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新世界での学校経営  作者: MuiMui
第五章 ラントス騒乱編
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095_情報公開

バルチ様の今日の一言


 こんにちはー、バルチだよ。

 最近は天気も良くて気持ち良いねー。こんな日は、じーじのお弁当作ってピクニックに出かけたいなー。

 そうだっ、モモの子供のコモちゃんがちゃんと走れるようになったら、じーじと一緒にお出かけしても良いかも。

 何かあっても、バルチが守ってあげるんだからっ。

 市庁舎の大会議室は、何とも言えない緊張感に包まれていた。


 農業の専門家から商業ギルドの顔役にベテラン傭兵など、その経歴も活躍の場所もまったく違う面々の姿が部屋の中にあった。


 最前列に近い場所には、市庁舎中から集められた椅子が並べられ、主に高齢の各ギルドの幹部たちが席についている。

 部屋の後ろや壁際には、多数を占める傭兵や冒険者たちが仲間たちと少人数のグループを作り立っていた。


 会議の開催は午前11時という事もあり仕事で外に出ている者も多いはずなのに、それでも部屋の中には100名を超える人で埋まっている。


 そして、部屋の最前部に用意されている席には、八十雄と元S級冒険者のノサモ、それにギルド館長のドリスが無言で座っている。

「よし、それじゃ始めるか」


 間もなく約束の11時になろうかという時、組んでいた腕を解きながら八十雄は宣言した。ここに集まっているメンバーは、『大変なことが起ころうとしている』という情報しか聞かされておらず、『とりあえず集まってきた』のがほとんどだ。


「まず始めに、何が起ころうとしているのかノサモの方から説明がある」

「分かった」


 杖を片手に立ち上がったノサモは、部屋の前にかかっている黒板の前まで進み出た。


「この場に集まってくれたみんな、本当にありがとう。

 これから話すことは、あくまで僕の勘が根拠で何の確証も無い話だけど、できれば真剣に聞いてこれからどうするか良く考えて欲しい」


 そう言いながら残された手でチョークを握ると、黒板にラントスの地図を書き始める。

 その様子を冒険者を中心としたグループは食い入るように眺めていた。


 黒板の中心にラントスを書き、街の東西南北に位置する門や主要な街道を書き込むと、一旦チョークを置いて集まったメンバーに正対する。


「どんな風に話すか迷っていたけど、オブラードに包んで話したところで意味が無いから単刀直入に言うよ。

 ここラントスにも、ドラゴンの季節が来たようだ。

 約2週間前から野生動物や悪性の種族の討伐数が膨れ上がり、未だに増加の傾向にある。

 しかし、これがあと何日かするとぱったり姿を消すはずだ。

 その後すぐにランドドラゴンたちがやって来る」

「……ドラゴンの季節か」


 静まり返った室内に、誰かがつぶやいた言葉が思ったよりも響いた。


「もちろん、実際にドラゴンの姿を確認したわけでもないから、絶対に現れるとは言えない。

 ただ、過去の記録や現在の兆候を考えてみれば、80%以上の確立でドラゴンが現れると予想している」

「なるほどな。それで、何匹くらい来そうなんだ?」


 明らかに動揺を見せる一同とは打って変わり、会議室の最前列に座っていたドメルが質問した。


「ラントスに最後にドラゴンが襲来したのが、今から45年前だ。

 その時の数は13体。本来であれば20年に一度くらいの頻度で襲ってきても良いはずなのにこれだけ時間が空いているのは、強力なリーダーに率いられて統率が取れていたからだと思う。

