010_バルチ -1-
こんにちは。
今日も何とか間に合いました^^
冒険者養成学校の2年生になった八十雄は、42歳になっていた。
盾とバトルハンマーで戦うスタイルは非常に手堅く、教官一同を安心させた。
近くにいるだけで魔法の効果を減少させてしまう体質と、使徒という立場で、親子ほど年が離れている同期からは敬遠されがちであった。本来、旅に出るための技術習得が目的であったため、ボッチ生活でも問題は無かったのである。
学校でのカリキュラムも、基礎の座学から戦闘習熟訓練を経て、実際に冒険者ギルドでの依頼実習に移っていった。
冒険者養成学校の生徒は、入学と同時にEランクの冒険者として認定され、仕事を請け負うことが出来るようになるのだが、請け負うことができる依頼は、討伐や護衛以外の非戦闘系依頼だけであり、どれだけ依頼をこなしてもランクアップはしない。
あくまで、冒険者としての雰囲気と経験を積むのが目的なのだ。
中には依頼先で天職を見つけ、冒険者を辞める者もいたし、限界を感じ別の道を探す者もいた。
そんな中で、ボッチハンター八十雄は着実に経験を積んでいったのだ。
「キノコ~、キノコ~、解毒のキノコ~」
解毒薬の材料になるきのこ採取の依頼を受け、ラントス郊外の森の中を八十雄は歩いていた。ターゲットのキノコは解毒に効能があると言われている。外見は青地に白の点々が散っており、一見、触る事すら躊躇する見た目をしている。
回復魔法や解毒魔法が存在する世界ではあるが、光の強い加護を持つ者か、特別な家系の者以外使うことはできないため、腹下しから虫刺され、草木のかぶれに至るまで広い効果が認められるこのキノコを原料に作成された薬は、世間一般で重宝されていた。
キノコ自体は森の中の湿った倒木を探せば容易に見つけることができ、冒険者養成学校生の入門用依頼として広く認知されていた。生徒達はキノコを探しながら森や平原の様子を肌で感じ、学んだ技術を実際に試しながら身につけていくのだ。
八十雄は盾を背中に担ぎ、右手に持ったバトルハンマーで下草を払いながら森の中を歩いていた。
森の外周部に近いこの場所は、木漏れ日も差込み十分な明るさがあった。ラントスの町を囲む外周も確認できるほどの距離だ。
倒木や枯れ木の陰に生える解毒キノコを発見すると、左腰につけた皮製ポーチに入れていく。採取できるキノコのサイズは決められており、規定より小さいサイズは採取してはいけないし、取ったとしてもどのギルドでも買い取ってくれない。これは、資源を絶やさないための知恵であり、冒険者養成学校で教えられていることだ。
最近の八十雄は午前中は森の中で採取依頼を行い、午後からは大工ギルドの仕事を行うようになっていた。他の養成学校の同期達はパーティーを組み、泊りがけで鉱石などを採取に行ったりしていたが、彼はあいも変わらずボッチ状態だったし、大工ギルドも大きくなり、そちらの仕事も増えていた。
大工ギルドの入会希望者に対する技術指導は古くからの仲間に任せられるようになっていたが、商館建築などの大規模な依頼については適宜視察を行って、問題があれば修正する必要があった。また、遠方から使徒である八十雄に会いに貴人が来ることも増えた。そのほとんどはほっといたが、中には大工ギルドに建築物の依頼を出す者もいて、その打合せなどもありすべてを無視することは出来なかったのだ。
八十雄にとって午前中の森林探索は気分転換の出来る大事な時間になっていた。新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、鼻歌交じりで探索を続ける。腰のポーチには依頼を達成できる量のキノコが入っていたので、そう慌てる必要も無い。
『それ』を見つけたのはそんな時だ。ブラブラと歩いていた森の中で、うつ伏せで倒れた青白い毛並みの獣人を見つけた。右のわき腹に大きな傷があり、その下には血溜りが出来ていた。一見して死んでいるのが分かったほどだ。
獣人を見るのは初めてであったが、冒険者養成学校や都市の仲間達からその存在は聞いていたので直ぐに分かった。獣人は顔や手首から先、足首から先とお腹の一部以外、ほとんどが濃い毛に覆われているらしい。うつぶせの状態で倒れているこの獣人も、その特徴に合致していた。
