008_ギルド会館長 ドリス -2-
ドリス編、完結です。
更に3年の月日がたち、21歳になったドリスはCランクの冒険者となっていた。
Cランクといえばベテラン冒険者と呼ばれてもおかしくないポジションだ。あいも変わらず採取依頼ばかりやっていたが、今ではドリスを名指しする依頼も多く、大規模な討伐依頼を受けた冒険者達から意見を求められることも多くなっていた。
心無い者からは【雑草ハンター】と呼ばれることもあったが、良くも悪くも、次第にドリスの名は知れ渡っていった。
いつものように採取依頼の達成を報告しにギルド会館に向かうと、見慣れない3人の男女がギルド会館の前に立ち尽くしているのを発見した。
何気なく声をかけてみると、3人は姉弟で田舎の村から冒険者を目指して出てきたことが分かった。ドリスは自分も冒険者であることを明かし、ギルド職員まで案内し手続きの仕方を教えてあげた。彼らは人見知りが激しく、人付き合いが苦手だった過去の自分と重なって見えたし、困っている人を助けるのは、ドリスにとって当たり前のことだったからだ。
未だに住んでいた冒険者ご用達の宿を紹介してやり、初めてラントスに来たと言う彼らに大した物ではないが夕飯をご馳走してやった。
そこで彼らの両親がはやり病で亡くなり、両親は小作人であったが、姉弟だけでは畑仕事が出来なくなったので家を引払い冒険者になるためにラントスまで出てきたと知った。
16歳の姉と14歳の双子の男女の3人姉弟で他に頼れる親戚も無く、住んでいた家も今では人手に渡っているらしい。一番下の弟サジは、畑に紛れ込んできたゴブリンなら倒したこともあるし大丈夫だと息巻いていた。真ん中のアミも楽観的な性格なのか、将来のことにあまり心配していない様子だったが、長女のアキだけは、不安げにしているのが印象的だった。
明日から早速依頼を探すと言う彼らと別れ、1人、ベッドに横になりながら、今はもう見ない同期の冒険者達のことを思い出していた。自分の力を過信し、パーティーを組んでいると油断し、見かけなくなって久しい同期のことを。
冒険者になった以上、それから先は自己責任であるし、ドリスだっていつ死ぬか分からない身だ。他人の心配なんてしている余裕はない。そう思い込みながら目を閉じたが、まぶたの裏から不安げなアキの姿はいつまでも消えなかった。
翌日、アキ達がギルド会館に行くと、入り口近くでドリスが待っていた。
『冒険者としての基本を教えてやる』ドリスはそう言うと、簡単な採取依頼をアキに請けるように指示し、さっさと郊外に向けて歩き出した。
そこでドリスは薬草の見つけ方や採取の仕方、危険な野生動物やゴブリンなどに対しての対処法、山や草原の歩き方、野営の仕方、食料や飲み水の確保の方法など、役に立つことはすべて教え込んだ。
そして何より大切なのは、敵を倒すことより怪我を負わないことだと何度も何度も繰り返した。一度怪我を負えばどうしても動きは鈍くなる。そうなれば、今まで避けていた攻撃も避けられなくなり、いずれ致命傷を受けてしまう。だから、傷を負わずに倒せない敵とは決して戦ってはいけないと耳にたこができるほど説明した。
ドリスとアキ達が行動を共にし、二ヶ月が過ぎようとした頃、事件は起きた。
その日は珍しい鉱物の採取のため少し離れた山地を目指していたが、ドリスは雰囲気がいつもと違う事に気が付いた。普段であればもっと飛んでいるはずの鳥の姿や、野の獣をほとんど見かけなかったからだ。
本来であれば即座に撤退したいところであったが、目的の鉱物はここでしか採取できないため、普段より時間をかけて慎重に山道を進んでいく。
目的地まで残りわずかになった時、ドリスはアキだけを連れて対象の鉱石を採取に向かった。残された2人には比較的安全な場所を指定し、野営の準備をするように指示する。
約一時間後、目的の鉱物を採取しドリス達が野営地に戻ると、そこにはアミしかいなかった。サジはゴブリンが付近にいたため、討伐に向かったと言うのだ。
ドリスは使い慣れた弓を片手に、サジが向かった先へと急いだ。足跡や折れた草木でどちらに向かったかすぐに分かったのだ。
10分もたたないうちに5体のゴブリンと戦うサジを発見した。大きな怪我がないのに一安心したが、このままでは長く持ちそうにない。ドリスはすぐに持っていた弓を構えた。
ドシュ、と唸り声を上げて飛んでいく矢はゴブリンの胴体に深々と突き刺さり、続けさまに撃った矢は隣のゴブリンの腕をかすめた。
ゴブリンは突然現れたドリスにどうしたら良いのか混乱している様子だ。その隙を突いて、サジは近くにいたゴブリンを切りつけると、野営地の方向に向け一気に逃げ出した。