 前回から時間も空いているし群れも大きくなっているだろうから、前回の倍の25体くらい来ても不思議ではないよ」

「25……」


 この世界の住人にとって、ドラゴンは暴力の象徴だ。

 それが20体以上も襲ってくるとなったら、流石の傭兵や冒険者たちも言葉を失っていた。


「俺たちがここに呼ばれたって事は、強制依頼か……」


 誰かがつばを飲み込みながら、ポツリとつぶやく。


 強制依頼とは、為政者がその支配地に暮らす民たちの意思に反して、強制的に仕事を架すことだ。

 断ることは罪になるし、どんなに危険なことでも命令に従わなければならない。

 報酬額も自由に設定できるため、命がけの仕事ですらほとんど無給でやらされることもしばしばだった。


 もちろん、余程の事でなければ強制依頼なんて発動することはない。

 何度も強権を行使すれば民自体が逃げ出してしまう諸刃の剣であるからだ。


「あ~、みんな勘違いしているようだけど、この件については強制依頼なんて出さないから」


 誰もがそれも止むを得ないと考えている中、八十雄だけは違うようだ。


「だってよ、これから命がけの大仕事に挑もうって時に、やりたくも無い奴と肩を並べて戦えるか?

 少なくとも、俺は無理だ。

 だったら、数は減るかもしれないけど『やってやるぜ』と胎をくくった奴らとさ、俺は仕事をしたいな。そういう奴らは信用できるし、期待できる。

 それに無理やり働かせたって、いざとなったらそういう奴らは逃げ出すさ」


 頭をガシガシ掻きながら、八十雄は集まったメンバーの顔を確認するようにゆっくりと見回した。


「この中には妻や子供や両親を養っている者も大勢いるだろう。

 まずはさ、この街のことよりそっちを優先してくれ。

 もう早馬は出してあるから、近隣諸国が助けてくれるはずだ。

 ドラゴンの群れは南西方面から向かっているようだから、北の王国か北西の公国方面に行けば良いとおもう。

 この後に街中に情報公開するから、一時退避を希望する住民には護衛をつけてさ、避難してもらおうと思ってる」

「……市長はどうするんですか?」

「あぁ、俺かあ。俺はどうすっかな……」


 八十雄の手によって人事部門の責任者に任命された若い職員の質問に、八十雄は他人事のように答えた。


「もちろん、俺はラントスに残るよ。たった1人になってもな。

 どんな結果になっても、最後に責任を取るのが責任者の仕事ってもんだろ。

 もちろん、できるだけの手は打つし、被害は最小限に抑える努力はするけどな」

「使徒様は、女神様が御遣いになされた神の代理人ですっ!

