3話 お酒が好き
お酒は飲めますか?と聞かれたら、まあ一応なんて答える私だが、社会人生活も6年目を迎えるとそこそこ飲めるようになってくる。入職当時、カクテルや梅酒しか飲めなかった私が、ビールやワイン、日本酒を好むようになるのだから月日が経つのは早いものである。
特にここ数年は日本酒にハマっていて、実家近くの津田酒店に足繁く通っては各地の日本酒を買いあさる日々が続いていた。化粧をするようになって1月近くは、飲んで寝ると顔がむくむし化粧ノリが悪くなるので断酒という形をとっていたためご無沙汰になっていたが、父に頼まれて久しぶりに顔を出すことになった。
この津田酒店、幼馴染が後を継いでいるのだが、商店街の一角にある寂れた酒屋なんてちゃんと経営が成り立っているか心配である。だからこうして我が家はお酒を買うなら津田酒店一択なのだが、ハードユーザーであった私が断酒してしまったことで経営に地味に打撃を与えているのではと妙な罪悪感があったところなので、父の頼みとはいえここで買い物をするのは何となく気まずい。いつも店番におじさんがいるはずなのだが、めずらしく幼馴染が仏頂面で仕事をしていた。まあ幼馴染といっても中学に入ってから津田麻樹とはほとんど話さなくなってしまったので、ほとんどただのご近所さんである。
「・・・いらっしゃい。」
その仏頂面じゃ客が逃げちゃうんじゃあ、と思いつつもそんなことを言い合う仲でもないので、軽く会釈をして父御用達の大吟醸を物色する。あ、この吟醸気になってた酒造のだ。だめだめ、女子力アップよ、日本酒なんてだめ!なんて一人でもんもんとしていると、珍しく若い女性客が入ってきたようだった。
「いらっしゃい。」
さっきまでの仏頂面はどこへやら、営業スマイル全開で「何をお探しですか?」なんて接客する幼馴染を見て絶句してしまう。えー、なにそれ。
確かに中学入ってから全然話してないけど、態度変えすぎじゃない?ってかよく見ると麻樹イケメンだな。いつも仏頂面してるし、特に見もしなかったから分からなかった。もともと色素が薄いから、自然な茶髪に羨ましいくらい白い肌、半袖から出ている腕は配達で運転してるせいか少し焼けている。優しい顔立ちだけど、背はそこそこ高くていつも重い物を持ち上げているせいか今はやりの細マッチョといった感じだ。子供のころは親に私と結婚するって言ってたくせに、もてあそばれた気分。まあ、子供のころのことで何言ってんのって感じだけど。
ちょっといじけた気分になりながらも、奥から出てきたおじさんに「これください」って一升瓶を手渡す。
「久しぶりに来たと思ったら、綺麗になっちゃって。彼氏でもできたの?」
いつもすっぴんだった私の変化を、そうとらえたらしいおじさんがにやにやしながらからかってくるけど、できてたら苦労しないよ、おじさん。
どう答えたものか迷っていると、珍しく麻樹がこちらを覗っているのが見えた。その「え、いなかったの?その年で?」みたいな顔を見ていたら、何となく見栄を張りたくなってしまい、「ええ、まあ。」なんて微笑んで見せてやった。ちょっとすっきりした反面、寂しさは倍増である。
「へえ、彼氏いたんだ。どんな人?」
いつも私とおじさんの会話になんて知らんぷりで一切入ってこないのに、めずらしく麻樹は私に話しかけてきた。こいつ、絶対いないって分かって聞いてるな。
引くに引けなくなってしまった私は、「まだ付き合ったばかりで」とか「会社の人で」とかいもしない彼氏をでっちあげるのに苦労することになった。
人が一生懸命いもしない彼氏を妄想して創り上げたというのに、その原因となったこの男は「ふーん」の返事ひとつでさっさと店の奥に上って行ってしまった。
私が呆然とそのあとを目で追っていると、「麻樹ね、彼女全然いる気配がないんだよ。いつになったら結婚してくれるのやら。あ、そういえばめぐみちゃんと結婚するって言ってたっけね、小さい頃。」なんて昔の話をしてきた。なんだ、同志だったのか。つまらない意地を張って損した。
気分がよくなった私は、結局自分の分の吟醸もちゃっかり買い込んだのだった。