006_就職戦線異常なし
本当に寒くて嫌になる今日この頃です。
コタツから出るのが本当に辛いと思うのは、自分だけじゃないですよね?
トイレすら行くのが辛いです……。
ギルド会館に戻った八十雄は、茶髪の美人受付嬢の前に再び立った。
今から約2時間前、職と住を求めてこの場に立ったのが懐かしい。
何故かギルド会館長のドリスが張り付いたまま離れないが、特に害もなさそうだしほっとくことにした。
「神殿で祝福を受けてきたから、今度こそ、仕事を紹介してくれや。できれば、寝泊りできる所も」
「……はい、少々お待ちください」
チラチラとドリスの方を確認しながら、受付嬢は、話し始めた。
「申し訳ありませんが、ここでは仕事を紹介することは出来ません。
ですが、八十雄様の適性に合ったギルドを紹介することは出来ますので、そちらで仕事を探したらどうでしょうか」
「なるほど、なるほど。それはもっともだ」
「それでは適性を確認しますので、今まで経験した、もしくは自信のある職種があれば教えて下さい」
「ああ、俺は……」
後の歴史では、出崎八十雄は、突然この【世界】に出現したと伝えられている。
交易都市ラントスのギルド会館に現れ、その後、ラ・ワールドを散々かき回すことになるのだが、誰も予想することは出来なかった。
すぐに八十雄が、女神アルヴェの使徒であることが世界中に知れ渡った。何故なら、今まで【神託】に応じることの無かった女神アルヴェが、突然【神託】に答えるようになり、その理由を【使徒である出崎八十雄がラ・ワールドに転移したからなの】と、自ら語り出したからである。
ラントスの神殿には女神自身が顕現したとの噂もあり、神官長が肯定も否定しなかったため、世界中から女神アルヴェの信者が詣でることになった。
世界でもっとも熱心な信者であり、使徒の末裔を自称するランゴバルト国王も、敵地にもかかわらずラントス神殿に自ら足を運び、喜捨を行った。当時、ラントスを支配していたラグナス公国も手出しをしなかった。
八十雄は最初に建築ギルドと木工ギルドに所属する。転移前の世界でそれらに近い仕事を行っていたから、と言うのが理由だった。
今でも言われていることだが、出崎八十雄は使徒という立場についてあまりにも無頓着であった。日雇い仕事で賃金を得ると下町の居酒屋で安酒を飲み、雑魚寝部屋で一晩過ごすことなど、日常茶飯事だった。
各国の貴族が貴人として自国に招待するのを固辞し、一切の贈り物や優遇を拒否した。
自由と平等の女神アルヴェの使徒として相応しいとも言えたが、肘や膝に穴が開いたみすぼらしい服をそのまま着ている姿に、一部の高貴な者たちは眉をひそめた。
一切の施しを受けず、自らの力で生きていく八十雄は貧しい民に受け入れられ、こちらの世界の建築・木工技術を習得していく。
そして、半年が過ぎようという時、八十雄は動き出した。
最初に取り掛かったのは、木造タイプの住宅の建築だった。
当時、ラントスの住宅は石造りで、一軒作るのに大変な人出を必要とした。改築も困難で、大規模な建物を作るのは材料集めも含め大変なことだった。
そのため、貧しい家庭では1つの部屋で折り重なるようになって寝たり、もっと酷いと神殿の軒下で雨風をしのぐ者もいた。
それを何とかできないものか、と考えたのだ。
八十雄が日本で学んだ土方・石工・左官の技は大いに役立った。
直接、大工に学ぶ機会はなかったが、左官の仕事を手伝ううちに、何となくだが、木造の柱や壁の作り方を覚えていたのだ。
『何となく』やり方がわかれば、後はどうにでもなった。【直感】のギフトは、正解に導いてくれた。
建築ギルドのなかでも、特に親しい仲間達と江戸時代風の長屋を幾つも建て、ただ同然の家賃で貧しい人を受け入れた。
八十雄の開発した木造住居は、夏に暑く冬に冷え込む石作りの住居に比べ快適であると評判を呼び、ラントスの名物になった。
技術を望む者には惜しむことなく技術を教え、木造住宅は次第に広まっていった。
その頃にはギルド会館に【大工ギルド】が誕生し、初代ギルド長に出崎八十雄が就任する。
長屋建築に携わった仲間達は、大工ギルドの幹部として後進の育成に尽力した。技術を隠匿する傾向が高い技術者の中にあって、大工ギルドはどのような身分の者も受け入れ、技術も惜しみなく公開し、貧困層の受け皿になることによって浮浪者や孤児の数は減少し、治安も良くなり、町の収入も増加した。
大工ギルドが設立されてから約一年、仕事も弟子達に任せられるようになると、八十雄は世界を見て回りたいと考えた。
しかし、親しくなった友人に旅のことについて相談するたび、全力で反対される。
町の外には、盗賊や山賊などの犯罪者、ゴブリン、オークを代表とする魔物に狼などの獣が跋扈する世界なのだ。戦うすべを持たない八十雄が、1人旅など出来るはずもない。
そこまで危険な所だと、平和な日本で育ちラントスから出たことが無かった八十雄は知らなかったのだ。
八十雄が旅に出たがっていることは、ラントスの町中にすぐ知れ渡った。
本来、どこに旅に行こうが個人の自由であるし、止める理由は無い。だが、それが女神アルヴェの使徒となれば、話は変わってくる。
ラ・ワールドの最高神であるアルヴェの信者は、種族や国をまたぎ世界中に存在した。八十雄が使徒であるのは女神本人が神託で告げており、その口ぶりから女神の寵愛を受けていることもうかがいしれた。
信者の中には、八十雄自身を現人神と敬い、奉る者も出る始末。
ラントスに住む貧民達からは、その生き様と大工ギルドの活動を経て尊敬を集めていた。今、八十雄に害を及ぼそうとしたら、ラントス市民の大半を敵に回すだろう。
そんな八十雄が命の危険のある外の世界に行くというのだ。
ラントスの住人は必死に止めた。外の世界の危険さを切に訴えた。
親切心からの助言を無下にできるほど八十雄は非情ではなかった。そして、こう考えた。問題があるのなら、それをクリアすれば良いだろうと。
「俺、冒険者養成学校に行こうかと思うんだけど、どう思う?」
困惑する大工ギルドの定例会で集まったメンバーを前に、八十雄は話し始めた。
「俺はこの世界を見て回りたい。今年40歳になって、体に無理が利くのもそう長い時間はないと思ってる。
大工ギルドもお前達がいれば回せると思うし、心残りは無い。
冒険者養成学校に行くのも、世界を回るって言う俺の夢をかなえるための第一歩なんだ」
そこまで言われてしまっては、止められることはできない。
こうして、ラントスの冒険者養成学校にオールドルーキーが誕生するのだが、予想だにしていなかった問題が発生するのだった。
2015 1/4 下記の通り修正を実施
「ああ、俺は……・・」 → 「ああ、俺は……」
2015 1/23 下記の通り修正を実施
適正 → 適性(2箇所直しています)
敵地にも関わらず → 敵地にもかかわらず
非常ではなかった → 非情ではなかった