 一刻も早くこの地を離れるべきだと思うのですがっ」


 強い口調で発言しながら立ち上がったのは、王国の外交官シーリー=ルルーだった。


「シーリーが俺の心配をしてくれるのは素直に嬉しいけどよ、それはできねぇ相談だなぁ」

「わたしもすぐに本国に早馬を出して、中央方面軍から兵を派遣してもらいます。

 どれだけドラゴンが襲ってきても、必ずや撃退することをお約束しましょう。

 ですから、安全が確保されるまでの間だけでもかまいませんから、どこか安全な場所に避難して頂く訳にはいかないのでしょうか」


 困ったような、嬉しいような、微妙な表情で八十雄は笑った。


「シーリーの中では俺はアルヴェちゃんの使徒であることが大きな割合を占めているかもしれないけどよ、俺の中ではちょっと違うんだよな。

 俺の中では使徒である自分も、ラントスの市長である自分も、郊外にある学園の学園長も、そしてバルチの家族であり、この街を愛する一市民であることも、みんな同列なんだ。

 だから、俺だけすべてを投げ捨てて逃げ出すわけにはいかない。

 それに、兵士を送ってくれるってのも嬉しいけどよ、この問題はラントスだけで解決しなくちゃ駄目なんだ。

 何かあったらすぐに他国を頼るような街に未来は無い。

 という訳で、ノサモ、この後の計画について説明してくれ」

「ええ、分かりました。

 この後予想される展開ですが、おそらく2、3日中にラントス周辺に迷い出てくる狩り対象生物の数は増加するでしょう。それこそ、平時の2倍から5倍の間で。

 出現方面はドラゴンの進攻が予想される南西部に広がる手付かずの原生林方面からと予想されます。

 それにはC級以下の冒険者や傭兵たちが中心となって、対処してもらおうと考えています。

 しばらくすると、あれだけ多かった生物の姿がパタッと消えるように見えなくなります。

 そうしたら、半日も経たずにドラゴンたちが現れるでしょう。

 彼らの性質上、すべてのドラゴンが一斉に襲ってくることはありえません。

 1度に1頭か、多くても3頭程度が姿を現す位でしょう。

 リーダー格のドラゴンは群れの最後に出現するはずです。

 我々はそれを効率よく倒していけば良いのです。

 いくら敵の数が多いといっても、1度に戦う数はそれほどでもないのですから」


「始めに言っておくが、今回、個別の討伐依頼は出さないから。

 何がどれだけ出てくるのか分からない以上、あらかじめ依頼なんか出せないからな。

 何を倒したか事後申告制にして、討伐部位さえ持って来てくれれば報酬は約束する。

 素材についても、どれだけ獲物が多くても適正価格での買取を約束するから心配しなくて良い。

 もし、市の予算が足りなくなったら俺の個人資産から回すけどよ、その辺りはどうかな?」

「現在、市の運営は非常に上手く回っています。

 収入は増加する一方なのに支出は軍部の予算がほとんどかかかりませんので、資金のストックもかなりの額あります。

 市長の財布を期待しなくても、充分、市の予算で賄えるでしょう」


 市の財務責任者は自信ありげに八十雄に回答し、それに対して八十雄は大きくうなづいた。


「と言う訳で、報酬の方は期待してくれて良いぞ。

 ちなみにさ、この中で飛んでいないドラゴンと戦ったことがある奴ってどれだけいるんだ?」


 パラパラと100名余の人たちの中から手が上がる。

 その中にはノサモの知人にしてカドロから来て滞在を続けている3人のA級冒険者も含まれており、それ以外はS級傭兵のドメルやラントスを本拠地とする数人のA級冒険者であった。


