007_ギルド会館長 ドリス -1-
正月のお餅が余って、余って、毎日食べても終わりません。
交易都市ラントス。
ラ・ワールドで、もっとも経済活動が盛んな町と言っていいだろう。
規模だけで言えば、宜子皇国の首都『竜泉』や、ランゴバルト王国の首都『ザナックス』には劣るだろう。
だが、活気という面で言えば、ラントスに勝る町は無い。
三大国と呼ばれる、宜子皇国、ランゴバルト王国、ラグナス公国と、獣人族や一部の妖精族の故郷、神護の森があるトリニシェール地方の中間点に存在するため、交易を目的に人と物と情報が集まった。
海のない内陸地のため新鮮な海産物は望めないが、それ以外のあらゆる物は揃えることができるのだ。
だが、富める者がいる影で、すべてを失う者もいた。そうして、都市南部の外周部にスラム街が形成されていく。
各国はラントスの所有権を求め小競り合いを繰り返した。現在の支配者はランゴバルト王国であったが、地域の戦略的拠点としての重要性と富を求め、争いの絶えない地域であった。
どの陣営も平地の中に形だけの城壁に囲まれたラントスはその気になれば簡単に奪えると考えていたし、それは事実であった。
交易都市だけあって誰で簡単に中に入ることが出来たし、城壁は低く篭城には向かない。
そもそも篭城戦で都市部を破壊しては意味が無く、勝てそうに無い相手が攻めてこればラントスを一時的に放棄し、再び軍勢を揃え奪い返せば良いだけである。
いつの間にかラントスでは攻城戦を行わないと言う、暗黙の了解ができあがった。ラントスが世界でもっとも危険であり、平和な都市と言われる所以である。
現ギルド会館長ドリスは、猟師の三男として生を受けた。
人口100名程度の名も無き村に生まれ、当たり前のように猟師の道に入った。9歳から本格的に山に入り、鳥や獣、山菜などを集め生活の糧とした。
猟師としては可もなく不可も無くといったところだった。周囲は自然に溢れ、代わり映えの無い時間がゆっくりと流れていた。
そんな生活の中での小さな楽しみが、狩りの中で得た携行しやすく高価な獲物を売りに近くの町に行くことだ。年に数回程度だが、人口1000人程度の小さな町に、生活必需品である塩や日用雑貨、布などを求め買い出しに行くのだ。
ドリスが神殿で祝福を受けたのもこの町で、時には荷物持ちとして父親と同行するのは数少ない楽しみだった。
そんな生活に変化が訪れたのは、ドリス13歳の春だった。
付近の町では高値で買い取ってもらえない物品を売るため、数年に一度、交易都市ラントスに行くのだが、それにドリスを連れて行ってくれるというのだ。当時は泊りがけでどこかに行くこと自体が珍しく、前日は興奮してまともに寝ることも出来なかった。
途中の旅は、普段、山道を歩いていたドリスにとって大した苦労ではなかった。2泊3日の旅程はすべてが楽しかった。
旅も終わりに近づきラントスに近づくにつれ、馬車を何台も連ねるような商隊を見かけるようになった。道幅も広くなり、往来も増えていく。
ラントスの城門をくぐった時、あまりの人の多さに立ちすくんでしまった。あまりに驚くと、声すら上げることができなくなると初めて知った。
父親が商業ギルドで持ってきた獲物を買い取ってもらう間、ドリスは冒険者ギルドのギルドボードに張り出された買取希望の商品を何気なく眺めていると、故郷の村ではたやすく採取できる数種類の薬草や鉱石を見つけた。それも結構な値段で買い取ってくれるのだ。ドリスは驚いた。
その後は買い取りの終わった父親と刃物屋でナイフを購入し、宿で一泊した。
翌日、朝市で保存の利く食べ物を買い込むと、早速故郷の村を目指して帰途の旅に出た。それから村に着くまでの間、ドリスが考えていたのはラントスの町並みと、そこを行き交う人の多さ、そして、そこで自分が暮らしていくことが出来るかどうかという事だった。
村に帰ってからは、今までのようにただ獲物を狩るだけではなく、目標を持って日々を送るようになった。持ち運びができて、保存が利く獲物を積極的に狙うようになったのだ。
家族も何か勘付いていたが、何も口にすることはなかった。ドリスも狩りの道具である弓の手入れや、矢の作り方を父親に積極的に教わった。
