見つめている。元々おとなしい子であったが、今日はいつにも無く静かだった。
「よし、じゃ行ってみるか」
戸締りを掛けた家の鍵を、見送りに来てくれた大工ギルドの仲間に預けた。家の周りに植えたミカンの世話は長屋の連中にお願いしてある。
見送りに来てくれた友人知人に手を振りながら、八十雄とバルチは朝日の中を旅立って行った。
ラントスの門を出て、最初に八十雄が目指したのは、バルチと初めて出会った森だった。
バルチの母親の墓は八十雄の手によって墓石などが設置され、純和風の立派な物となっていた。バルチをそっと地面に下ろすと、墓石を布で磨き、付近の掃除を始めた。
一通りの作業が終わり、その間、八十雄の服を掴んで離れることの無かったバルチを足の上に優しく乗せ抱きしめる。いつもと違う様子に何か感じ入ることがあるのか、バルチもじっと八十雄を見つめている。視線を感じながら、いつに無く真剣な表情で八十雄は語り出した。
「いいかい、バルチ。このお墓はお前のお母ちゃんが寝ているところなんだ」
「おかあしゃん?」
「そうだ、お母ちゃんだ。お前を命懸けで守った立派な人だったんだぞ。今でもバルチを守っているんだ」
「いまても?」
「ああ。だから、急にいなくなって心配しないように、行って来ますって、あいさつしないとな」
「いっています?」
「うん。バルチは良い子だな」
『いっています』と連呼するバルチを横目に、八十雄も静かに手を合わせこの旅の無事と、願わくば、この旅がバルチにとって実り多き物になることを祈る。
いつか、バルチが大人になった時、2人が出会った時のことを話してやろうと、そう思う八十雄であった。
読んで頂き、ありがとうございました。
しばらくフラフラとする予定ですが、よろしくお願いします。
2015 1/23 下記の通り修正を実施
強く勧める【お節介】が大勢表れた → 強く勧める【お節介】が大勢現れた
大工ギルドを尋ねるように伝えた → 大工ギルドを訪ねるように伝えた