009_オールドルーキー
ちょっと風邪気味で鼻水が止まらない……。
皆さんも風邪にはご注意を。
冒険者養成学校。
今から20年ほど前に、現ギルド会館長ドリスが中心になって設立した冒険者を志す者の為の学校である。
実力社会に住むほとんどの冒険者はパーティー単位で行動するが、実力のある冒険者ほど素性と実力の知れない新人を近づけない。よって、新人冒険者のほとんどは知り合いを頼ったり、新人同士で組むことになる。それでも幸運な者は順調に経験を積みベテランへと成長していくが、大半が後遺症の残るような怪我を負って引退したり、命を落とす結果となった。
それを避けるために、今では冒険者を志すほとんどの若者は冒険者養成学校に通っている。その履修期間は2年間。その間に生徒は冒険者として【生き残る】技術と【信頼できる仲間】を探すのだ。
未開の荒野が続くラ・ワールドで、人に害なす獣やゴブリンなどの悪しき種族を駆逐しているのは冒険者だ。騎士団や傭兵団も存在するが彼らの相手はもっぱら人間で、警備や警護などの定められた仕事があり、おいそれとは動かせない。
冒険者の存在は地域の安全性の観点からも非常に重要だったのだ。
入学希望者は、事前検査で自分の適性と本人の希望を照らし合わせ、履修コースを決定する。と言っても、武器を用いて戦う戦士コースと、魔法の力で戦う魔術師コースの2つしかないのだが。
基本的に体格が良く、体を動かすことが得意な者が戦士コースを選び、魔力量が多かったり、有利なギフトの所持者が魔法使いコースを選ぶことが多かった。どちらでもない者は好みで選んでいたようだ。元々、ラ・ワールドの住人であれば誰でも魔法を使うことはできたので、魔法使いコースも問題なかったのだ。
そこに突然、出崎八十雄が冒険者養成学校に入りたいと言い出した。
冒険者養成学校関係者は焦りに焦った。入学制限が無いわけではないが、元々、他の仕事に付くことができない人たちの受け口でもあったのが冒険者であり、そのため入学制限自体は非常に緩かったのだ。健康体であれば年齢についても問われなかった。
だからと言って今更規制をかけるわけにもいかず、八十雄は最年長入学者として冒険者養成学校の事前検査を受けるのであった。
「……すみません。よく聞き取れなかったのですが」
冒険者養成学校の魔術担当教師、アリ・アリド・アリザハムは困惑していた。今頃、会議室で女神様の使徒である、出崎八十雄殿が事前検査を受けているはずであり、それに備えてアリも教務室で事務仕事をしていたのだ。
だが、不測の事態と言っても限度はある。【魔力がまったく無い】生物など、この世界にはいないのだから。
「ですから、アリ先生。使徒様は持っていないのですっ! 全然、欠片も」
教務室に飛び込んできた初老の事務員は大慌てで何を言っているのか要領を得ない。
「分かりました。直接参ります」
このままでは埒が明かないと、机の周りを手早く整頓し、アリは席を立った。
会議室では黒髪で坊主頭の男性を、養成学校の職員が囲んでいた。
男性の机の前にはアリが作成した魔力感知用の石板が置かれている。この石板は手を上に乗せるだけで魔力を感知し、石板の色が変化する仕組みになっていた。魔力量が多いほど赤色系に変わっていき、ギフトなどの特別な資質を持つ者が石板に触れると白く光り輝いた。
アリを含め学校関係者は、光と自由、そして平等の女神の使徒である出崎八十雄は、強大な魔力を持っていると思い込んでいた。何故なら、今まで【神託】ギフトを持っていると認定されたすべての者が膨大な魔力を持っていたからで、八十雄は使徒で【神託】のギフトを持っているのは有名だったからだ。
それが石板の色はまったく変わらないと言う。問題の石板にアリが手を乗せてみるとオレンジ色に変わっていった。
(故障ではないようですが……)
手を離すとオレンジ色から黒い元の色へと戻っていく。八十雄はその変化に目を見開いていたが、アリに促されて手を石版に乗せても、色は変わらず黒のままだ。だがそれは、世界の常識では考えられないことだった。
この世界の住人であれば、血液と同じように体内を巡る魔力で、様々な機能を増強することが可能だ。魔力を制御する技術があれば、視力や聴力を何倍にもすることも可能であったし、腕力や脚力の増加や、回復力を強化すれば、怪我や病の回復にも効果がある。
だが、生まれつき内包魔力が少ない者もいた。魔力欠乏症と呼ばれる病気の者もいる。彼らは他の人より疲れやすく、瞬発力や耐久力にも問題があった。
過去に魔力がまったくない者が生まれた例もあったが、いずれの例外なく、生まれてまもなく命を落とした。魔力は血液と同じく生命活動を支える大事な要素と考えられていた。
使用した魔力の回復は、呼吸によって空気中を漂う魔力を体内に取り込み行われる。種族によって回復しやすい場所は異なり、人間族は草原や平地などの風通りの良い場所、ドワーフ族は山地の中でも、特に火山が回復しやすく、エルフ族やほとんどの獣人族は森林地帯が良いとされていた。
