5話 酒は呑んでも呑まれるな
季節は冬になって忘年会、私の化粧も板について「ちゃんと化粧してるね、えらいえらい。」なんて言われなくなったこの頃である。彼氏ができたかといわれると、まったくそんな事もなく、女子力が上がったかといわれるとまったくそんなんでもない。そもそも、好きな人もいないので彼氏ができようもない。一度、高校の友人の企画で合コンに行ったが、本当に話すことができなくて失敗に終わった。メールアドレスもゲットできなかったのだから大失敗もいいとこだ。具体的な敗因を考えるに、話すのが恥ずかしいからと言って女の子ばっかりに熱心に話しかけていたことだろうか。だからって誰も相手にしてくれないのもどうかと思うけど。こっちくんなオーラ全開のアラサー女に話しかける男もいないだろう。きっとつまらなそうな顔しちゃったんだろうな。
チームの打ち上げということもあって、近所の居酒屋で開かれることとなった忘年会は、大盛り上がりとなった。私も同期の三島と大森の近くで、気分良く飲んでいた。三島はこういう時人が変わったように酒をあおるから、みんな面白がって飲ませていた。次々と渡されるコップに限界を感じたのだろう。珍しく三島が「ちょっと、あの、ちょっと5分くらい待ってください。」なんていうものだから、その杯を私が奪って飲み干してやった。そこからはタガが外れて、最後のほうなんてまるで水であるかのように流し込んていたと思う。2次会に行く頃には結構ふらふらだった。
そのあとは実はあまり覚えていない。
気が付いたら真嶋さんに担がれてタクシーに乗るところだった。
「あるぇー?もう2次会終わり?」
なんだかとてもふわふわして足元がぐるぐる回っている。気分はとてもいいのに、なぜか気持ち悪かった。
「はいはい、終わりだよ。家に帰れ、な。」
呆れたように返事をする真嶋さんだけど、お酒飲んでたのに結構平気なんだ。飲めないって言ってたのに。
「家どこだよ?」
どこだよって言われても、今の私にこたえる気力はない。
「えーと、う、気持ち悪い」
たまらず倒れようとすると、真嶋さんが私の頭を膝に押し付けた。ああ、これが膝枕ってやつだ。男女逆だけど、初めての体験だな。実は吐いても大丈夫なように、ビニール袋に頭突っ込まれてただけなんだけどね。
「ほら、吐いていいから。」
真嶋さんの手が私の頭を優しくなでたことは覚えてる。その後は止めどなく吐き続け、よくタクシーのおじさんも乗せてくれたなというほどだった。あんまり覚えてないけどね。気が付くとどこかについてタクシーを降り、部屋まで運ばれたことは覚えているけど、酔っぱらって目も開けない私はどこについたかなんて把握していなかった。よく考えたら、あの状態で住所が言えるはずないんだから、実家ではないことは確かだ。気が付いたら、知らない部屋の床で、毛布を被って寝ていた。顔の周りには寝げろ防止のためか、トイレットペーパーで埋め尽くされていた。起きて早々だけど、かすかにゲロくさい。昨日の失態を思い出して、ゲロのにおいで現実なんだと再確認する。穴があったら入りたい。
「うー。」
どうしようもなくて唸っていたら、いつもよりちょっと低い、機嫌の悪そうな真嶋さんの声が聞こえました。
「起きたか、ゲロ女」
驚いて顔を上げる間もなく、頬に冷たい感触が。あ、ポカリスエットか。飲めってことかな。
「ごめんなさい・・・」
力なくうなだれるしかない。
「ったく、お前のせいで俺の部屋がゲロくさくなったじゃねーかよ。」
あ、真嶋さんの部屋なのか、ここ。どう考えても玄関からすぐの廊下なんだけど、なんでこんなとこで寝てたんだろう。
「ここ・・・」
「俺の部屋。ゲロくさいからさすがに部屋に入れるのは嫌だったし、廊下だけどな」
介抱してもらっておいて図々しいとは思うが、それ正直に言っちゃうんだ。あたりを見回すと、どうやら何かあった時のためにわざわざ布団を持ってきて近くで寝てくれたらしい。結構いい人だ、変なところで冷たいけど。
「それ飲んで少し休め。起き上がれるようになったら風呂貸してやるから自分で家に帰れよ。」
そう言って、もう大丈夫だといわんばかりに自分の部屋に引き上げていった。私を廊下において。そうだよね、部屋がゲロくさくなっちゃうもんね。優しさが絶妙なバランスです、真嶋さん。
いや、もう真嶋さんには頭が上がらないくらい迷惑かけたんだけどさ。それでも突っ込みを入れずにはいられないモテない女を許してほしい。
「うう、ご迷惑をおかけします」
「本当だよ、布団がゲロくさくなっちゃっただろ。」
お願いだからオブラートに包んで!