旅立ちの列車〈前〉
私のような作品を読んで下さっている方がいるなんて…!
嬉しいかぎりです…!
今回から行間を開けたり、話を区切ってみたりしました。
まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。
2 旅立ちの列車〈前〉
(―ん・・・・・。)
列車がガタンっと大きな音をたてた。それにつられて体が跳ねる。
(・・・・・夢、か。)
ゆっくりと瞼を開け、自分が列車に乗っていることを思い出した。
人々の談笑を聞き流しながら窓の外の景色に目をやる。
流れるように過ぎ去っていく景色は夢に出てきたような緑溢れる田舎ではなく、海が見渡せる港町だった。
(もう、後には戻れない。)
シンシアとの思い出の地、アザレアを出た。そして向かっているのはこの国―ピアニー国の首都、ルピナス。
ルピナスは経済と物資など、すべての中心にある。
(そこに行けば分かるかもしれない。)
シンシアが姿を消してから七年。
未だに自分の元を離れていった理由も最後に残した遺言も分からないままである。
真相を知るため旅に出ることを決意したのだ。
「次は〈キャンベル〉駅に止まります。〈キャンベル〉の次は〈ルピナス〉に止まります。お忘れ物にご注意ください。」
車内アナウンスを聞いた人々が荷物を準備しだす。
斜め前に座っていた家族が楽しそうに話しているのを見て、アリシアは目を細くした。
列車のスピードが緩やかになってきた。そろそろ〈キャンベル〉に停車するのだろう。
アリシアは座席に深く腰掛け直し、持って来た書物を読もうとカバンから出した。
そのとき―
キキキ――――ッ!と鋭い金属の擦れあう音が鳴り響き、列車が急停車した。
勢いに任せて前のめりだった体が背もたれに叩き付けられた。思わず書物を落としてしまったアリシアは後頭部をぶつけ、小さく呻いた。周りの乗客もなんとか無事だったようだが、荷物は散乱していた。
「はぁい、お姉ちゃん。」
斜め前にいた家族の子供がアリシアの傍にやって来た。小さな手に握られたのが自分の落とした書物だと気づいた。
「ありがとう。拾ってくれたんだね。」
「どーいたしまして。」
二つぐくりにした頭を可愛らしくペコリと下げた。あどけない話し方が余計幼さを感じさせる。まだ学校に行く年頃では無さそうだった。
家族の元に戻った子供は母親の膝に乗り、甘えていた。頭を撫ぜられて嬉しそうに笑っている。
(・・・・・私も幸せだった。)
アリシア遠い記憶を手繰り寄せる。
母さんの細い指が自分の髪を絡めていたこと。愛していると抱きしめてくれたこと。いつも母さんの緑の瞳に自分が映っていたこと。
(数えていたらキリがない・・・・・。)
それにしても急停車してから電車は全く動かなかった。アナウンスも一向に入る様子がない。
(人身事故かな。)
外を覗こうと窓を開けた。暖かい春風がアリシアのマントを揺らした。
陽を受けて輝く海が何も変わらず波音をたてているだけで、これと言った異変は無さそうだった。
―ガ、ガシャン
車輪の回る音がしたと思ったら、ゆっくりと列車が動き出した。おお、良かったと安堵の声があちらこちらから聞こえてくる。
整備不良か、信号に引っかかったのか。理由はよく分からないが、とりあえず問題は無かったようだ。
(もう一眠りでもしようかな。)
アリシアが体の体勢を変えた瞬間だった。
「―手を挙げろぉぉ!」
低い男の声が車内に鳴り響いた。
(!?)
反射的に顔を上げると、覆面を着けた大男が右手に銃を持って立っていた。
「早く手を挙げろぉぉぉ!」
大男は興奮した様子で叫んだ。
乗客はおずおずと両手を挙げた。アリシアも同じく手を挙げる。あまりの展開に誰もついていけないようだった。
『・・・・・皆さん、こんにちは。』
駅員とは違う声がアナウンスされた。
『いきなりだが、この列車をジャックさせてもらった。逃げようとしたり、外部に連絡を取ろうとしたりした者は各車内に配した俺の部下に銃殺されると思え。』
銃殺という言葉に車内がどよめく。
ボスだと思われるアナウンスの向こうの男は嘲るように笑った。
『はっはは・・・・・!計画を邪魔しなければ殺しはしない。まぁ、どっちみち全員死ぬがな。この列車が〈ルピナス〉に着いたとき、爆破するように爆弾を仕掛けておいた。』
(ば、爆弾なんて・・・・・。)
アリシアは息を呑んだ。カタカタと自分の体が震えているのが分かった。
『俺のために死んでくれる同志には秘密を話しておこう。俺はこの国を動かしている軍が嫌いなんだ!』
語尾が急に強くなった。
『一生を軍に尽くせと約束させられ、戦線で使い物にならなくなれば用済みとして捨てられる。俺らのことなんぞ、銃などの武器以下としか思ってない!糞軍のために命を落とした仲間がどれだけいると思ってんだ!・・・・・だから俺はこの計画を実行する。軍の本部―中央指令所がある〈ルピナス〉で列車を爆破させ、軍の奴らに刻み付けてやるのさ!俺らは国民さえ守れない糞軍だってことをなぁぁぁ!』
軍に対しての恐ろしいほどの憎しみ。
ボスの男が言っていることもあながち間違ってはいない。
十年ほど前から聖女に変わって軍がピアニーを治めるようになった。一度大きな国際戦争が起きてから、争いは行われていないが、隣国との国境あたりではにらみ合い状態で、いつ戦火が交えるか分からない。
(・・・・・私も軍は嫌いだ。母さんを奪ったから。)
『俺の話は終わりだ。それでは〈ルピナス〉までよい旅を。』
アナウンスはそこで途切れた。
乗客は青ざめた顔で静止していた。受け入れ難いこの状況にどうすることもできなかった。
(どうしよう。このまま本当に死んでしまうの?)
列車は関係なく進み続ける。次に止まったら最後、全員この世から消えるのだ。
「う、う、うわぁぁぁぁん!」
斜め前の子供が声を上げて泣き始めた。事態を理解できる年ではないが、緊張と恐怖からか、泣いていた。
「うわぁぁぁぁ・・・・・うわぁぁん!」
「泣くな!黙れぇぇ!」
大男は銃を構えて泣きわめく子供に近寄る。
「うるさくすると子供でも容赦せず、殺すぞ。」
母親が子供の口を必死で抑える。窒息してしまいそうなほど力を入れて手で口元を覆うが、子供は構わず泣き叫んだ。
苛立った大男は母親から子供を奪い取った。
「や、やめて下さいっ!」
「ちゃんと躾けない親が悪い!見せしめだ。一人ぐらい死んでもいいだろう。」
子供の頭に銃を突きつけた。
「殺さないで下さい!お願いします!」
「僕が代わりになりますから!やめてください!」
母親は涙で顔をグチャグチャにしながら奇声を発する。父親は床に頭を擦り付けた。
「―哀れだなぁ。ま、そんなに言うなら両親を殺すとしようか。先に天国で娘を待っていろよ。」
大男は子供を母親へ放り投げた。母親は子供を強く、強く抱きしめる。
そうして、銃を母親に向けた。
「・・・・・可哀想な娘だな。」
―バァァァン!
一発の銃声と乗客の悲鳴が重なった。
「・・・・・あ、ああ。」
母親は力なくその場に倒れこんだ。
後半は明日ぐらいにでも投稿できるかな…?