聞いていた話では獣人は粗野で、その性質は凶暴らしい。生まれながらの狩人である獣人達は、トリニシェール地方に広がる広大な神護の森に住むと言われていた。極まれに、傭兵や冒険者として外の世界に出る獣人もいるらしいが、いずれも一騎当千の凄腕らしい。
静かに手を合わせると、八十雄はバトルハンマーで穴を掘り始めた。日本で生まれ育った彼にとって、亡くなった者は誰であれ仏様であり、供養するのが当たり前だったからだ。
バトルハンマーで地面を柔らかくし、盾をスコップ代わりにして土をすくい、穴を掘っていった。野生動物の多い森の中で、出来るだけ深い穴にしたかった八十雄は、汗だくになりながら必死に穴を掘っていく。
納得のいく穴を掘り終えたのは、とうに昼食が過ぎた頃だった。
滝のように流れる汗を拭い、ハンマーと盾からざっと土を払うと、倒れている獣人を抱えあげるため仰向けにした。獣人は猫人族の女性でお腹を両手で抱えるように倒れており、その体は冷たくなっていた。
その時、死んでいるはずの女性の腹がモゾモゾと動き出した。最初は野生の獣が潜り込んでいるかと思ったが、どうにも様子がおかしい。そっと手をどけてみると、産着に包まれて小さな毛玉のような塊が入っていた。
体毛は真っ白で、耳や尻尾、手足の先端部に生えている毛色は青灰色になっていた。亡くなった獣人はこの子の親で、必死に守ろうとしていたのだろうか。今となっては分からない。
八十雄は、赤子を優しく抱き上げて胸に抱いた。まだ目も開いていないようで、産着の中で丸まっている。そっと上着の中に抱き込み、ひもで落ちないように固定した。亡くなった女性の獣人を確認してみたが、銀色の指輪を1つしているだけで名前を確定できる物はどこにもなかった。
丁重に埋葬し、目印に大きめの石をその上に置いた。手を合わせお題目を唱えると、一路ラントスへと急いだ。今まで昼前には依頼を達成しており、今日のように昼過ぎまでかかる事は一度も無かったから心配をかけているのではないかと考えたのだ。
その心配は的中し、ギルド会館の中では探索部隊を出すの出さないので揉めている真っ最中。ばつが悪そうに解毒キノコの依頼達成手続きを終えると、自分の家へと急いだ。
八十雄の家は木造建築家屋を広めるために、自ら建てた平屋の一軒家だ。
付近には大工ギルドで建てた長屋風住居が立ち並び、付近は知った顔ばかり。転移した時、アルヴェからもらったミカンの種を家の周りに植えたところ、今では胸の高さにまで育っていた。
家の中に入り、汚れた服を脱ぎ汗を軽く流し、新しい服に着替えた。抱きかかえていた獣人の赤ちゃんは熟睡しているようで、すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてきた。日本の孤児院で幼い子供の面倒を見ていた経験はあるが、ここまで小さい子は未経験だ。そもそも、獣人の赤子を人間と同じに育てて良いものだろうか。
「うーん、どうしたもんか……」
確か、近くの長屋にも乳児はいたはず。アドバイスだけでも貰おうと、八十雄は靴を履いた。
結論から言うと、長屋の住人達の反応は良くなかった。彼らは八十雄に恩義を感じており、大抵のことであれば協力してくれるのに、獣人の赤子に対しては冷ややかな反応だった。ラントスの住民にとって、未知の獣人達は凶暴で危険な種族と思われていたのだ。
彼らでさえこの有様だ。であれば、都市の孤児院にこの子を預ければどのような目にあわせられるか知れたものではない。今も八十雄の腕の中には、白色の毛玉が納まっている。あの、青白い毛並みの獣人が命がけで守った小さな命が。
八十雄は決心した。俺がこの子を立派に育て上げると。
そして、この子が獣人が危険な種族でないことを証明するのだ。
午後の予定をすべてキャンセルし、子育てに必要な物を買い集めるため、八十雄はラントス中を駆けずり回るのであった。
初めての家族、バルチの登場です。
これからもよろしくお願いします。
2015 1/24 下記の通り修正を実施
言う → いう(1箇所直しています)
光の強い加護か、 → 光の強い加護を持つ者か、
特別な家系の者意外 → 特別な家系の者以外