「何か戦う時のコツとかあったら教えてくれないか」

「コツ、ですか」


 少し考え込んでいたノサモであったが、言葉を慎重に選びながら口を開く。


「ドラゴンの攻撃で最も恐ろしいのは、尾によるなぎ払いです。

 攻撃範囲は広く、受け流すのも至難。その他には噛み付き攻撃や前足による引っかき攻撃、後はその巨体も脅威になります。

 下敷きになっただけで命の保障はありませんから。

 それに対し、攻撃の有効部位は腹部や腕や足の内側が外皮が柔らかく、攻撃が通りやすい。

 逆に背中や頭部は鱗が硬く、目や口内などの特定の部位以外は攻撃が通りません。

 攻略方法としては、少数の精鋭メンバーで連携を取りながら戦うのが適していると思います。

 大勢で攻撃しても被害が増えるばかりで、お勧めはできません」

「あんなものはな、でかいトカゲと一緒だ」


 皆が真剣な表情でノサモの話を聞いていた時、ドメルがつまらなそうに話し始めた。


「常に腹を減らして、獲物を探しているトカゲだ。

 食えそうと思えばすぐ手を出すし、手ごわいと思えば尻尾で攻撃してくる。

 まあ、こっちの攻撃が届く所まで寄って思いっきり叩きつけてやればすぐに大人しくなる」

「……そんなことができるのは、ドメルさんだけですよ」


 誰かが漏らした軽口に、場の雰囲気が多少明るくなった。


「まあ色々あるだろうけどよ、商業系や職人系のギルドも何が出来るか考えてくれよな。

 武器が無くっちゃ戦えないし、命がけで戦って帰ってきて暖かい食い物が用意されていたら、それだけで疲れなんて吹っ飛ぶってもんだ。

 その横に風呂でも沸いていたら、俺だったら嬉しくて泣いちゃうかもしれねぇ。

 実際に剣を持って戦わなくってもよ、一緒に戦う方法はいくらでもあるんだ。

 それだけは忘れないでくれよな。

 ま、こんな所で俺たちからの報告は以上だ。

 何か聞きたい事があれば遠慮なく質問してくれ」

「えっと、俺でも質問していいのかな」


 おずおずとした態度で手を上げたのはまだ若い男だった。

 背格好からしてどこかのギルドから派遣されてきた者のようだ。


「もちろんだ。何でも聞いていいぜ」

「それじゃ遠慮なく質問させて頂きます。

 正直な話、ドラゴンにラントスだけで勝てるのでしょうか。また、その時に予想される被害はどれほどになるでしょうか」


 流石にこの質問は気になるようで、八十雄が何を話すのかみな注目している。


「ああ。

 俺もドラゴンって奴は直接見たことはないからさ、はっきりした事は言えないけれど、それでも充分対処できるって信じてるぜ。

 ここは経済の中心地で人口も多く、それに比例して冒険者や傭兵たちの数も多いし、他じゃ見られないような高位の魔導師だっている。

 もちろん、相手が相手だから被害がゼロとはいかないかもしれないけど、これだけのメンバーが事前に準備してんだ。やれない訳がないさ。

 それに……」

「それに?」


「ホール山のドワーフたちにも協力を依頼した。奴らが力を貸してくれれば、ドラゴンなんて何匹こようが物の数じゃない」

「それはそうかもしれませんが……」


 楽観的な八十雄とは裏腹に、質問者の表情は硬い。

 それは過去の遺恨から、ドワーフ族が人間たちに力を貸してくれるとは思えないからだった。


「良く考えてみろよ。

 この事件は間違いなく歴史に残る。50年、100年後まで語り継がれ、同じような事件が起きた時、今回みたいに資料として引っ張り出され、参考にされるような代物だ。

 だからこそ、ここで恥ずかしい真似は出来ない。

 俺に出来ることなんてたかが知れているけどよ、それでも出来ることをできる範囲で全力で行うよ。

 それでも手に余ることは、仲間に託すしかないさ。

 だって俺には、お前たちを始めとした頼れる仲間が沢山いるんだから。

 だからもし、命がけの仕事になると思うけどそれでも力を貸してくれるって奴がいたら、明日の朝、ギルド会館まで来てくれ。

 そこでやってもらいたい仕事を割り振るから」




 八十雄はこの後、市庁舎職員たちに指示を出し、町中の掲示板に本件の内容について何一つ隠すことなく情報を提示した。

 それと同時に市民から上がる声を集め、何が足りないのか、何が求められているのかを出来る限り拾い集めていく。


 元々、何か異常事態が起こりつつあることを肌で感じていたラントス市民も、この発表には驚きを隠せなかった。


 中には仕事を放り投げ、手荷物だけでラントスを飛び出して行く者もいたし、逆に家に閉じこもって出て来なくなる者もいた。


 市職員に食ってかかる市民もいたが、職員自体も特別な事情を知っているわけではない。

 何か新しい情報があったら、隠さず発表すると約束するしか出来ないのだ。


 そんな中、慌てる市民たちの間で冷静さを保つ者たちがごく少数だが現れ始める。


