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竜の守り人  作者: 夏空夏色
第一章 波乱の幕開け
3/6

旅立ちの列車〈後〉

自分が書いた作品を読んで下さっている方がいるということは、本当に嬉しいことです…!

3 旅立ちの列車〈後〉


 子供はよたよたと駆け寄る。

 その場にいた誰もが最悪の結果を想像した。

 

 しかし、すぐに異変に気付いた。なぜかそこにアリシアがいるのだ。


「・・・・・お姉ちゃん?」


「―大丈夫。お母さんは死んでない。」

 アリシアの言葉通り、母親は無傷で、銃弾は床に小さく穴を開けていた。


 アリシアが間一髪のところで助けに入り、銃を叩き落したのだった。


(・・・・・私以外に可哀想な子を作りたくない。)

 昔、軍人に言われた、聞き覚えのある言葉に体が反応して思わず飛び出てしまった。

(ああ、私ったら・・・・・)

「今度は、あなたがお母さんを守るんだよ。」

 子供はコクンと頷く。


「お、おまえぇぇぇ・・・・・。」

 予想外の出来事に大男は怒りを露わにしていた。

「ヒーロー気取りか?軍の真似事か?少女が舐めたことするなぁぁぁ!」

 大男に圧倒され、アリシアは口をつぐむ。確かに少女のアリシアには到底勝ち目はなかった。先ほどは奇襲だったから成功したようなものだ。

(でも、母さんだったら。母さんだったらきっとこうするだろうから。)


「おまえが子供の代わりに死ぬか!」

 大男は素手でアリシアを殴った。

「うっ・・・・・!」

 体格もパワーも敵うはずがなく、アリシアはあっという間に列車のドアに叩き付けられた。

「ふははっ!少女をいたぶる趣味はないんだが悪くない。」

「けほっ、けほっ!」

 むせるアリシアに大男の影が重なる。

「よく見たら可愛い顔しているんだな。肌も髪も綺麗だ。おや?」

 大男がアリシアの顎を持ち上げる。

「緑の瞳か・・・・・。珍しいな。どこの種族だ?」

 アリシアは母さんの血を受け継ぎ、緑の瞳を持っていた。この国では多様な髪と瞳の色を持つが、緑は希少らしい。

 そんなことを本で読んだとアリシアは思い出した。


「その目玉をくり抜いて、闇ルートで捌いても良さそうだな。」

 そう言うと、大男はアリシアの腹部に一発蹴りを入れた。

「―うあっ・・・・・!」

「余興は終わりとしようか。」

 うずくまるアリシアの首に手をかける。このまま絞め殺すつもりらしい。

「言い残すことはあるか?ヒーローさんよ?」

 アリシアはペッと地面に唾を吐き捨てた。

「・・・・・ない。」

「は?」

「まだ、死ねない。」

(母さんの手がかりを掴むまで死ねない!)

 大男は少し驚いた表情を浮かべると声を上げて笑った。

「はっ!この状況でその言葉を言えるおまえの肝っ玉に尊敬だ。糞軍もおまえのような人材が欲しいんじゃないか――い、いででっ!」

 アリシアがいきなり大男の腕に噛みついた。大男はたまらず手を放す。

「くそっ!ちまちまと!」


 アリシアは呼吸を整えて立ち上がった。大男に鋭い視線を向ける。

(ここでアレを使えば車内にいる乗客にまで被害が及ぶかもしれない。)

 しかし、肉体戦ではアリシアは全く歯が立たない。現に蹴られた腹部が重い。

(ここは―・・・・・)


 考えるよりも早く、アリシアは動いた。様子を見るために自分で開けていた窓から飛び出て、列車の上へ移動したのだ。

 目も開けていられないような向かい風が吹き荒れる。革のマントが今にも飛んでいきそうだった。

(一瞬でも気を抜いたら死ぬ。)

 アリシアの緊張が高まる。そして、一番前の車両に向かって走り出した。

「お、おまえ!こら!待て!」

 下から大男の怒りに満ちた声がしたが、構わず走り続けた。

「―乗客の一人が、列車の上を逃亡!一両目に向かっていると思われます!」


(このまま・・・・・。)

 ガクン―と列車が大きく波打った。アリシアは足を滑らせてバランスを失う。

(・・・・・!)

 アリシアはなんとか列車の端に掴まった。振り落とされないようにしっかりと力を込める。

 窓から車両の中に目を配ると、ちょうど覆面をかぶった男と目が合ってしまった。強い風と車輪の音で、男が何と言っているか分からないが、たぶんアリシアを捕まえる気なのだろう。

 急いで車両の上に這い上がると同時に窓ガラスが粉砕された。どうやら男が発砲したらしい。

(あそこにいたら死んでいた――)

 冷や汗が流れた。


(もうつべこべ考えている暇はない!)

 顔に張り付いた黒髪をはがし、目的の場所まで走り抜けた。


(よし、ここなら!)