それを見てゴブリンの1体が遠吠えを上げた。それは仲間に脅威が迫っていることを知らせるのと同時に、助けを呼ぶものであることをドリスは知っていた。ここから野営地までは10分程度、鼻の良いゴブリンから逃げて山を降りることは難しく、このままにしておく訳にはいかない。
覚悟を決めたドリスは、残り少ない矢を掴み取り、鉈をいつでも取り出せる状態にした。
アキたち3人がドリスの元に着いたのは、それから2時間後のことだ。
彼女はサジから事の顛末を聞いた後、すぐにドリスの元には向かわなかった。ドリスからゴブリンの雄叫びの意味を聞いていたことや、ドリスと分かれてしまった場合についても、しばらく拠点で様子を見るように指導を受けていたからだ。
すぐに火を消し拠点を引払う準備を整え、いつも以上に周囲に注意を払った。ドリスが直ぐに戻って来ない以上、何かあるのは間違いないが、冒険者の卵である自分たちが向かっても足手まといにしかならない。警戒を続け、辺りが薄暗くなった頃、ドリスがいる方向に向かって歩き始る。
彼女たちが目にしたのは、ゴブリンが折り重なって死んでいる中に血塗れのドリスが倒れている光景だった。アキは自分の服がゴブリンの血に汚れるのもかまわず、駆け寄った。
「よう」
死んだように動かなかったドリスは、近づいてくるアキに気が付くと、何事も無かったように右手を上げた。
体中傷だらけだが、特に左腕と左足は酷かった。盾代わりに使われた左腕は千切れかけ、左足も骨折している。左腕には包帯が巻かれていたが、血で重く湿っていた。
いくら【強靭】持ちでも限界はある。血が足りなくなりすぎて、体が言うことを利かなくなっていた。
「悪いが、しばらく動けそうも無いんだ。血の匂いで獣が来るかもしれない。ゴブリンの討伐証明だけ集めたら離れた方が良いぞ」
「そんな……」
「ちょっと疲れたから、休ませて貰うな……」
それだけ告げるとドリスは気を失った。アキたちは骨折した左足を添え木で固定し、協力して元の野営地まで引き上げた。
その夜からドリスは高熱を発し意識が朦朧とする中、残された3名は必死に看護と警戒を続けた。焚き火は絶やさないように気を払い、近づく獣には3人で抵抗した。汗を拭き、服を洗い着替えさせ、ただドリスが回復するのを祈った。
ドリスが目覚めたのは、それから3日後だった。
微熱の茹だる頭で周りを見渡すと、アミが槍を抱え真剣な眼差しで暗い森の中を見つめている。直ぐ隣には毛布に包まれたアキとザジの姿があった。
(俺は生きてるのか……)
「クッ、クククッ」
周りを見てみれば、最初に野営地として指定した崖の下だった。何日寝ていたか分からないが、ゴブリンと戦った場所とそう離れていないこの地で、朝日を見れるとは思わなかった。
思わず漏れた笑い声にアミが歓声を上げた。アキとザジが次々に目を覚まし喜び合う中、ドリスはゆっくりと右手を挙げて、それに応えていた。
結局、5日間その場に留まり、ドリスの体力がある程度戻るまでキャンプを続け、ようやくラントスの町に戻ることが出来た。ゴブリンの討伐報酬と鉱石の採集報酬を無理矢理皆で山分けし、ドリスは長期休養に入った。
千切れかけた腕は自ら縫合し、切断だけは避けることが出来たが、腕が曲がらなくなり、更に力も入らなくなってしまった。メイン武器である弓を支える左手がこの有様で、冒険者として復帰するのに2ヶ月以上の月日が必要になった。
アキ達3人も冒険者の危険性を認識し、それぞれ別の道を歩き始めていた。ドリスの紹介でアキはギルド会館職員に、アミはギルド会館近くの食堂に、そしてザジは鍛冶師の見習いとして働き始めた。
ドリスも冒険者として復帰したが、怪我をした左足と左腕は元の状態には程遠かった。活動範囲は狭くなり、無理も利かなくなっていた。
その後ドリスは6年ほど冒険者を続けたが、全盛期の力は戻らなかった。
限界を感じていた頃に冒険者ギルドの誘いを受け、ギルド職員の道を選んだ。主に新人冒険者の教育を担当し、冒険者養成学校の成立に尽力した。
冒険者養成学校設立後は新人冒険者の教官として冒険者のサポートに当たった。時には山に入り、危険が無いか自分で確かめたりもした。
その手腕が認められギルド会館に移籍する。そこで久しぶりに再会したアキと結婚したりと色々なことがあるのだが、それはまた別の機会に。
そして、55歳の夏、ドリスは出崎八十雄に出会うことになるのだ。
2015 1/23 下記の通り修正を実施
ベットに横になりながら → ベッドに横になりながら
撤退したい所であったが → 撤退したいところであったが
【強靭】持ちでも限界ある → 【強靭】持ちでも限界はある
体が言うことを効かなく → 体が言うことを効かなく
ゆっくりと右手を上げて → ゆっくりと右手を挙げて
それに答えていた → それに応えていた