 医療レベルも一部の魔法を除けば非常に低く、厳しい環境の中で暮らすこの世界の住人は、日本と比べて平均寿命が相当に短い。

 まだ統計を取ったわけでもないのではっきりとした数字が出ているわけではないが、70歳を超える者はほとんど見かけることはなかった。


 それでも45年前の戦いを覚えている者は存在したし、実際に剣を持って戦った老人たちも少数だが残っていたのだ。


 いまや地域の長老各として一目置かれている彼らは、突然の凶報に浮き足立って何も出来ない若者たちの手綱をぎゅっと握りしめる。


「いい若いもんがこんなことで怖気付いてどうする」

「そうだ。ここは儂らのご先祖様が眠っている土地だ。自分の故郷は、自分の手で守らないといけねぇ」

「……そうだな。

 俺たちは戦うことなんてできないけど、何か手伝いくらいは出来るかもしれない」


 年はとっても、戦乱の時代を乗り越えてきた世代は気合の入り方が違う。

 中には何十年ぶりかに物置の中から武器を取り出し、自ら戦陣に加わろうとする老人まで現れた。


 人の死がすぐ側に転がっている世界で、人と人の結び付きはお互いの命を助ける命綱に等しい。

 そんな彼らの側で自分の祖父とも言える老人が街の危機に立ち上がるのを見て、奮起しない者はいない。


「じいさん、今度は俺たちの番だ。後は任せてくれ」

「ああそうだ。

 なんて言っても、この街には女神様と使徒様が付いている。何も心配はいらないさ」


 老人の手から古びた剣を受け取ったパン職人の男が、日頃の仕事で鍛えられた力瘤ちからこぶを誇示しながら市庁舎方面に歩き出すと、その後に彼の友人たちも続く。


 こうした光景が至る所で見られ、市民は結束していった。


 自らの故郷を守るために、家族の命を守るために。

 ある者は武器を掴み、又ある者は裏方として力を振るうのだ。




「はぁ~、疲れた~」


 自宅への道を歩きながら八十雄は首を捻ると、ボキボキと良い音が鳴った。


 周囲はもう日がとっぷりと暮れ、空には星空が広がっていた。

 街灯やネオンがまったくない世界だけあり、星が掴めそうなほど近くで瞬いている。


 月明かりを頼りに家路に急ぐ八十雄は、自宅が闇に包まれいてるのを認めると大きなため息をついた。


 今回の事案に対して関係各所に連絡している最中、牧場で働いていたロイカからバルチがホール山方面に向けて走って行ってしまったと連絡を受けていたのだ。


 更に八十雄が確認すると、バルチはモモとコモの様子をしばらく眺めていたと思ったら急に1人で走り出したらしく、今でもモモは牧場内にいるらしい。


「失敗したなぁ。バルチ、大丈夫かなぁ……」


 1人家の鍵を開け中に入ると、八十雄は今も必死に走っているであろうバルチに思いを馳せる。

 おそらくあの子は今もその小さい胸を痛めながら、一刻も早くこの家に戻ろうとしていることだろう。


「……よしっ、うじうじしていてもしょうがない。疲れて帰ってくるバルチのために、風呂でも沸かしてやるか」


 膝を叩きながら勢い良く立ち上がり、八十雄はお風呂に湯をためるため浴室に向かった。

 昔の出崎家の浴室は井戸から水を汲み上げて薪で湯を沸かす必要があったが、今ではドット製の魔道具で完全リニューアルされており、指先1つでいつでもお湯がためられるようになっている。


 湯船のセッティングを済ませると、その次に向かったのは台所だった。

 今日は食材を買って帰る余裕は無かったが、せめてお腹一杯暖かい飯を食べさせてあげたい。

 その思いだけでじんわり疲れが滲む体に鞭を打ち、八十雄はうどんを打ち始めるのであった。




「ただいま……」


 八十雄が帰ってから更にしばしの後、ようやくバルチは帰って来た。

 だがその声に元気はなく、どこかしら様子を伺うような感じで、玄関も遠慮しながら開けているようだ。


「おう、おかえりーっ」


 八十雄はそれに気が付かない振りをして玄関まで出迎えに向かうと、バルチは靴を脱いで家には上がったがそこからなかなか進もうしなかった。


「えっとね、バルチね……」


 珍しく言いよどみ言葉を濁すバルチを、八十雄はいつもの様に抱き上げギュッと抱きしめた。


「バルチはじーじのお使いで、ドワーフさんの所まで行ってお手紙を渡してくれたんだよね?」

「うん……」


 バルチの体は、どこかで水浴びでもしてきたかのようにぐっしょりと濡れている。

 いつもふかふかの毛も、ぺったりと体に張り付き重そうだ。


「そうか、ありがとうな。大変だったろう。どこか痛いところはないかい?」

「そうじゃなくてね、バルチね。

 じーじがモモに乗せてもらいなさいって言ったのに、乗らなかったよ。

 じーじの言った事をちゃんとやらないで、ごめんね」


 どうにかそれだけ言うと、バルチは八十雄の首筋に顔を擦り付けるようにしながら抱きついてきた。


「あれ、じーじはそんな事をバルチにお願いしたかな?