魔力を己の容量を超えて使用したとしても気絶するだけで命に別状は無い。意識を失っている間も呼吸を繰り返すことにより、自然と回復していく。
人間種にとって、古代遺跡や鉱山を代表とする空気が滞っている場所では魔力の回復は非常に困難になるため、未だに手付かずの遺跡は世界中に散らばっていた。
アリは念のために魔力感知の魔法を八十雄にかけた。石板と八十雄の相性が悪かった場合を考えての行動だが、やはり魔力は感じられなかった。
「やはり、魔力は感知できませんね」
「おっ? 俺、魔力は元々無いんだけど、やっぱりまずいですかね?」
「魔力がない、ですか?」
八十雄は、魔力の無い別の世界から来たため、魔力を使うことも感じることも出来ないし、神(八十雄は管理者と呼んでいたが)から膨大な魔力を授ける話もあったが、自ら拒否したことが語られた。
集まった一堂は声が出なかった。
魔力がない以上、魔術師コースは選べない。必然的に戦士コースを選ばなければならないが、魔力がない身で耐えることが出来るのだろうか。
「思うところはあると思うけど、目をつぶってもらえないかい? どうしても無理ならしょうがないけど」
そう言われてしまったら、使徒=神の代行者であるこの世界で、誰も断ることは出来なかった。
その後、冒険者養成学校に無事入学した八十雄は至上最高齢の生徒として戦士コースで冒険者の心得を学んでいく。座学だけの成績で言えば上位グループから落ちることは無かった。仕事ぶりでも分かるとおり、コツコツ勉強することが苦にならない性質だったからだ。
身体能力については問題が無かった。
10代の若い同期に比べても、筋力や瞬発力で劣ることは無かったのだ。少し考えれば異常なことに気付くはずだが、教官達は八十雄が使徒であることを知っていたので『特別な存在』であると思い込んでおり、八十雄本人は自分の努力の成果と考えていたため、誰もその異常性に気が付かなかった。
持久力や回復力は、むしろ八十雄の方が優れており、使徒としての面目躍如と言ったところだ。
魔法について改めて検査もしてみたが、やはり使うことはできなかった。それだけでなく、他人が八十雄に掛けた各種の強化魔法や回復魔法なども、一切効果が無かった。
だが、悪いことばかりではない。睡眠や麻痺などの攻撃対象に状態異常の効果を与える魔法もすべて効かなかったのだ。そればかりが、火弾や水弾などの事象系の攻撃魔法も、八十雄に接近すると急激に効果が衰退し、自動追尾系の魔法については、売りとも言える追尾能力は発揮することがなかった。
比較的有効な魔法は物理打撃系魔法と呼ばれる石の槍や氷の弾を一直線に投げつける魔法だけで、それ以外の魔法は効果が低下、もしくは消滅した。
特筆すべきは、直接刃が当たる距離まで近づけば、敵が自らに掛けた強化魔法すらその効果を低下させることだろう。まさに、初見殺しの特異性と言えた。
戦闘訓練の方は当初、かなり苦戦した。
どちらかと言えば器用な八十雄であったが、刃物の【当て勘】が無かったため、上手く攻撃を当てることが出来なかったのだ。
片手剣を代表とする刃物は、刃を敵の有効部位に【垂直】に当てて切断、もしくは、叩き切ることによりダメージを与える武器だ。殺傷能力も非常に高く、腕や足に一撃を与えただけで戦闘能力を奪うことも出来る。
だがこれは、敵に上手く当てた場合に限った話である。
八十雄も最初、扱いやすく取り回しも良い片手剣と盾というスタイルで戦闘訓練に挑んだが、攻撃が垂直に相手に当たらずに斜めに当たってしまうため、相手を切り裂く前に剣がグリッと返ってしまうのだ。
諦めることなく訓練を続けたが、手首を負傷するに至り、剣類を武器とすることを諦めた。その後、槍や弓、斧などを試してみたがいずれもパッとせず、行き着いたのが片手用のバトルハンマーだった。
バトルハンマーとは、ナックルガードの付いたちょっと大きめなトンカチに似た武器である。元土方であり、石工の経験も有る八十雄にとって、非常に馴染みのある武器だった。
片手剣より射程は短く、殺傷能力に欠けるという欠点はあるが、メンテナンスは容易で刃こぼれも無関係。剣と違い、相手の金属鎧や盾の上から叩いてもある程度のダメージを与えられることが大きな利点だ。
八十雄はバトルハンマーと、大きな盾というスタイルで腕を磨いていくのであった。
2015 1/23 下記の通り修正を実施
他の仕事に付くことが → 他の仕事に就くことが
良く聞き取れなかった → よく聞き取れなかった
要領が得ない → 要領を得ない
石版 → 石板(7箇所直してあります)
ラ・ワールド常識では → 世界の常識では
血液と同じ様に体内を巡る → 血液と同じように体内を巡る
面目躍如と言った所だ → 面目躍如と言ったところだ