それから2年。意を決して両親にラントスの都市に出て冒険者になりたいと訴えた。金を稼ぐ目算や、コツコツと貯めてきた鉱石などを見せながら、決して半端な気持ちではないと説明した。
無言で聞いていた両親であったが、父親が「そうか」と一言返したのみで反対はされなかった。それどころか、倉庫の中から大きな皮製のザックを持ち出し、持っていけと、ドリスに押し付けた。
ドリスは知らなかったが、両親も昔は冒険者だったのだ。二人が結婚し、母親が妊娠して身重になると、冒険者より安定した生活を求め、実家のあった村に戻り猟師を始めた過去があったのだ。
ドリスはこの2年間で貯めた獲物をザックに積め、過去に父親と歩いたラントスまでの道程を1人で踏破した。ラントスに到着すると、その足でギルド会館に赴き冒険者ギルドに登録した。こうして、あっけないほど簡単に冒険者ドリスは誕生した。
今のように冒険者養成学校の無い時代、新人冒険者の死亡率は高かった。冒険者という肩書きに憧れ、自分の力を過信し、命を落とす者が多かったのだ。
ドリスはギルドで紹介してもらった宿に腰をすえると、最初は誰とも組まず1人で仕事を開始した。始めは薬草採取や荷物運び、鉱石採取の依頼など討伐系の仕事をあえて避けていた。田舎暮らしで少し言葉がなまっていたのが恥ずかしく他人に話しかけるのが苦手だったことや、1人で山の中に入る猟師暮らしが長かったせいか、パーティーを組むことに気後れがあったのだ。
それでも、薬草の採取中に討伐対象であったゴブリンや狼などと遭遇する機会はあった。
討伐対象を発見した場合、1人で倒せるものは倒し、討伐の印となる部位を持ち帰れば後付でも依頼達成となり褒章を得ることが出来た。逆に、群れの数が多く手が出せない時は、ギルドに『何』が『どこ』に『どれだけ』いたか報告すれば、新たなクエストとして発行されたり、町の警備隊が派遣されて討伐される。その場合、ドリスの懐には何も入らないが、自分の狩場が安全になる。
当然、同じ時期に冒険者になった者と比べて、ギルドランクの上昇は遅かった。3年目の夏、ようやくDランクに上がったほどだ。
その間、使用していた武器が弓であったことや慎重な性格が幸いし、大きな怪我を負うことも無かった。ギフトの【強靭】の効果もあったのだろう。病気で寝込むことも無かった。
その間、ドリスは1人で採取対象を求め山野を歩き続けた。その結果、付近の植生や獣の勢力範囲、獣道や裏道などが頭に叩きこまれていく。次第に森を歩いただけでちょっとした異変や変化が分かるようになり、危険の芽を誰よりも早く把握できるようになった。
ドリスの予言とも言える報告に冒険者ギルドは誠実に対応した。ギルドはドリスの受けていた依頼の内容を把握していたから、その報告には何かしらの裏づけがあると分かっていたのだ。
依頼者の受けも非常に良かった。採取依頼と言うのは簡単な獲物を要求されることがあれば、難しい獲物の場合もある。鮮度が要求されることや量を要求されることもあった。依頼を出しても必ず請け負う冒険者がいるわけではなく、依頼者側としても一種の賭けに近いものがあった。
冒険者側の意識としても、採取依頼は討伐依頼より低いと見られがちで、実際、報酬も低いことが多かったので敬遠されがちだったのだ。
そこにドリスが現れた。
最初の頃の評価は、敬遠されがちな採取依頼ばかり受ける変わった若い冒険者であったのが、受けた依頼は期日をキッチリ守り、採取物の鮮度や数、量も間違いなく、入用で急な依頼であっても受ければ確実にこなす冒険者として信頼を集めていく。
ドリスとしても、『どこ』で『何』が『どれだけ』採取できるか把握していたので、採取依頼ほど簡単な依頼は無かったのである。もちろん、採取対象を取り尽くすようなこともなく、翌年以降も育つように計算していた。
更に、一件一件の依頼料は安くても、複数の依頼をまとめてこなせる採取依頼は見入りも悪くない。
どうしてこんなに簡単な仕事なのに人気が無いのか、いつも不思議なドリスであった。
2015 1/23 下記の通り修正を実施
可もなく不可も無くといった所だった → 可もなく不可も無くといったところだった