 じーじがお願いしたのは、ドワーフさんたちにじーじのお手紙を届けてくれることだけだったと思うよ?

 モモのことは、乗って行けばバルチが楽になるだろうからそうした方が良いんじゃないかなって言うアドバイスだから、それをどうするかはバルチの自由なんだ。

 ただね、じーじは心配しちゃったよ、バルチがなかなか帰ってこないからさ」

「心配したの? でも、そんなに危ないところじゃないよ?」


 ようやく顔を上げたバルチを抱いたまま、八十雄は玄関に腰掛けた。


「そりゃあ、心配するよ。だってバルチは大切な家族なんだから。

 バルチがもっと大きくなって立派な大人になったって、あのブラフマさんに勝てるくらい強くなったとしても、きっとじーじは心配するよ。

 ご飯を食べているかな、寒くないから、怪我や病気は大丈夫かなって。

 だってバルチはじーじの家族で、じーじがバルチのじーじなのは、どれだけ時間が経っても変わらないんだから」

「うん……」

「よしっ、それじゃバルチはお風呂に入ってくること。その後にご飯にしような。

 今日は一杯ご馳走作って待ってたんだから、お風呂の中で寝ないようにね」




 お風呂から出てきたバルチは体をドライヤーっぽい魔道具で乾かし、部屋着に着替えてから八十雄の待つ居間に足を踏み入れると、八十雄の宣言どおりのご馳走がテーブルからはみ出すほどに待っていた。


「わ~っ」

「よし、一緒に食べよう。明日も忙しいぞ~」

「おーっ」


 2人で食事を食べながら、バルチはドワーフ村までの道のりであったことを色々と話し始めた。

 綺麗な蝶が飛んでいたことや、すれ違った商人たちに果物を貰ったこと、狐の親子を途中の森で見かけたことなどを身振り手振りを交えて楽しそうに話していた。


 あれほど用意されていた料理があらかた消えた頃、バルチは箸を持ったまま頭を揺ら揺らと前後し始めた。

 目は半開きで、今にも寝てしまいそうだ。


「バルチ、眠くなっちゃったかな?」

「うん。バルチ、眠くなっちゃったかも……」

「それじゃ1人で歯磨きして、パジャマに着替えられるかな」

「はぁ~い……」


 半分以上眠りながら何とか就寝準備を完了したところで、バルチはとうとうダウンしてしまった。すぴすぴと可愛らしい寝息を立てる愛娘を抱っこすると、ほとんど無意識のうちにバルチは首筋に顔をうずめる。


「バルチ、今日は大変だったな。明日も色々ありそうだから、ぐっすりお休み」

「うん……。バルチ、今日はちょっと疲れたかも……」


 絶対弱音を吐かないバルチも、眠気には勝てず夢の世界では何でも正直に話してしまうようだ。

 八十雄はそのままバルチをあらかじめ敷いていた布団に寝かしつけようとしたが、八十雄の首に回したバルチの手がどうやっても外すことができない。

 本当はこの後も仕事をしようかと考えていた八十雄だが、バルチの必死な寝顔を見ているうちにどうでも良くなってきた。


「あ~、俺も眠くなってきちまったな。もういいや、寝ちまおう」


 八十雄はバルチをくっつけたままパッパッと着替えると、そのまま布団に潜り込む。

 3分もしないうちに八十雄の寝息が聞こえてくると、バルチの寝顔はとても満足そうだった。




 読んで頂き、ありがとうございました。

 本件より、段落のつけ方について変更してみました。

 今回と今までとどちらが読みやすいか試してみて、以後は固定したいと思います。

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