 そこは列車の一番前。運転席だった。

 体勢を低くして足で窓を叩く。するとアリシアの予想通り、窓が開かれた。


「・・・・・は、はい。」

 明らかに血の気が引いている運転士が顔を出した。

「ちょっと失礼しますね!」

 アリシアは体を曲げると、スルリと運転席へ入った。

「ど、ど、どうして君が?」

「話すと長いので、とりあえず安全運転をお願いします。」

 運転士は混乱した様子だった。列車をいきなりジャックされたかと思ったら、少女が窓から突入してきだのだから仕方があるまい。


(ここまでは計画通りだ。)

 男たちは列車を運転することはできない。すると運転士が運転席にいることになる。つまり、運転席から侵入できる確率が高い。

 また、ボスの男はアナウンスをしていたことから一両目にいると考えた。そこへアリシアが向かえば焦った部下たちが――

 アリシアは運転席のドアを開け放った。


(やっぱり、ここに集合してきた!)

 ガタイの良い男たちが一両目に集まってきていた。そこには子供を殺そうとした、あの大男もいた。

「もう逃げ場はねーぞぉ?お嬢さんよ?」

「泣いて詫びても許さねーぞ!」

 五人ほどの男にあっという間に囲まれる。

 元軍人というだけあって鍛えられた体だった。


「待て。」


 よく通る声がした。

「俺に盾ついた奴の面を見ておきたい。」

 アナウンスで流れた聞き覚えのある声だった。


 部下の男たちがアリシアの前から身を引く。ボスらしき男は座席に座っていた。部下たちと同じく覆面をかぶり、銃を携えていた。

「ほう。本当に少女だったのか。」

「・・・・・。」


「綺麗な緑の瞳だな。殺すのには勿体無い。」

 アリシアは警戒するように、ジリジリと後ずさる。


「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか・・・・・あ。」

 ボスの男は何かを思い出したらしく、話を止める。


「―おまえによく似た女を見たことがある。緑の瞳に、白くて細い、くせ毛の美人だ。」


 アリシアは目を見開いた。

「確か、大雨の日だ。その女は軍から収集命令を受けて、俺たちが迎えに行ったんだ。」

(もしかして・・・・・。)

「泣き叫ぶ子供を一人置いて車に乗り込ませたときは、さすがに俺の心も痛んだな。」


「母さん!」


 気がつくとアリシアは叫んでしまっていた。

 ボスの男は不思議そうな表情でアリシアを見つめる。


「母さん―ということは、おまえの母親か?」

「・・・・・そ、その人は、アザレアという田舎に住んでいましたか?」

 小刻みにアリシアの肩が震える。


「ああ、そんな地域だったな。」

(本当に母さん?母さんを連れ去った人が今、目の前にいるの?)

 アリシアは拳を握った。ずっと探していた手がかりが転がり込んできたのだ。思ってもみない出会い方で。


「似ていると思ったら本当に親子だったのか!これは驚いた!ということは、泣いていた子供はおまえか!」

 ボスの男が座席から腰を上げ、手を叩いた。乾いた音が耳に響く。


「ちなみに、おまえの母親を迎えに行ったのは俺とこいつだ。」

 指をさされて前へ姿を出したのは、アリシアの車両にいた大男だった。

 母さんの横にいた軍人二人はまさしく、この二人だったのだ。

(だから、大男のセリフに体が反応してしまったのか。)


 そして、アリシアは一番知りたいことを口にした。


「―それで母さんは?」


(聞きたい。今どこで何をしているか・・・・・聞きたい。)

 少しの沈黙の後、ボスの男は吐き捨てるように言った。


「知らねーよ。」


 ガタンっと列車が揺れた。その音でアリシアは我に返る。

「俺たちはその後理由も無く、軍から捨てられたんだ。知るか。そんなこと。」


(ああ、やっぱりそんな簡単じゃない。)

 希望が一瞬で打ち砕かれた。母さんは自分の手を伸ばした先などには到底いないのだ。心のどこかでそう納得している自分がいる。


「本当に何も知らないんですね。」

「・・・・・おまえが何を求めているか分からないが、俺たちは何も知らない。ただ、軍が憎いだけだ。」

 そう言って、ボスの男は銃を腰から取り出した。

「随分と長話してしまったな。まぁ、思い出話も悪くはないが。」

 死ぬ奴には関係ないな。と、アリシアに銃口を向ける。

「放っておいても死ぬには変わりない。だが、こいつは俺が仕留めたい。」


 今の自分の置かれている状況を再認識した。母さんのことばかり考えていてはいけなかった。自分の命はもちろん、この列車に乗っている乗客全員の命がアリシアに懸っている。


(・・・・・今、アレを使う。)

 アリシアは列車の床に両手をついた。


「〈風水の力よ!風と水の力を与えたまえ!いでよ、水龍!〉」


 アリシアの呪文が終わるや否や、列車の床から大量の水が吹き出してきた。

「な、なんだこれは!」

 ボスの男が銃を握りしめたまま、辺りを見回す。

 本来、水があるはずのない場所から凄まじい勢いで溢れてくるのだ。一気に胸まで冷たい水に浸かる。

「た、助けてくれ・・・・・!」

「どういうことだ・・・・・!」

 悲鳴があちらこちらから上がった。


「お、おまえぇぇぇ!」

 ボスの男がアリシアに向かって発砲した。しかし、その銃弾はアリシアに届くことはなかった。アリシアは自分の手足のように水を操り、銃弾を防いだのだ。


「―私の魔法はあなたには破れない。」


 その言葉を最後にすべての物が水に包まれた。




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